2016年11月21日

オキサリプラチン事件の控訴審(平成28年(ネ)10046)は大合議に(特許3547755)


オキサリプラチンの溶液製剤に関する特許4430229号の侵害訴訟の地裁判決が、9月以降に一斉に方向転換して、それについて投稿しようと思っていたら、今度は特許3547755号の一審 (東京地裁判決 平成27年(ワ)12414) に対する控訴審 (平成28年(ネ)10046) が大合議に指定された。 一難去ってまた一難。 次から次に事件が起こる。

今回の大合議事件 (平成28年(ネ)10046) に関しては、私は嫌な予感がする。 大合議で審理するということは、延長された特許権の効力範囲に関して何らかの規範的な説示をするつもりなのかも知れないが、果たして知財高裁が正しい結論を出せるのだろうか? 

延長された特許権の効力範囲に関して、自然に考えてまず思うであろうことは、被告となった後発メーカーが、特許権者の先発医薬品との生物学的同等性を示すことで後発医薬品の承認を受けているということは、いわば先発医薬品の臨床試験にタダ乗りしているわけだから、そういう後発医薬品に対して権利行使できないのはおかしいということだ。 だから9月15日の投稿の 「(1) 延長された特許権の効力範囲」 で私は、『延長された特許権の効力は、「生物学的同等性」 を前提に承認を受けた後発医薬品に広く及ぶと解釈するべきだ』 と書いた。 「医薬系"特許的"判例ブログ」 の11月19日の投稿でも、ブログ著者のFubuki Tokkyoteki氏が本事件について、『先発薬(新規有効成分に限らない)についての延長特許権があるにもかかわらず、その先発薬に依拠して承認された後発品の製造販売が簡単に許されてしまうような延長特許権の効力の解釈、言わば特許法第68条の2が事実上空文化するような判断は、この特許延長制度の立法趣旨(実施機会の喪失による不利益を解消させる制度)からして許されないことは明らかであること、・・・、を示せるかどうか』 とコメントされている。

もし大合議が、それだけで結論を出してしまえば、『延長された特許権の効力は、「生物学的同等性」 を前提に承認を受けた後発医薬品に広く及ぶと解釈するべきだ』 と判示することになるだろうが、それでこの問題を決着させるのは間違いだ

上に引用した通り、Tokkyoteki氏は延長制度の立法趣旨を 「実施機会の喪失による不利益を解消させる制度」 だと指摘しているが、例えば本件の場合、オキサリプラチンの溶液製剤の承認を受ける間、溶液製剤を実施 (製造・販売) できなかったことで、特許権者側はどれだけの不利益を被ったというのか? 彼らは、溶液製剤を販売できないという不利益を受けていた間、代わりに凍結乾燥製剤を独占販売するという利益を受けていましたよね。 溶液製剤を実施できなかった機会損失だけに目を向けて、その不利益を回復させろと言うのは間違いであり、その間に凍結乾燥製剤を売って過剰にもうけた利益とのバランスを取る制度にする必要がある。

もちろん、今回のケースでは、単に剤型を変えたわけではなくて、適用疾患も拡大しているから問題は複雑で、それについては前回の投稿で書いたけれど、手術不能の大腸癌については二重利益の問題が考慮されなければならない。

特許権者側の論理が、一見正しいように見えて、どれだけおかしいかということを、裁判所はよくよく考えなければならないよ。 本件の特許は溶液製剤に関する特許だから、先発品である凍結乾燥製剤はクレームの範囲に包含されていない。 そして 「パシーフカプセル30mg最高裁判決」(平成21年(行ヒ)326;平成23年4月28日) で最高裁は、先行品が本件特許の技術的範囲に属さなければ、本件特許を延長してよいと判示した。 だから、溶液製剤に関する本件特許が延長されているのは、最高裁判決からすれば全く正当なわけだ。 そしてもし今回、大合議が、『延長された特許権の効力は “生物学的同等性” を前提に承認を受けた後発医薬品に広く及ぶと解釈するべきだ』 と判示すれば、特許権者側は、溶液製剤の承認を受ける間、凍結乾燥製剤を独占販売して利益を上げていたのに、その利益を返上することもせずに、溶液製剤の独占期間を延長してさらに独占販売を続けることを許してしまうことになる。 これは二重の利益と言うべきだろう。 だから裁判所は、そんな判決をしてはいけない。

かといって、効力範囲をただ狭くすればいいというものではない。 手術不能の大腸癌以外の適用に関しては、先行医薬品では使用できなかったのだから、その部分については、特許権者の医薬品に依拠して承認を受けた後発薬を広く排除してあげなければ、特許権者が受けた不利益は回復できない。

この問題を、現状の条文のまま、条文解釈によって妥当な線引きを示すこと、しかも平成21年(行ヒ)326とも齟齬が生じないようにすることは至難の業だ。

私は、今回の事件は、延長問題には立ち入らない方がよかったのではないかと思う。 被告製品は、(延長していない) 本件特許の技術的範囲にそもそも入らないか、あるいはこの特許はそもそも新規性・進歩性がないので無効とされるべきものであるという理由で特許権行使を否定する判決を行えば、延長問題には触れずにこの事案は終わりにできた。 裁判所は、延長問題については規範的な判示はせず、事例判断に徹し、医薬品業界やアカデミアにおける議論を進展を気長に待った方がよかったのではないか?

最近思っているのは、特許制度の問題には、しばしば理論的な正解があるということ。 正解のない問題であれば、裁判所はもろもろのバランスを考えて比較的自由に判決を行っても許容されるのかも知れないが、理論的に正解がある問題については、その正解を判示して判決を確定させなければ、我々は不正解に拘束されて制度を運用していかなければならなくなってしまう。 Sotoku 6号 で書いた通り、例えばプロダクト・バイ・プロセス・クレームを 「物同一説」 で解釈するというのも理論的な不正解の1つだと思うが、最高裁判決が出てしまった以上、これから日本は、この不正解を背負って行かなければならなくなってしまった。 Sotoku 5号 で書いた通り、「パシーフカプセル30mg事件」 の最高裁判決(平成21年(行ヒ)326) で最高裁が、先行医薬品が本件特許の技術的範囲に含まれなければ延長してよいと判示したことについても、“間違い” とまでは言えないかも知れないが、相当ミスリーディングな判決であって、平成23年改正の(不適切な)旧審査基準は、このミスリーディングな最高裁判決があったからこそ出来上がったものだった。 このように、特許問題を “判決” で解決するというやり方は、理論的な不正解を特許制度に組み込むことになる危険が大きいのだ。

延長問題について知財高裁が大合議で判示をすれば、その判決は上告され、それに対して最高裁判決が出れば、それがどういうものであろうが、それから先、日本中を拘束することになる。 そういうやり方ではなく、もっと下から積みあがるように問題が解決してほしいのだが。。

[2016/11/22 ちょっと修正。]


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする