2017年02月21日

TPP協定締結に伴う特許権存続期間の延長制度改正は妥当か(平成28年12月16日法律第108号)


2016年12月28日付けで特許庁より、『環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律(平成28年12月16日法律第108号)』 と題した公表があった。 1月23日にトランプ大統領が、TPPからの延久離脱を決めてしまったから、TPP協定が発効となる日が来るのかは分からなくなってしまったけれど、今後TPP協定が発効されることがあれば、特許審査に時間がかかった場合に、その分、特許権の存続期間を延長できることになる。

[2016年12月28日付け特許庁公表資料より]
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上の図のように延長できるようにする理由は、「審査等に時間がかかった場合、その分の権利期間が短くなる」 から、『TPP協定が要請する 「不合理な遅延」 の補償のために、・・・、特許権の存続期間の延長ができる制度を設け、適切な権利期間を確保する。』(産業構造審議会 第7回知的財産分科会資料2-1」の4ページより) ことが必要であるからだそうだ。

似たような制度は米国では既に導入されていて、特許審査において、特許庁側が遅延した期間は、一定の規則のもとで特許期間が延長される。 しかし米国の制度も含めて、私には、この延長制度の合理性がどうも理解できないのだ。

例えば上の図に示されている 「A」 の期間は、審査に遅延がなければ特許になっていたのに、遅延があったために特許になっていなかった期間だ。 しかし、その期間に特許権者は、具体的にどういう不利益を受けるというのだろうか?

侵害者との関係で考えた場合、例えば、のちのち特許になる発明について、この期間中に他者が実施していないのなら、特許権者は何も不利益を受けない

この期間中に、他者が実施している場合は、確かに、特許権者は 「補償金請求権」 を行使できるだけで、差止めや損害賠償を求めることはできないから、差止めや損害賠償ができていれば受けられたであろう利益と、補償金請求権を行使して得られる利益との “差” に相当する分だけ不利益を受ける。 だから、仮に審査に “不合理な遅延” なるものがあった場合、その部分に関しては、補償してあげてもいいのかも知れない。

そのためにはどうすればよいか? のちのち特許になる発明について、特許になる前に他者が実施した場合に、「補償金請求権」を行使する代わりに、せいぜい、以下のような延長を認めるオプションを用意すれば足りるのではないか?

[侵害者から受ける不利益を補償する場合の合理的な延長制度]
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つまり、たとえ延長するにしても、特許登録前に実施をしていた者に対してのみ延長すればよいのであって、特許庁が公表したように万人に対して特許期間が延長される合理性はないのではないか、という気がするのだ。

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但し、審査が遅延したことにより特許権者が受ける不利益は、特許になる前に他者が実施をした場合のようにはっきりとした不利益に限られるものではないかも知れない。 もっと審査が早く進んで、早く特許になっていれば受けられたであろうモロモロの利益が、審査が遅延したことによって受けられなかった、という不利益があるかも知れないからだ。 例えば、特許にならないと、自社内で事業化のゴーサインが出ないとか、融資や補助金が受けられないとか、提携話が進まないとか、企業価値の算定が下がるとか、そういうこともあり得るのだろうから、そういうことで不利益を受けたのであれば特許権者に補償を支払うことも正当化できるのかも知れないが、そのような目的のために特許期間を延ばせば、今度はその特許が邪魔だと思っている他者(一般者)が損害を受けることになる。 どうして、特許庁の審査に時間がかかったことによる不利益を、特許期間を延ばすことにより特許権者から他者に付け替えることが合理的だと言えるのか? しかも、特許権者に本当に不利益があったのか、なかったのかを不問にして、一律に特許期間を延長することが、なぜ合理的だと言えるのか?

なお、この問題を “実際に受けた不利益” から離れて考えることもできるかも知れない。 例えば、「特許になっている」 ということを、“特許権を行使しうるという利益”、すなわち一種の機会利益的な利益だと考えれば、特許期間が短くなること自体が、その利益の喪失なのであって、それを補填するにあたって、現実の損害があったことは要しないと考えることもできるだろう。 しかし、特許になっていない期間に出願人はその種の利益を何も得ていないわけではなく、その分、「特許出願中」 という機会利益的な利益を受ける期間が長くなっているわけだから、補填が必要なのは両者の利益の “差” だけであるはずだ。 つまり審査が遅延した期間だけ特許期間を延長するのでは延長のし過ぎであって、その期間に 「1−(出願期間中の機会利益的な利益/特許期間中の機会利益的な利益)」 の値を乗じた期間に留めるのが正しいということになる。 一般論としてこの値がいくつなのかについては議論があるところだろう。 1と0のどちらに近いのかな?

そう考えると、審査に時間がかかって、特許期間が短くなったからといって、その分、特許期間を延長させる合理性は明らかではないのだ。 上に引用した資料に記載されている通り、特許庁事務局は 「審査等に時間がかかった場合、その分の権利期間が短くなる」 とだけ説明している。 その説明を深く考えずに聞いていると、「ふむふむ、権利期間が短かくなったのだから、その分、延長するのは当たり前だよな」 なんて感じてしまうのだけれど、そう思ってしまっては、制度策定の役割を担う特許庁事務局の思う壺であって、話はそんなに単純ではない。 審査等に時間がかかった場合、その分、“特許権” が成立している期間は短くなるとしても、同じだけ、出願期間 (すなわち “特許を受ける権利” の権利期間) は伸びる。 それを考慮して、本当はどれだけ延長するのが合理的なのかを考えるべきなのに、それについて深く考えているとは思えない今回の延長制度は、特許権者に不合理な利益を与えてしまう懸念がある。

まあ、特許庁としては、本気でこの制度を導入したいわけではないのかも知れない。 また、「“5年” と “3年” のどちらか遅い方」 という限定が付いており、平均的な審査期間は短縮傾向にあるのだろうから、実際に延長される案件は限られるかも知れない。 しかし、延長の条件を満たす案件があるのなら、その案件が、例えば、審査の遅延によって現実の損害を受けた案件であるのかについては、検証されるべきだろうと思う。 例えば特許になる前から、出願人がやる気満々で実施 (製造販売) やその準備をしていたような場合や、特許になる前の出願段階であっても出願人に十分な実施能力があった場合などは、いくら審査に時間がかかろうが、それにより出願人が現実の損害を受けていたとは必ずしも言えるものではなく、この制度による延長で特許権者が受ける “現実の利益” は、審査が遅延したことによって被った “現実の損失” を有意に上回ることもあり得なくはない。

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ちなみに、現在の 「医薬品の延長制度」 に関しては、特許になる前に特許権者が治験を開始した場合は、「特許になっていないのだから “特許期間” は侵食されていない。 よって特許期間を延長する必要はない」 というような説明がされていて、特許になるまでの期間は延長期間に算入されない (米国でも同様)。 昨年9月15日の投稿でも書いた通り、この考え方も間違いであって、この場合は上記とは逆に、特許権者が公平性を欠いた不利益を受けることになる。

いずれの場合も、「特許期間」 の侵食にばかり焦点を当て、特許になる前の期間において出願人が持っていた権利 (特許を受ける権利) の期間がその分長くなっていたことで、「特許期間」 の侵食による不利益が補えていたのか否に目を向けさせまいとする(?)ような説明ばかりされているから、多くの人がおかしさに気付かないのだと思う。

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ところで、上記の 「知的財産分科会」 第7回会合(平成28年2月12日) において、特許庁制度審議室長の中野剛志氏は以下のように発言している。

[第7回知的財産分科会 議事録より](下線追加)
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つまり、同じ制度が新興国にも導入されれば、特許権者である日本企業にとってはメリットだろうというわけだ。 同じ内容は、2016年12月28日に特許庁が公表した資料にも書いてあるし、上記の第7回知的財産分科会の配布資料にも書いてある:

[第7回知的財産分科会 資料2-1より](下線追加)
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確かに、新興国に進出している日本企業にとっては有利かも知れない。 しかし上述の通り、この延長制度は特許権者に有利で、他者に不利な不公平な制度である懸念があり、他国に自信をもって勧められるような制度ではないかも知れない。 今後TPP協定がどうなるのかは知らないが、日本に対する新興国の信頼を傷つけることがないよう、よく考えて進める必要があるのではないか。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする