2017年12月20日

『高林龍 標準特許法 第6版 有斐閣 2017』(均等論 高林説)


「マキサカルシトール事件」の知財高裁大合議判決(平成27年(ネ)10014;2016年3月25日判決)は、「出願時同効材」(出願時に既に存在していた代替物質や代替技術)に対する均等論の考え方について新たな規範を打ち立てた。 知財高裁所に所長として在任中、この判決に裁判長として関わったのが設樂隆一先生(現、森・濱田松本法律事務所)だ。

その判決では、「出願時同効材」に対する均等論の第5要件について、出願人が明細書においてその出願時同効材を記載しているとみることができるなど、出願人が出願時に同効材として認識していたものと客観的・外形的にみて認められるときには第5要件によって均等論の適用を否定する旨が判示された。 逆に言えば、出願人が出願時に同効材として認識していたという客観的・外形的な証拠がない場合は、出願時同効材についても基本的には均等論の適用を認めるということになる。 約1年後に最高裁で出された上告審の判決(平成28年(受)1242)でも、まぁ、基本的には知財高裁が出した判決と同じ方向の判示がなされている。

ところで、「出願時同効材」の均等論の適用に関して早大の高林先生は、この大合議判決が出されるよりも前に次のように指摘していた。

[高林龍, 標準特許法第5版, 有斐閣 2014, 154ページ]
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[同155ページ]
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[同156ページ]
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上の2つの引用(154ページと155ページ)は、2002年に発行された『標準特許法』の第1版にも記載されている(129、131ページ)。 つまりボールスプライン事件の最高裁判決(1998年)が出てそれほど経っていない2002年から、第5版が出版された2014年に至るまで、高林先生は一貫して、出願時同効材に対して均等論を適用することには慎重な立場をとっており、融通性のある文言解釈を適用すれば十分だと言い続けていたわけだ。

*    *    *

これとは反対の立場をとっていた(ように見える)のが、前述の設樂元判事で、設樂先生は2015年に次のような論稿を出している。

[設樂隆一, 日本工業所有権法学会年報 38号 (均等論,覚醒が死か) 有斐閣 2015, 251-271の258ページ]
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上記の通り高林先生は出願時同効材の均等論について、「文言解釈に柔軟性を持たせることで十分」だと指摘しているのに対して、設樂先生は「クレームの文言を柔軟に解釈したとしても、文言解釈の範囲に含まれないケースについて、均等論の適用が検討されることになる」と指摘している。 これは高林説をやんわりと否定しているようにみえるね。

それだけじゃない。 設樂先生はもっと直接的に以下のように書いている。

[同264ページ]
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[同264ページ]
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[同265ページ]
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[同265ページ]
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[同266ページ]
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[同270ページ]
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この論稿が掲載された論文集(日本工業所有権法学会年報38号)の発行日は2015年5月31日。 均等論をテーマにした学会自体は約1年前に行われて設樂先生も出席している。

そして、「マキサカルシトール事件」の一審判決(平成25年(ワ)4040号;東京地裁民事29部嶋末和秀裁判長)が出されたのは2014年12月24日だから、上記の設樂先生の論稿が出た時は、「マキサカルシトール事件」の一審判決は既に終わっていて、控訴審が知財高裁で係属していたことになる。 しかも当時、設樂先生は知財高裁の所長だった(所長在任期間:2014年6月〜2017年1月)。

設樂先生といえば、ボールスプライン最判が出る前の1996年にも均等論に関する長い論文(法曹時報48(6) 1319-1378、48(8) 1691-1741)を書いているし、ボールスプライン最判後も、2006年に出願時同効材への均等論の適用に関して肯定的な論文を書いている(金融・商事判例, No. 1236, 2006-03, 48-57, 2006)。 歴代の判事の中でも、もっとも均等論に精通していた一人と言えるのではないか。

当然、設樂先生としては、所長の間に機会があれば出願時同効材に対する均等論の考え方について、裁判長として判決を出せればよいと思っていただろうと思うし、「マキサカルシトール事件」はまさにうってつけの題材だった。 上記の2015年の学会年報38号の設樂先生の論文は、「やるぞ」という意気込みのように見えるね。 「高林説や愛知説を否定するぞ」という。

そして2016年1月、知財高裁はこの事件を大合議で審議することを公表し、3月25日に大合議判決(2015年(ネ)10014)が出た。 その判決では、上述の通り出願時同効材に対しても均等論は適用されることが明らかされた。 その判示によれば、たとえ出願時にその同効材が既に知られており、当業者であれば容易にクレームすることができたという事情があったとしても、そのような事情は、基本的には均等論の適用を否定する理由にはならないことになる。

つまり、高林説は否定されたわけだ。 少なくともそれが表見的な見方ではないか。

実際、大合議判決の意義について設樂先生は、退官後のある講演で、判決前には「出願時同効材」に対する均等成立に否定的な有力学説があったことを紹介した上で、そうした学説と知財高裁(椅子式エアマッサージ事件判決)とは対立があったので、「出願時同効材」に対する知財高裁の立場を明らかにしたのだということを話されていたようだ。

*    *    *

それで?

高林先生はどうするのか?

9月20日の投稿でも書いた通り、マキサカルシトール事件を受けて高林先生が「出願時同効材」に対する均等論の考え方をどう変えていくのか、それとも変えないのかについて、私は生温かい目(笑)で見守っているし、きっとそういう人は他にもいるだろうと思うけれど、判決後、均等論に関する高林先生の論文が全然出ない。。 愛知先生は判決後に幾つか書いているけれど、高林先生の論文はこれまでに公表されていない。

しかーし!

とうとうその時が来た。 『標準特許法第6版』の出版だ。 “律儀な改訂”のたまものだ。 この『標準特許法』という本、初学者等を対象とする本であるはずなのに、上で紹介した設樂先生の論文の中でも『標準特許法』が引用されている通り、研究者や実務家の論文でも引用されてしまう本なのだ。 それは『標準特許法』がすばらしいテキストだから・・・・、かどうかはともかく、高林先生自身の考え方、つまり必ずしも定説になっていない高林先生の自説が記載されている本だからだ。 これについては高林先生自身が以下のように書いている。

[高林龍, 標準特許法第5版, 有斐閣 2014, 「はじめに」より]
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特許法のテキストで言えば、北大の田村先生の『知的財産法』なども同じだろう。 初学者にとっては良し悪しかも知れないが、自説が書いてある本はやはり面白い。

さて、先日出版されたばかりの『標準特許法第6版』。 「マキサカルシトール事件」判決を受けて、「出願時同効材」の均等論に関する記載はどう変わったか? さっそく、上で引用した第5版に対応する第6版の箇所を見てみよう。

[高林龍, 標準特許法第6版, 有斐閣 2017, 161-162ページ]
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[同162ページ]
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[同163ページ]
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ぜんぜん変わってないじゃん(笑)。

但し、上の赤マルをつけたところに「注」が追加されていて、そこに以下のような記載が追加されている。

[同163-164ページ]
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(注:これ以外にも、第6版では「マキサカルシトール事件」について何か所かで取り上げられています。)

自説は変えず、判決を「但し書き」で追加しましたか。。。

これをどう捉えればよいのですかねぇ? マキサカルシトール最判は、高林先生の自説を否定したものではないと考えているということ? 高林説は、マキサカルシトール最判のもとでも引き続き成り立つと? それとも、否定はされたけど自説は変えないよ、ということ?

まあ、高林先生はIPジャーナル1号(2017.6)でも、最判は「当然の前提として尊重すべき」(37ページ)だと書いているし、初学者も対象とするテキストではなおさら判決を否定的に扱うことはできないと思うので、これはこれでしょうがないのかも知れないけれど、なにかモヤモヤしたものを感じますな。。 「マキサカルシトール事件」の判決は、「出願時同効材」に対しても均等論を適用するということを判示したわけだ。 しかも、出願時に容易であったからといって均等を否定する理由にはならないということも明らかにしたわけだ。 その判決を引用しながら、なお「出願時同効材は、均等論ではなく融通性のある文言解釈で」と説くことをどうやって整合的に理解すればよいのだろうか?

ただし、今回の第6版の「あとがき」を読んで、そういうモヤモヤ感を生じさせるであろうことは高林先生も意識されているのかも知れないなと思った。 というのも、この本は2002年の初版以来、これまできっちり3年ごとに改訂され続けていて、前回の第5版の帯は次のようになっていた。

[標準特許法 第5版 の帯]
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この「律儀な改訂、重なる信頼」というキャッチフレーズはすごく面白いので、今回の第6版の帯ではどうなるのだろうと思っていたら、第6版の帯は次のようになっていて、「律儀な改訂」という面白いフレーズは小さな文字のところで引き続き使われているのだけれど、「重なる信頼」というフレーズは省かれている。

[標準特許法 第6版 の帯]
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そして、これに関連するのか、高林先生は第6版の「あとがき」で、この第6版では、均等論などの判決についていろいろと盛り込んだことを述べた上で、次のように書かれている。

[高林龍, 標準特許法第6版, 有斐閣 2017 「第6版あとがき」より]
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なにしろ、「出願時同効材は、均等論ではなく“融通性のある文言解釈で”」と説く本書に、マキサカルシトール事件の判決を盛り込んでいるのだからね。^^ これを整合的に理解するのは、まさしく「複雑で難解」、道筋は見えにくいと言えそうだ。

しかし、かくいう私は「マキサカルシトール事件」判決の第5要件に関する説示には賛成していないから、そういう立場からすれば、本書に漂うモヤモヤ感は、本書が悪いというよりは、判決を含めた現在の特許制度の状況の方に問題がある。 ここ数年に出た特許制度に関する重要判決、例えば、医薬品の特許延長制度をめぐる一連の判決、プロダクト・バイ・プロセス・クレームで「物同一性説」を判示した最高裁判決、そして「出願時同効材」の均等論に対して、証拠がない限り出願人の帰責性を不問にするかのような判決をしてしまったマキサカルシトール事件判決、そのどれをとっても、特許制度が長年にわたって抱えてきた問題を綺麗に解決したというよりは、せっかくの重要判決も何かしっくりこない。 むしろこれらの問題を解決することの難しさを改めて認識させる結果になったという方が適切ではないか。

当たり前ながら現在の特許制度は、簡潔で完璧な制度ではない。 解決が難しい問題と、不完全な条文と、確定して変えようのない判決と、それを補うために多少無理をした解釈とから成り立っており、ここ数年の判決や、立て続けに行われた審査基準や審査ハンドブックの改訂などによって、そのことはひときわ明らかになったような気がする。 つまり今回の『標準特許法 第6版』に漂うモヤモヤ感は、現在の特許制度が抱えるモヤモヤ感がそのまま映し出されたものだとも言えるように思う。

*    *    *

ということで、高林先生がぜんぜん変わってなさそうなことも確認できたので、私も安心して、高林説をネタにして書いてきた Sotoku 9号 を仕上げてそのうち出そうと思う。 ^^


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする