2019年09月17日

新しいアッセイ系は既知化合物の特許出願のチャンスとなるか (「アレルギー性眼疾患」事件最高裁判決 平成30(行ヒ)69 令和元年8月27日 追記2)


この最高裁判決について8月30日に投稿した際に、「原審の判断に違和感を感じるのは、インビボとインビトロの違いを全く無視して効果を比較しているところ」だと書いた。 つまり、本件の明細書では、ヒト結膜肥満細胞を用いたインビトロ(すなわち、人体や動物を用いるのではなく、培養細胞を用いる)実験系を用いて実験が行われて本件化合物のヒスタミン遊離抑制活性が測定されているのに対し、原審(平成29(行ケ)10003)で裁判所が「顕著な効果」を否定するために持ち出した引例は、スギ花粉症患者に被検化合物を点眼し、採取した涙に含まれるヒスタミンを測定することでヒスタミン遊離抑制活性を測定したインビボ実験(生体を用いた実験)だった。 そして引例のインビボ実験における数値(70%〜90%のヒスタミン放出阻害率)を持ち出して、次のように説示した。

平成29(行ケ)10003,PDF 30-31ページ]
 そうすると,当業者の本件特許の優先日における技術水準として,化合物Aのほかに,所定濃度を点眼することにより約70%ないし90%程度の高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在すること,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在することが認められる。
 以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。

しかし、インビトロの実験系とインビボの実験系では、同じ化合物を使っても違う数値になることはよくあるのだろうから、異なる実験系で得られたヒスタミン遊離抑制率(数値)を単純に比較することはできない。 したがって、本件の明細書のインビトロ実験で得られた数値と同等以上の数値が引例のインビボ実験で得られていたからといって、本件の効果を「大したことはない」と直ちに結論することはできないようにも思われる(まぁ、薬というものは最終的にはインビボ(臨床)で使うものだから、インビボで効果がある方がすごい気はするが)。

つまり本件の原審判決(平成29(行ケ)10003)では、本件化合物の効果が「大したことはない」ということを明確に示すような先行技術の存在が示されていないのだ。 この点が、原審判決において、本件の「顕著な効果」が今一つはっきりと否定できていないように見えてしまう理由であるように思う。 逆に言えば、だからこそ特許庁の審判(無効2011-800018)では、本件発明の「顕著な効果」が認められたのかも知れない。

それを踏まえると、新しいアッセイ系が利用可能となった場合は注意が必要だろう。 例えば、ある疾患の既存薬や治療候補化合物の中に、ある2次的な作用機序で効果を発揮するタイプの化合物があることが既に知られているとして、その作用に関して新しいアッセイ系が利用可能となった場合は特許出願のチャンスが生まれる(以下)。

[新しいアッセイ系が利用可能となった場合の出願戦略]
ある疾患の既存薬や治療候補化合物の2次的な作用機序に関して、そのアッセイ系で良好な効果を示す化合物(化合物A)が見つかったら、同じ疾患の既存薬等の中で、そのアッセイ系で効果を示さないものを選んで、それらの結果を並べて特許出願を行う。 すると、このアッセイ系において良好な効果を示すのは「化合物A」だけで、他の化合物は効果を示さないように見えるから、化合物Aには予想外に顕著な効果があるように見える。 また、新しいアッセイ系であるので、この2次的作用機序において、化合物Aと同等以上の効果を持つ既存化合物が存在することを明確に示すデータは、出願前には存在しない。 したがって、そういう引例により進歩性が否定される心配はない。

こうしたアッセイ系による比較実験の結果は、「臨床試験に用いる化合物を選別するための非常に厳しいスクリーニング条件であると考えられる余地がある。」(無効2011-800018)(2018年6月22日の投稿参照)と評価される可能性もある。 特に、これまで持っていると思われていた活性が、このアッセイ系では検出できない、というような既知の化合物が見つかれば、「このアッセイ系は非常に厳しいアッセイ系だ」と主張する理屈ができるので好都合だろう。

異なるアッセイ系(従来のアッセイ系)においては高い効果を示す化合物は出願前に知られていた、という理由で進歩性が否定されそうになった場合は、「構造を異にする他の化合物が、異なる評価系において高い効果を示す場合があることが知られていたとしても、そのことのみをもって、本件化合物の効果顕著性を直ちに否定することはできない。」と反論することができる。 今回の最判はそうした反論の正当性をサポートするかも知れない。

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本件(アレルギー性眼疾患事件)が意図的にそうした特許明細書を作成して出願を行ったのかも知れないと言っているのではない。 ヒスタミン遊離抑制作用に関しては、モルモットの細胞を使ったアッセイ系では「本件化合物」を使っても活性が検出されなかったなど、アッセイ系によって結果がかなり違うようだから、本件明細書の実施例の結果も、意図せず偶然に得られた結果である可能性は高いかも知れない。 そして、新しいアッセイ系を使っていくつかの化合物をアッセイしたところ、もし本件化合物だけに活性が認められたら、私だって特許出願を考えるかも知れない。 しかし、出願を行う際の出願人側の内情は分かりようもないのだから、そこは分からないということを前提に、どうやって妥当な判断をしていくのかを考えなければならないだろう。

前訴判決の判決文によれば、本件明細書に記載されている実験で用いられているヒト細胞を使ったインビトロのアッセイ系は、本件特許の優先日の約7か月前に公開されたばかりのようで、これについて特許権者側は、本件特許の優先日当時は「当業者にとって現実的に利用可能な技術ではなく」と主張している(平成25年(行ケ)10058の93ページ)。 つまり本件明細書の実施例で用いられているインビトロのアッセイ系は、非常に新しいものだったわけだ。 判決文を見る限り、被告(特許権者側)は、これを進歩性肯定のための有利な事情として主張しているようだが、アッセイ系が出願前に広く利用されていなかったことは、類似の効果を有することが知られている既存薬をそのアッセイ系で調べれば、本件化合物と同等以上の高い効果を示すものは存在していたという可能性をむしろ否定できなくするのだから、特許権者側の主張とは裏腹に、むしろ「顕著な効果」の推認を阻害する事情とみなし得るものだろうとも思う。

新しいアッセイ系における好結果を出願前に予測できない限り、「予測できない顕著な効果」は否定できずに進歩性は肯定されるのか、それとも、新しいアッセイ系が出願前に広く利用されていなかったという事情は、むしろ顕著な効果の認定にとって阻害的に働く要因と考えるべきなのか。 どちらが妥当なのだろうか、よく考える必要があるだろう。

しかし、少なくとも出願人の立場で考えた場合、今回の最判から示唆されるのは、『新しいアッセイ系が利用可能となった場合は出願のチャンスだと考えろ』ということだ。 データを選別し、上記のような特許出願を意図的に出願することは手続としては不可能ではないように見えるし、そういうケースは今後発生する可能性はあるだろう。 そして特許庁や裁判所に求められるのは、仮にそうした出願がなされた場合に、その進歩性を適切に判断できるような手法を持っていてくれなければ困るということだ。 今回の最判が、それを妨げるものとなってはならない。

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さて、2次的な作用機序に関して特許を取得した場合、この特許を生かして医薬品開発を進めるためには、医薬品の製造販売承認を申請するにあたって申請者は、医薬品の承認を審査する厚労省所管の機構(PMDA)に対して、ぜひとも本薬の薬効にこの「2次的作用機序」があることを認めさせ、医薬品の添付文書に、その作用を記載するように持って行く必要があるだろう。 そうすることによって、この医薬品の後発薬が実施されたときに、本件特許を侵害しているという理屈が通る余地が生まれるからだ。 2018年6月22日の投稿でも書いた通り、本薬(パタノール点眼薬 0.1%)に関するPMDAの審査報告書 (12ページ)によれば、本件医薬品の承認申請者は、本薬はこの2次的作用、すなわち「ヒスタミン遊離抑制作用」も発揮されているのだということについて主張したと思われる。 そしてPMDAに「本薬の臨床における有効性発現に関与している可能性は低い」と言われながらも、この作用があることについてはPMDAに認めさせることに成功し、添付文書にも記載された。 特許権者側の立場になって考えれば、これは見事な成果だし、事実として、パテントリンゲージにより後発の参入を阻止できているのだから大成功と言えるだろう。 そして、すべてはこの特許があってこそであり、今回のように新しいアッセイ系を使って「顕著な効果」を主張して特許を取得しておくことは、現時点の状況で見る限りは、医薬品の特許戦略において有効な作戦だということになるかも知れない。

但し、「ヒスタミン遊離抑制作用」に関する用途発明に限定された本件特許が、果たして後発薬を抑えられるものであるのか、という点については、2018年6月22日の投稿の他、以下も参照。

篠原勝美『日本型パテントリンケージ制度の諸問題(上)』(Law and Technology No. 80, 2018, 29-35)の33ページ左

gemedicines氏の投稿『オロパタジン塩酸塩点眼液(パタノールR点眼液0.1%) 』(2019年9月7日)

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冒頭で述べたとおり、本件の原審(平成29(行ケ)10003)で知財高裁は、引例のインビボ実験における数値(70%〜90%のヒスタミン放出阻害率)を持ち出して本件発明の効果の顕著性を否定し、私はそれについて違和感があると書いた。 それでは、もし本件の進歩性が否定されるとしたら、引例のインビボ実験における結果をどのように扱えばよいのだろうか。

私が考えるに、本件の顕著な効果を仮に否定する場合、引例のインビボ実験など別に持ち出す必要はないのだと思う。 単に、本件明細書に開示されている限られた化合物を用いたインビトロの比較実験の結果のみからでは、「臨床(インビボ)の場面までを包含するヒスタミン遊離抑制作用」に関して、本件化合物が、他の抗ヒスタミン剤と比べて突出した効果を持っていることは合理的に推認できない、ということで十分なのだと思う。

ちなみに本件明細書によれば、ヒト結膜肥満細胞を用いたインビトロの実験系において、本件化合物は高いヒスタミン遊離抑制作用を示し、既存化合物であるクロモグリク酸二ナトリウムはほとんど作用を示さなかった。 具体的には、本件化合物を100μM以上の用量で用いて発揮できた効果を、クロモグリク酸二ナトリウムは10〜1000μMのいずれの用量でも上回ることはできなかったどころか、そもそもクロモグリク酸二ナトリウムはまともな効果を発揮していないようにさえ見えた(本件明細書の表1参照)。 しかし、本件原審(平成29(行ケ)10003)の判決文によれば、臨床(インビボ)実験の結果においてクロモグリク酸二ナトリウムは、点眼後5分後および10分後の涙液中のヒスタミン遊離抑制率について、「2% クロモグリク酸二ナトリウム点眼液では,誘発5分後で平均73.8%及び誘発10分後で平均67.5%」という高い抑制率を示すことが知られていたようだ(判決文PDF30ページ)。 インビボで示すはずのクロモグリク酸二ナトリウムの高いヒスタミン遊離抑制作用が、本件明細書のインビトロアッセイ系ではほとんど検出できなかったことは、インビボにおけるヒスタミン遊離抑制作用と、本件明細書のインビトロアッセイ系におけるヒスタミン遊離抑制作用は、高い相関があるとは言えないことを示唆しているだろう。 そして、高い相関があるとは言えないのであれば、本件化合物が、たとえ本件明細書のインビトロアッセイ系において顕著に高いヒスタミン遊離抑制作用を示したとしても、インビボにおいても顕著に高いヒスタミン遊離抑制作用を示すことは合理的に推認できないということになるのではないか。 これについては2018年の6月22日の投稿でも書いた通り、原審の審決(無効2011-800018)で特許庁の審判合議体は、特許権者の主張をそのまま繰り返す形で「・・・ クロモリン ・・・ について、本件特許明細書に記載されたインビトロのモデル実験では効果が観測できなくてもヒトの臨床試験では大きな効果が認められたことは、本件特許明細書に記載のインビトロの実験手法の条件は、ヒトの臨床試験に用いる化合物を選別するための非常に厳しいスクリーニング条件であると考えられる余地がある。」と説示しているが、そういう可能性を完全に否定するわけにはいかないにしても、インビボにおける効果と本件明細書のインビトロアッセイ系での効果には高い相関がないという “余地” もかなりあるわけで、その場合は、「本件特許明細書に記載のインビトロの実験手法の条件は、ヒトの臨床試験に用いる化合物を選別するためにはあまり意味のないスクリーニング条件である。」ということになる。 本件明細書のインビトロアッセイ系が、高いインビボ効果を持つ化合物を選別するための「非常に厳しいスクリーニング条件」なのか、それとも「あまり意味のないスクリーニング条件」なのか、どちらが正しいのか真偽不明である限り、「明細書の結果に基づいて、出願当時に、インビボでも顕著な効果があると合理的に推認できるのか」を考えれば、それを肯定するのは難しいという結論にならざるを得ないのではないか。

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本件のクレームが、もし本件明細書の実験で用いられた「インビトロ」のアッセイ系に限定されているのであれば、上で取り上げたようなインビボとインビトロの違いは問題にはならない。 しかし本件クレームの発明がインビボ(臨床)への適用までを包含するものである以上、もしそのクレームの範囲全体にわたって顕著な効果が合理的に推認できないのであれば、その進歩性を肯定することはできないという結論が導かれなければならないと思う。

このように、仮にインビボの結果が記載されている引例を用いて顕著な効果を否定するとしても、原審判決が行ったように、本件明細書におけるインビトロ実験の数値を、引例のインビボ実験の数値と単純に比較して「数値が高いとは言えない」ことを理由に顕著な効果を否定する、という論理構成にするのではなく、両方のアッセイ系の結果に高い相関があるとは認められないことを理由に、本件明細書の開示からではインビボにおいても顕著な効果が発揮されるとは推認できないという結論を導き出す方が、論理的には筋がいいのではないか思う。

つまり、そういう判断手法を、特許庁や裁判所の方たちには持っていて欲しい。

[2019/09/18 筋悪だった後半の議論を多少ましになるように書き直して再公開。^^]

posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月03日

「アレルギー性眼疾患」事件最高裁判決(平成30(行ヒ)69,令和元年8月27日判決)追記


今回の「アレルギー性眼疾患」事件最高裁判決(平成30(行ヒ)69,令和元年8月27日判決)に関して、田中汞介先生がご自身のブログ『特許法の八衢』で記事を2つ(『最高裁は効果の独立要件説を採ったのか? 日本 最高裁 進歩性(非自明性) 』(8月31日)、『最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)第69号)後の差戻審についての覚書』(9月1日))投稿されているので、それを読んで、まあ、あまり関係あることは書けない気もするけれど、前回の投稿に引き続き、思いついたことを若干書いてみたい。

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(8)最高裁による破棄理由に関する田中先生の論考について

8月31日の田中論考では『破棄理由』に関し、「原審(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号)) の判断枠組みは、【効果顕著性がなければ審決を取り消せる】であり、【効果顕著性がなければ審決を取り消せる一方、効果顕著性があれば審決が維持される】というものではない。」と指摘されている。

後者は、前者の反対解釈を付加したものだ。 後者であれば効果顕著性があれば審決が維持されることになろうが、前者であれば、効果顕著性があってもなお、審決を取り消す余地はあるということになる。

私は、8月30日の投稿で書いた通り、一般論として、「効果顕著性があっても、進歩性は否定しうる」と考えており、本件発明も、そうした場合に該当しうると思っているから、そういう考えが、今回の一連の判決の枠組みの中で依然として採用しうるというのなら、夢のある話だ。

改めて原審判決を見ると、判決の論理構成は以下のようになっている。

平成29(行ケ)10003 より]
 以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。(判決文31ページ)

 したがって,本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。(判決文31ページ)

4 結論
 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。(判決文34ページ)

上に引用したとおり原審判決は、原審審決の効果に係る判断の誤りをもって、その余の点について判断するまでもなく、原審審決を取り消している。 この判示の中に「効果顕著性があれば審決が維持される」という含意が感じられるかというと、まぁ、感じられないという方が自然だろうという気はする。

ただし、もし効果顕著性があってもなお審決は取り消される「理由」があり得るというのなら、効果顕著性を判断する前に、あるいは同時に、それが判断されてしかるべきであるのに、原審判決は効果顕著性のみを判断しているのだから、そうした「理由」がありうるという解釈は不自然ではないか、という意見はあるかも知れない。 特に、効果顕著性を判断するまでもなく審決は取り消されうる「理由」が本件においてあるのなら、まずはそれが判断されるべきであるのに、原審判決でそれが判断されていない以上、そうした「理由」がありうるという解釈は不自然ではないか、と考える人は多いかも知れない。

そういう意見が出るのは当然だろうとは思うし、解釈の優劣としては、そちらの解釈の方に軍配が上がる可能性はあるだろう。 しかし、どちらかの解釈しか採りえないとまでは言えないように思う。


(9)差戻審について

田中先生の9月1日の方の論考では、差し戻し審で採りうる結論は以下の3つだろうと指摘されている。

 1. 効果顕著性の存在を認めず、進歩性否定
 2. 効果顕著性の存在を認め、進歩性肯定
 3. 効果顕著性の存在を認めるも、進歩性否定

そしてもし上記の「3.」(効果顕著性の存在を認めるも、進歩性否定)を採るのなら、なぜ原審で効果顕著性を判断したのか説明が必要だと思うと指摘され、そうした説明の一つの可能性として、効果顕著性の「存在」の判断と、効果顕著性の「程度」の判断は別だと考える可能性が提示されている。 なるほどと思った。

ちなみに、前訴判決(平成25年(行ケ)10058)では効果(ヒスタミンの遊離抑制作用)の「存在」の容易想到性が判断され、本訴では当該効果の「程度」(効果顕著性)を判断しているのであるが、仮に田中先生の可能性を採用すれば、本訴原審(平成29(行ケ)10003)では効果顕著性の「存在」が判断され、差し戻し審では効果顕著性の「程度」(効果顕著性の程度)が判断されようとしているというフラクタルな感じになるのかも知れない(笑)?。

私の考える可能性は・・・、前回の投稿で書いた趣旨にしたがうのなら、

・ 効果顕著性の存否にかかわらず、進歩性否定(予備的に、効果顕著性の存在を認めず、進歩性否定)

というもので、前回の投稿の(7)にしたがって「効果顕著性の存否にかかわらず、進歩性否定」という結論を導き、(3)にしたがって予備的に顕著性を否定するという感じになるのだろう。 具体的には前者については、ヒト細胞に対するヒスタミン遊離抑制作用の「程度」が測られるのも間近だったといえ、そうである以上、本件発明は「容易に発明をすることができた」(29条2項)と言うほかなく、その効果が仮に予測を超えて顕著であるとしても、「容易に発明をすることができた」という判断を左右するものではない、というもの。 後者(顕著性否定)については、本件明細書には、本件化合物がヒスタミン遊離抑制作用を有することが開示されているとはいえ、その作用の程度は、クロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムなど、限られた化合物との比較でしか評価されていないし、高いヒスタミン遊離抑制作用を有する化合物が他にも知られていたことを考えれば、予測を超えて顕著とは認められない、というもの。

最判は「・・・,原審は,本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず,その他,本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。」という。 私の考える上記の理屈に沿って、最判のいう「諸事情の具体的な内容」を説明すれば、「明細書には、少数の構造を異にする他の化合物との比較しか示されておらず、当該少数の構造を異にする他の化合物に比べて活性が顕著であったからといって、本件発明の効果が予測を超えて顕著であると直ちに結論することはできない。」というのが「事情」だ。 また、本件発明が医薬用途に係るものであることをも考慮すると、本件明細書に開示されているヒト培養細胞を用いた実験のみからでは、ヒトへの臨床適用を含むクレームの全範囲において予測を超えて顕著な効果が奏されると直ちに認めることはなお困難、というのも「事情」と言えるだろう。 これは最判の説示をそのままお返ししているだけだから、最判の説示が正しいというのなら、この「事情」も否定はできないのではないか?(笑) (前回投稿の(3)も参照)

それから、上記の最判の後半部分の「本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない」という説示に対しても、「明細書には、そこに示されている少数の構造を異にする他の化合物との比較しか示されておらず、その結果のみをもって本件化合物の効果の程度が予測を超えていると推認できる事情等は何ら明細書に説明されていないし、技術常識とも言えない」というのが「事情」なのであって、明細書に開示されている少数の構造を異にする他の化合物との比較をもって顕著性が推認できるかが問題となっている以上、それを否定するためには、構造を異にする他の化合物との比較をもって足りると考えなければ道理が合わないということだ。

また、田中先生が「説明が必要」と指摘されていること、すなわち、もし顕著な効果があっても進歩性は否定されるのなら、「なぜ原審において効果顕著性を判断したのか」という点について説明するとすれば、かなり鉄面皮な説明にはなるが、本件の場合は、たとえ顕著な効果があっても進歩性は否定される理由はあるのではあるが、それとは別に、効果顕著性を否定することによっても進歩性は否定されるのであり、進歩性を否定するにあたってどちらで判断するかは任意であって、とやかく言われる筋合いはないという説明になる(笑)。 また、前訴判決(平成25年(行ケ)10058)では効果の「存在」の容易想到性が判断され、本訴では「効果顕著性」が問題となっていることに鑑みて、原審では効果顕著性を判断してやったのだ、と説明することもできるだろう。

ということで、まぁ、最高裁に喧嘩を売っているみたいになる点で、これは無理か・・・、という感じは否めない。。

但し、上記の理屈が最高裁に喧嘩を売るようになってしまう一番の原因は、最判が、「構造を異にする他の化合物」との比較だけでは「顕著な効果」を否定することはできないと説示する一方で、本件明細書には「構造を異にする他の化合物」(しかも少数)との比較しか開示されていないことを不問にしていることにある。 そして「そこは不問にはできないのだ」という立場を取ると、まるで最高裁に逆らっているように見えてしまうのだ。

しかし明細書の開示から顕著な効果を推認できるか否かという問題と、引例からそれを否定できるか否かという問題は、分離することはできない。 明細書の開示が、本件化合物の効果を比較すべき対照としっかり比較された説得力のあるものであればあるほど、それを否定するための引例は完璧でなければならないが、明細書の開示に説得力がない場合は、それを否定するための引例に完璧さは求められない。 そして両者(明細書の開示と引例の開示)を一体として判断するとき、それは引例によって「顕著な効果」が否定されると捉えるのは適切ではなく、明細書の開示と引例の開示との関係において本件発明の効果が「顕著な効果」だとみなすことができないと捉える方が実体に合っている。 明細書に開示されているのは「構造を異にする他の化合物」との比較に留まる場合に「顕著な効果」を推認することができるのか否かという問題を不問とし、引例に開示されている「構造を異にする他の化合物」との比較のみでは「顕著な効果」を否定できないと説示する今回の最判を、『否定できなければ肯定せよ』という説示だと捉えるとすれば、分離できない問題を分離する失当を犯すことになる。 逆に最判がそのような意図で説示をするはずはないと捉えるのであれば、たとえ最高裁に喧嘩を売っているように見えるとしても、上記のような「事情」を認定することをもって最判に応えることは、結局は最判の説示を正しく捉えることになるはずだ、と思う。


(10)最判の実務への影響

顕著な効果は「本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点」で検討されなければならないという最判の一般論についてはともかく、その理由をもって “本件の” 原審を破棄したということが実務に及ぼし得る影響は大きい。 本件には特殊な状況がある。 原審に先立つ前訴判決(平成25年(行ケ)10058)において、「・・・ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから,・・・ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し,「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。」と説示され、その判決は既に確定しているからだ。

この状況で、本件発明の進歩性がこのまま肯定されることになれば、所定の効果を有することを確認することについて出願前に既に動機付けがあり、その用途に適用することには既に進歩性がなくなっていることが明らかな状況であっても、その効果が予想外であれば、直ちに進歩性が肯定されるという雰囲気が醸し出されるだろう。

例えば、先行文献には本件発明の構成が開示されており、「この化合物の○○活性について調べてみることも興味深い。」とまで記載されているとしても、実際にその活性を調べて高い活性が確認されたり、用量依存性において目新しい特性(本件のように高濃度においても活性が低下しないなど)を示すことが分かった場合には、出願人としてはこの最判を掲げて進歩性を主張できることにもなりそうだ。

よって、出願人・特許権者サイドにとっては、この最判はとてつもなく強力な武器となる可能性があるが、それに対峙しなければならない側にとっては、どうやってその進歩性が否定できるのか、頭の痛い状況になるのではないか。


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