2014年06月19日

最高裁判決を受けて急転直下の産業構造審議会ワーキンググループ第6回 (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題4)


 前回書いた通り、「放出制御組成物」事件等(特許庁長官 v. 武田薬品)が最高裁に上告されたことで、ワーキンググループは審議が中断していた。
 しかし、平成23年4月28日に最高裁は特許庁の上告を退ける判決を下したことで、ワーキンググループは再び動き出した。

第6回(平成23年8月19日)

 「特許庁が敗訴した」 という点においては、従来の特許庁の審査運用は否定されたものの、原審である知財高裁が示していた延長登録出願の審査に関する特許法の踏み込んだ解釈に対して、最高裁の判決は表面上、何も言及せず、先行処分の医薬品が本件特許の範囲にないという、消極的(に見える)理由で判決を行った。 このことは、従来の審査基準の考え方をさほど変える必要はないのではないか、という考えにプラスに働いたかも知れない。
 例えば、この審議において、何人かの参加委員は次のように発言している。

 第6回ワーキンググループ議事録
「この最高裁判決は、先行医薬品が本件特許発明の技術的範囲に属しない場合についてのみ判断をしたもので、先行医薬品が本件特許発明の技術的範囲に属する場合についての判断を示すものではないというふうに考えられます。」(審査基準室長)

「従来の運用が否定されたというようなご発言もありましたが、それについても個人的には見解を異にしておりまして、・・・現在の運用案にやや齟齬が生ずる可能性が出てきたに過ぎないわけです。」(大学院教授)

「最高裁の判決自体はかなり射程が狭いといいますか、かなり慎重に判断を出されたと思いますので、・・・」(座長)

「最高裁はあくまでも先行医薬品が本件特許発明の技術的範囲に属しない場合についてのみ判断を示しておりまして、・・・」(審査基準室長)

「こういう最高裁判決を受けまして、我々としましては、最高裁判決は有効成分と効能効果が先行処分と同じである場合に一律に出願を拒絶してきた現行運用の誤りを摘示したものであって、制度の全体像について判示したものではない。・・・」(製薬協所属)

「最高裁判決も従来の運用を否定しているわけではございません。」(製薬協所属)

 こうした状況は、第3回会議〜第4回会議において、「延長した特許権の効力が及ぶ範囲」 が現在より縮小することに強く反発していた製薬協の主張を取り入れる方向にもポジティブに働くものだったのかも知れない。
 そして特許庁は、「 最高裁判決と齟齬がなく、一貫した説明ができる 」 という売り文句のもとに、2つの案を出してきた。

運用案1
以下の場合に、第67条の3第1項第1号の拒絶理由に該当するものとする:

1.「政令で定める処分によって禁止が解除された行為」 が 「その特許発明の実施に該当する行為」 に含まれない場合 (= 知財高判平21.5.29で示された要件)

 =本件処分の対象となった医薬品の製造販売等の行為又は農薬の製造・輸入等の行為が、本件特許発明の実施行為に該当しない場合。

  ○運用案1のポイント
   *本件処分により禁止が解除された行為が特許発明の実施に該当する行為である場合に、延長を認める。

 この案は、本件特許の範囲内の医薬品が薬事法で承認された場合は、すべて延長を認めるという案で、最高裁判決の原審となった知財高裁の判示とも齟齬がない案だ。 すなわち、どんな先行処分があろうと、新たな処分があれば、それをもとに延長を認めるというものだ。 
 このことは同時に (必ずしもリンクはしないが)、延長された特許権の効力は、承認された医薬品程度の非常に狭い範囲しか及ばないということも意味することになる。
 この案は、ワーキンググループの第2回の会議で特許庁が提示した 「案1」 と類似しており、解除された範囲を処分単位 (医薬品) とするものに近い。
 この案には、ほとんどの参加者は賛成しなかったが、一人だけ 「 案1は、法律の明文に沿ったものであり、運用上も複雑さというのは生じないので、理由のある案だと思います。」 (大学院教授) と発言している。

 そして委員の多くが賛成することになるのが、次に示す案だ。
運用案2
以下の場合に、第67条の3第1項第1号の拒絶理由に該当するものとする:

1.「政令で定める処分によって禁止が解除された行為」 が 「その特許発明の実施に該当する行為」 に含まれない場合 ( =知財高判平21.5.29で示された要件)。

2. 同じ 「物」 と 「用途」 によって特定される範囲において、既に別の処分を受け特許発明の実施をすることができるようになっている場合( =東京高判平12.2.10で示された要件)。

 =先行処分によって実施できるようになっていたと認められる特許発明の範囲(「物」と「用途」によって特定される特許発明の範囲(※次頁で詳説))に、本件処分の対象となった製品が含まれる場合

 ここまではさほど違和感はない。 但し 2.の 「物」 と 「用途」 というのは68条の2に出てくる文言であり、67条の3第1項1号を68条の2にリンクさせて考えようという意図が感じられる。 また、「東京高判平12.2.10」 (平成10年(行ケ)361) とは 「有効成分と効能・効果」 が先行処分医薬品と同一であれば延長を認めないとした古い判決であって、今回の最高裁判決で否定されたものであるので、この判決に依拠して案を作ること自体、疑問がある。 上記で「案1」を推していた大学院教授も 「最高裁判所の判決は特許庁のこれまでの運用を否定したものであり、東京高等裁判所の平成12年2月10日の判決は、これまでの特許庁がその運用の根拠としてきた裁判例でありますから、この裁判例が最高裁判所の考え方に反しないとして議論を進めることは疑問があります」 と発言している。
 
 しかし、もっと問題なのは、この後だ。
 
「物」と「用途」によって特定される特許発明の範囲
  =医薬品の承認書に記載された事項又は農薬の登録票に記載された事項のうち、特許発明の発明特定事項に該当するすべての事項及び用途に該当する事項によって特定される範囲
  発明特定事項に用途を特定する事項が含まれる場合には、「特許発明の発明特定事項に該当するすべての事項」は「用途に該当する事項」を包含することになる。


第6回ワーキング・グループ配布資料資料4、5ページ
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 なにコレ、突然・・・

 特許庁が提唱している 等式 を、医薬品に関して整理すると、こうなる。

先行処分によって実施できるようになっていたと認められる特許発明の範囲

  =医薬品の承認書に記載された事項のうち、特許発明の発明特定事項に該当するすべての事項及び用途に該当する事項によって特定される範囲

 すなわち、この運用案2というのは、先行処分の承認書に記載された事項のうち、請求項に記載された発明特定事項と用途に対応する事項については、承認書に記載された通りに請求項を限定し、承認書に記載されたそれ以外の事項については無視する、すなわち、あらゆる範囲を含むような医薬品が、先行処分により既に実施できるようになっていたとみなせるというのだ。

 そのような範囲に含まれるすべての医薬品が、さらに薬事法の承認を受けなくても実施できたわけがないのだから、私はこの時点でついていけないというか、このような判断基準は即座に廃案だと思うのだ。 私が思うに、ワーキンググループのみならず、今回の審査基準改訂案を評価していた多くの学者は、おかしいと思う感覚が麻痺してしまっているのだと思う。 感覚が麻痺していないのは、飯村判事を中心とする裁判所と一部の学者だけなのではないか。

 また、先行処分の承認書と請求項の発明特定事項を、このようにパズルのように当てはめて範囲を決めることが、なぜ特許法や判例の解釈から合理的に導くことができるかも不明だ (これについては次回検討する)。 そして不可解なのは、資料や議事録を見ても、特許庁はこの運用案2の判断の仕方や事例を説明するばかりで、なぜこのような範囲が先行処分により実施できるようになっていたとみなせると合理的に導けるのかについて、説明をまったくしていないのに、その点について参加者から質問もされなければ、問題視もされないことだ (上記で引用した通り、平成10年(行ケ)361を参照することについて、大学院教授が反対しただけ)。 法改正をせずに新しい審査基準を作成するというのに、この当てはめパズルのような 「運用案2」 が特許法や判例からどう導かれるのかを考えることもせずに議論が進むなど、やはり 「おかしい」 と思う感覚が麻痺していることを示しているように思う。

 さらに言えば、この第6回ワーキンググループにおいては、特許庁による上記の2つの案に加えて、製薬協からも案が提案されていたが、それに対して特許庁 (審査基準室長) が次のようなツッコミを入れている。

 第6回議事録より 製薬協案に対する特許庁審査基準室長の発言
 ・・・、事務局としては、先行処分によってまさに特許発明の実施ができていたのかどうかが重要で、− 判決文からもそのように読めますし−、そうであれば本件処分によって本件特許発明の実施がまさにできていたのかどうかが重要と考えているわけなのですけれども、製薬協さんは、そこは判決では特段触れられていないので、そこは修正する必要はないというお考えなのでしょうか。
 特許発明の実施にその処分が必要であったという条文解釈上はどのようにお考えなのでしょうか

 しかし、同じツッコミは、まず特許庁の 「運用案2」 に対してされなければ・・・。

 それはさておき、検討を続ける。

 この「運用案2」に従うと、例えば本件特許が 「有効成分Aを含む鎮痛薬」 という発明であって、先行処分医薬品が「有効成分a1, 徐放成分b1, 安定剤xx, 還元剤xx, ・・・を含む鎮痛薬」 あれば、「有効成分A」 を 「有効成分a1」 に限定した 「有効成分a1を含む鎮痛薬」 という医薬品は、そこに含まれる全範囲の医薬品が、先行処分によりすでに実施できるようになっていたということになる。 したがって、本件処分医薬品が、 「有効成分a1および徐放成分b2を含む鎮痛剤」 であったとしても、延長は認められない。 このように、一面において、この運用案2は、「有効成分と効果・効能」 しか考慮せずに実施できるようになっていた範囲を決定する従来の審査基準とあまり変わらないものと言える。

 しかし、もし本件特許が 「有効成分Aおよび徐放成分Bを含む鎮痛薬」 という発明である場合は、上記の先行処分により実施できるようになっていたのは 「有効成分a1および徐放成分b1を含む鎮痛薬」 だということになり、本件処分医薬品 「有効成分a1および徐放成分b2を含む鎮痛剤」 はその範囲外であるから延長が認められる。 有効成分a1と用途は先行処分医薬品と同じであるのに、徐放成分b2が新しいことが考慮されるのだ。

 このように、この運用案2は、従来通りの一面を残しつつ、DDS技術など、有効成分とは無関係の新しい特徴により延長が認められうるという優れた特徴を持っているのだ。

 議事録によれば、審査基準室長も、「この事務局案で行きますと、先ほども御説明しましたが、有効成分や効能・効果で初回承認でなくても、ポリマーを改変して徐放性を高めるといったような製剤技術があり、そういった製剤について承認を受けた場合に製剤特許の延長が可能になるというのが運用案2の考え方だというふうに考えております。」(議事録より) と説明している。

 ワーキンググループの第2回および第3回では、「臨床試験」の有無や「新医薬品」であるか否かを、延長を認めるかどうかの判断基準にすることを特許庁が提案し、製薬協所属のメンバーを除く多くの出席者が賛成していた。 しかしその案は、延長した特許権の効力の範囲が狭いことから、製薬協所属メンバーが強行に反対していたのだった。 しかし、今回の 「運用案2」 は、この点を巧妙に克服したものであったことから、この案を採用しようという流れが一気にできあがった。

 第6回ワーキンググループ議事録より
「こちらの運用案2に関しましては、現状では、基本的に賛成と考えております。」(弁理士会所属)

「やはり一貫したもの、どのケースが生じてもいいようなふうにということを考えますと、事務局案の2なのかなというふうに私は思っています。」(大学客員教授)

「やはり事務局案2を基本に、どこまで、今までのいろいろなご意見を踏まえて、技術的な優位性というものを考慮した運用案としていくかが課題と考えております。」(食品会社所属)

「そういう意味で、案2の志向するところについては非常によく理解できるものがございまして、現実の対応としては、その方向性で概ねいいだろうという感じを持っております。」(法律事務所)

「どちらかというと、やはり運用案2の修正運用案がいいのではないかという気がしていますけれども、・・・。・・・。正直言って今の時点でよくわからないから、判断できないというのが正直な現時点での意見です。」(知財協会所属) ( ← “賛成” と言わないだけ偉いと思う )

 また、今回のワーキング・グループは、最高裁判決後の初めての会議であったのだが、最高裁判決を待っている間に、延長登録出願の審査が溜まっているという趣旨の発言がいくつかあり、時間をかけて考えるのではなく早く決めることが必要という雰囲気が醸成された。

 結局のところ、この第6回の会議だけで、今回の改訂審査基準は決まったようなものだった。 特許庁が突然この案を提示し、この案に決まったのだった。

運用案2.png

 なお、この案では上に拡大した特許庁資料に記載されている通り、「先行処分によって実施できるようになっていたと認められる特許発明の範囲」 を特定し、「この範囲に本件処分が含まれる場合、・・・ 拒絶理由が生じる」 というものである。 すなわちこの案は、「先行処分医薬品」 に記載されている事項を本件特許発明の発明特定事項に当てはめて、その範囲を 「先行処分で実施できるようになっていた範囲」 とみなし、その範囲に本件処分医薬品が含まれている場合は延長を認めないというものだ。
 これが、次の第7回になると、いつの間にか逆転している。 しかも会議では、「変更した」 とは一切説明されない。 (つづく)


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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