2014年06月23日

元ネタがあった改訂案 − 産業構造審議会ワーキンググループ第7回 (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題5)


第7回(平成23年10月24日)

 前回書いた通り、第6回ワーキンググループにおいて特許庁が突如提案した 「運用案2」 にメンバーの多くが賛成した。 そして特許庁は、第6回の流れを踏まえて審査基準改訂案を作成して今回の審議にかけた。 座長は 「今日、できればパブリックコメントに付することができるような案を確定させていただきたいと思っております」 と発言する。

第6回ワーキンググループの「運用案2」
運用案2.png

 さて、前回の最後に説明した通り、第6回ワーキンググループの「運用案2」 とは、「先行処分によって実施できるようになっていたと認められる特許発明の範囲」 をまず決定し、「この範囲に本件処分医薬品が含まれる場合、 拒絶理由が生じる」 というものである。 (上図)

 ところが、今回特許庁が示した案では、

要件A : 延長登録の出願に係る特許発明のうち、本件処分の対象となった医薬品又は農薬の「発明特定事項(及び用途)に該当する事項」によって特定される範囲が、先行処分によって実施できるようになっていた場合

となっており、「本件処分をもとに特許発明の範囲」 をまず決定し、「この範囲に先行処分医薬品が含まれる場合、 拒絶理由が生じる」 というものになっている。 その違いを示したのが下図だ。

第6回v第7回.gif

 すなわち「第6回の運用案2」は、「先行処分医薬品」 の承認書に記載されている事項を本件特許発明の発明特定事項に当てはめて、その範囲を 「先行処分で実施できるようになっていた範囲」 とみなし、その範囲に本件処分医薬品が含まれている場合は延長を認めないというものであった。
 ところが「第7回案」は、「本件処分医薬品」 の承認書に記載されている事項を本件特許発明の発明特定事項に当てはめて、その範囲を 「本件処分で特定される(謎の)範囲」 とみなし、その範囲に先行処分医薬品が含まれている場合は、その範囲は先行処分によりすでに実施できるようになっていたから延長を認めないというものに変えられている。

 議事録を読む限り、この変更について特許庁は 「変更した」 とは会議の場で一切明言していない。 また、この変更を必要とするような意見が前回の第6回会議で出たわけでもない。 会議以外の場で説明を行っていないのなら、会議に出席していた多くのメンバーは、この変更に気づいていないだろう。
 変更した理由はいろいろ推測はできるが、ともかく、このような変更があるというのは、特許庁内部でも、この案が煮詰められていなかったことを示しているのかも知れない。

 それにしても、「第7回案」 で示された範囲、すなわち本件処分医薬の承認書に記載されている事項のうち、発明特定事項に対応するものは、承認書通りに限定し、発明特定事項に対応していないものは無視して決定された 「謎の範囲」 は、一体なんなのだろうか?

 これに関して、特許庁事務局の代表としてワーキンググループに出席していた審査基準室長(当時)は、改訂審査基準の運用開始後に次にようにコメントしている。

 今村玲英子, AIPPI, Vol. 57, No. 10, 2012, 32ページ右欄 (強調は私が入れた)
 事務局運用案2における延長を認めるための条件は,知財高判平21.5.29で示されたAの要件に,東京高判平12.2.10で示された要件を加えたものである。 ただし,「物」 を 「医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項に該当する事項」 とすることについては,いずれも判決にも示されていない


 今村審査基準室長(当時)が言及している2つの判例のうち、知財高判平21.5.29 (平成20年(行ケ)10460) は、最高裁判決の原審であって、処分により実施できた範囲は極めて狭いことを判示しており上記の謎の範囲は全く示唆していない。 また、東京高判平12.2.10(平成10年(行ケ)361) もそのような範囲は示唆しておらず、そもそもこの判決は最高裁判決と齟齬があることは前回の投稿でも言った。 すなわち、この 「謎の範囲」は、特許庁 (ワーキンググループ) が勝手に決めたものだ。

 この 「謎の範囲」 の意義は、「先行処分により実施できるようになっていた範囲とはどこなのか」 ということを考えていても永久に分からない。 なぜなら、そもそもこの 「謎の範囲」 は、本件処分医薬品と本件特許発明だけで決定される範囲であるから、先行処分医薬品は 「謎の範囲」 に一切関わっていないからだ。 この範囲が決められた理由を理解するには、「 処分により実施できるようになる範囲はどこなのか 」 を考えるのではなく、 「 延長された特許権はどの範囲まで及んでほしいか 」 を考える必要がある。

 実は、この 「謎の範囲」 を最初に提唱したのは特許庁ではない。 第6回ワーキンググループ(2011年8月19日) が開催される1年半以上前に、同じ考え方を雑誌 (知財管理) に投稿した人がいる。 以下に引用するのは、三枝国際特許事務所の三枝英二所長が知財管理に投稿した論説の中の、「特許法68条の2に規定された存続期間が延長された場合の特許権の効力についての1つの試論」という項目の中で記載したものだ。 同氏はこの論説の中で、知財高裁の新しい判決(平成20(行ケ)10459)に基づくと、「延長された特許権の効力の及ぶ範囲が狭くなりすぎ,特許権を延長したことによる実効が実質的に失われてしまうケースが生ずる虞(おそれ)がある。」(知財管理 Vol.60, No.1, pp.5-22 (2010), 17-18ページ) と考え、その問題を解決するために、「 延長された特許権の効力の及ぶ範囲 」(特許法68条の2 の範囲) を次のように解釈する 「試論」 を提示したのだ。

三枝英二, 知財管理 Vol.60, No.1, pp.5-22 (2010) (強調は私が入れた)

・・・薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明は特許発明の請求項記載の要件を充足し,且つその要件はたとえば設例1のように有効成分Aがa1のように狭く特定された発明である。薬事法所定の承認は品目ごとに行われ,承認を受ける為には,審査の対象となる成分,分量,構造及びその他の事項を特定する必要がある。しかし薬事法の承認に仕方や承認のためにどのような事項が審査されたかは,薬事法だけの問題であって,そのことが当該医薬品の発明の技術的範囲の解釈に影響を与えることはないと考える。そうすると薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明の技術的範囲はその特許発明の請求項記載の要件を承認を受けた通りの要素に限定して解すればよいと考える。承認を受ける為に特定した事項のうち特許請求の範囲に記載のない事項は,薬事法の目的を達する為に特定することは必要であった事項であって,特許法と関係しない事項であり,斯かる事項が延長された特許権の効力に影響を与えることはないと考える。従って,薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明の技術的範囲を解釈するに当って,特許発明の特許請求の範囲に記載のない事項を取り込んで限定解釈しなければならない理由はないと考える。
 医薬品について,68条の2は,延長された特許権の効力は,薬事法所定の承認の対象となった医薬品に,特定の用途が定められているときは,当該用途に使用される医薬品に及ぶと規定している。・・・,薬事法所定の承認を受けた医薬品は,当該特定の用途に用いられる医薬品であり,延長された特許権の効力は,このように解釈された医薬品の発明の技術的範囲にのみ及ぶ(以外には及ばない)ことになる。
・・・
 薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明は,有効成分Aがその下位概念化合物a1に特定され,医薬品の用途が喘息薬に特定されている。従って薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明は,特許発明の有効成分Aがa1に,用途が喘息薬に限定された技術的範囲をもつことになる。配合量や医薬品の構造は,薬事法上たとえこれらが医薬品を特定する為に必要な要素であるとしても,これらの要素は,特許発明の特許請求の範囲に記載されておらず,特許発明の要件となっていないのであるから,特許法の関知しないこれらの要素を薬事法所定の承認を受けた医薬品の発明の技術的範囲に取り込んで限定解釈しなければならないとする合理的理由はない
 このように,上記試論の立場を採ることによって,有効成分説を採ることなく新有効成分含有医薬品に係る延長された特許権の効力は,配合量や剤型等を変更しただけの医薬品に及ぶことになり,その効力を実効あるものとすることができる

 この投稿は知財管理の2010年1月号に掲載されたもので、そのころ、ワーキング・グループは最高裁判決を待つために休止状態にあった。 第6回ワーキング・グループは、この投稿があって1年半あまり後に開催されたものだから、 「審査基準改訂案」 を作るに当たり、この三枝案を特許庁が参考にしたとしても不思議はない。

 ただ、私はこの試論の考え方は、自然に導き出せるというよりは、人工的な決め事のような気がした。 薬事法の承認書に記載されていて、発明特定事項ではない事項について、試論では、「薬事法だけの問題であって,そのことが当該医薬品の発明の技術的範囲の解釈に影響を与えることはない」、また、「承認を受ける為に特定した事項のうち特許請求の範囲に記載のない事項は,薬事法の目的を達する為に特定することは必要であった事項であって,特許法と関係しない事項であり」 と述べられている。 しかし、直感的に考えても、薬効に影響を与えうる要素が無視されてよいのかなと思う。
 それに、承認書に記載されている事項のうち、発明特定事項に対応する事項についてだけ限定的に解釈するというのも不思議だ。 例えば、特許発明の請求項に 「有効成分A」 と書いてあるのは、「有効成分A」 であれば発明の効果を発揮するのに十分だから 「有効成分A」 と書いているのだ。 それなら、承認医薬品の有効成分がたとえa1であったとしても、a1にしたのは薬事法の認可を取るための事情であるのだから、a1に限定解釈する必要はないではないか!?

 前回も書いたように、私としては、特許法68条の2 の条文から論理的に導き出すことができないということだけでも、少なくとも、今回この案を採用できないことは明らかだったと思う (法改正してまでこのルールにするというのならともかく・・・)。
 ちなみに、井関涼子(同志社大教授)は、この試案は知財高裁判決(平成20年(行ケ)10458)が述べている制度の趣旨にそぐわない旨をコメントしている(知財管理 Vol.60, No.6, pp.963-975, 2010, 脚注13)。

 しかしともかくも、この試論が示した考え方は、「 延長された特許権の効力の及ぶ範囲 」(特許法68条の2 の範囲) を実効性のあるものとするためには、「このくらいの範囲は確保したい」 という特許権者の考えや、有効成分と効果・効能で範囲を決めてきた従来の運用と、ちょうど同じくらいの範囲を作り出せる好都合なルールになっていることは確かだった。  なるほど、この案であれば、有効成分に縛られずに、特許発明の発明特定事項に基づいて延長された特許権の効力を発揮することが可能だ。 発明特定事項は出願人が発明を特定するために自ら記載したものだから、それに基づいて延長された特許権の効力が発揮されるのは特許権者にとっては文句のない話だし、剤型に特徴があれば、それにより範囲が決められるから、DDS発明などでも問題なく対応することができる。

 そして特許庁は、 「延長された特許権の効力の及ぶ範囲」(特許法68条の2 の範囲) を決めるためのルールとしてこの三枝案が採用されることを念頭に置きつつ、それとちょうど同じ範囲を 「処分により実施できるようになる範囲」 (特許法67条の3第1項1号 の範囲) として採用し、延長が許可されれば、延長された特許権はこの範囲に効力が及ぶのだから、この範囲に先行処分医薬品が既にある場合は、出願は拒絶しましょうということにすればよいと考えたのだとしても不思議はない。

 このような基準の作り方は、効果 (延長された特許権の効力の及ぶ範囲) を先に決めて、その効果を発揮できるような条件 (延長登録出願を拒絶する範囲) を決めるものだ。
 だから、この案に具体的な事例を当てはめると、当然、望みの効果を上げてくれる。 そのため、うるさいことを考えなければ、この案で 「いいじゃないか」 となる。

 しかし、そのような基準の作り方は順序が逆、すなわち、特許法から論理的に導き出されたものというよりは、実際的な視点で作ったルールに合うように特許法を無理やり解釈するものとなるため、なぜこの範囲を用いて 「先行処分により実施できた医薬品」 を判断できるのかを条文から直接的に (すなわち効力が及ぶ範囲の実効性から逆算して考えることなく) 理解することは困難なものとなってしまった。

 そしてワーキンググループのメンバーの多くが、この案に賛成する。

 議事録より
今回、特許庁から提案された特許権の存続期間の延長の審査基準改訂案に賛成いたします。 ・・・。 以上のことから、今回の改訂案は、最高裁の判示事項とも整合するものであるのみならず、種々の特許請求の範囲の記載に対しても適切に対応できるものであり、的確かつ安定的な運用を行う上で極めて妥当なものであると考える。 (大学院教授)(欠席のため審査基準室長が代読)

製薬協といたしましては、今回の説明も受けました上で、事務局案を受け入れ可能と考えております。 (製薬協所属メンバー)

前回のワーキング・グループで御提案いただきました案2に賛成するという弁理士会の立場に変更はございません。 (弁理士会所属メンバー)

私も結論から申しまして事務局案に賛成いたしたいと存じます。 (法律事務所弁護士)

私も先ほど・・・、皆さんがおっしゃったように、事務局案に対して賛成の立場であります。(DDS関連会社所属)

やはり悩ましい面、課題は若干残るものの、運用案2でいかざるを得ないかなと考えています。(知財協会所属)

私も事務局案に賛成です。 (大学院教授)

 なお、第6回会議において「運用案1」を一人で推していた大学院教授は、ここでも 「従前提出された案1というのが現行法の条文の文言に添った解釈であり、最高裁の原審の解釈です。 最高裁でも、原審の解釈を否定するような判示は含まれていません。 ですから、実施に薬事法第14条第1項の承認が必要であたった特許権はすべて延長されるというのが文言解釈として妥当であると思います。」 (議事録より) と言いつつも、今回の会議が、この日で案を確定させることを半ば前提として動いていたこともあってか、改訂案の採択に理解を示した。
 平成20年10月30日から3年にわたり7回に及んだワーキンググループは、このようにして改訂審査基準案を確定させた。
〜     〜     〜

 既に書いた通り、このワーキンググループは、最高裁判決が出る前から開始され、最高裁判決を待つ形で2年間休止し、その後再開されたものだ。 そして最高裁判決が出たとき、最高裁が、あまり踏み込んだ判断を示さなかったことに関して、最高裁が踏み込んだ判断を示さなかったのは、このワーキンググループが特許権延長問題について審議を行っていることに配慮したからだという見方が一部にあった (下の引用を参照)。

[山田真紀 (最高裁調査官, 当時), Law & Technology, No. 53, pp.63-69, 2011 の69ページ右段]

 ・・・(略)・・・、また、延長制度の改訂のための検討(*注)が、原判決がされる半年ほど前から内閣の知的財産戦略本部において始められていたところであった。 本判決では、このような状況を踏まえ、・・・(略)・・・全体像を明らかにすることはせず、・・・ (略)、・・・ と思われる。
 *注: ワーキンググループのこと

 そして、今回の改定に関わった特許庁審査基準室長 (当時) は、審査基準改訂後に、上記の山田氏のコメントを引用しつつ、ワーキンググループの当事者としての立場から、以下のように記載している。
[今村玲英子, AIPPI, Vol.57, No.10, 2011 の脚注3]

 このコメントによれば,最高裁判決が判断を示さなかった,先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれかの請求項に係る特許発明の技術的範囲に属する場合を含め,67条の3第1項1号における「特許発明の実施」をどのように解釈すべきかについては,WG(*注)での議論に託されたようにも思われる。
 *注:ワーキンググループのこと

 しかし以上に見てきた通り、今回の改訂案はワーキンググループが議論により作り上げたというよりは、第6回会議で特許庁が突然出してきて、会議の多くのメンバーが相乗りした感が強い。 三枝試論の考え方が、それほど魅力的であるということかも知れない。

 「法律」 を重視するより 「実際的であること」 を重視する

 言ってみれば、それが最高裁から託されて出したワーキンググループの答えのように見える。 事実、第7回のワーキンググループには、法改正を意識した発言が比較的多い。 特に、ワーキンググループの最後が、法改正の話で締めくくられているのが印象的だ。

 (議事録より) (強調は私が入れた)
 ・ ・ ・

○座長  そのあとですけれども、まず改訂された審査基準に沿って運用を開始しまして、本日ご指摘のありました懸念事項も踏まえて、問題点を見極めた上で必要な場合に法改正、あるいは政令改正について検討するということにさせていただきたいと思っておりますが、それでいかがでしょうか。

〔「異議なし」の声あり〕

○座長  ありがとうございます。
 それでは、そういう方針で改訂審査基準を早急に確定いたしまして実施をし、問題点の有無を見極めた上で必要な場合に法改正、政令改正について検討するということにさせていただきたいと思います。
 今日は大変ありがとうございました。

3.閉 会


 改訂審査基準の運用開始後に、裁判所で何が起こるかについては、ワーキンググループとしても、想定していたことなのかも知れない。 (つづく)


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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