2014年07月23日

本件処分が必要であったか否かは、特許の広さに左右されるか? (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題9)


前回の投稿において、次のように書いた。

 (前回の投稿より)
 ある医薬品が、先行処分により実施できるのか否かは、先行処分品と薬事法によって決まる事項であって、特許の有無により左右されるものではないだろう (もちろん、今の審査基準の考え方は違うが・・・)。

 以前の投稿 「改訂審査基準の問題点」 の 「2.」 で説明した通り、ある医薬品(本件処分医薬品)の特許発明が、過去の医薬品の承認(先行処分)により実施できるようになっていたのか否かについて、現行の審査基準では、特許請求の範囲が広く書かれているか、狭く書かれているという、請求項の書き方次第で、先行処分により「実施できるようになっていた」とみなされたり、「実施できるようになかっていなかった」とみなされたりするのだ。

 これについては、審査基準改訂時のパブリックコメントにおいても問題視されたが、特許庁は、

  (パブリックコメントの Q22 に対する特許庁の回答
 存続期間の延長は、請求項ごとに行われるのではなく特許権について行われるものであることから、例えば、分割出願により製剤に係る発明を別の特許権とすることで、別の特許権について存続期間の延長登録が認められるとすることに、特段問題はないと考えます。

と回答し、改訂審査基準の運用が開始されてしまった。

 その後で起こった大合議判決の裁判(平成25年(行ケ)10195号平成25年(行ケ)10198号)でも、原告のジェネンテックは、特許請求の範囲の書き方次第で今回の薬事法の承認が必要であったか否かの判断が左右されることについて、

 改訂審査基準に対する原告ジェネンテックの主張
審決の解釈によると,特許請求の範囲の記載における発明特定事項の書きぶりによって,特許法67条の3第1項1号の「特許発明の実施」の内容が左右されることになる。

と批判した。 そして大合議判決は、この改訂審査基準そのものを否定した。

 ところで、特許請求の範囲が広いか狭いかで、延長登録が認められるか否かが影響を受けることの是非については、過去にもいくつかの裁判で話題になったことがある。 例えば次の裁判が挙げられる。

 知財高裁 平成17(行ケ)10184 (平成17年11月16日)(裁判長 三村量一)
 被告(特許庁)の主張
 仮に,原告らの主張するような解釈を採ると,例えば化合物の新しい医薬用途に関する発明において,実施態様レベルの製剤それぞれについて特許を受けていれば,各剤型の承認を受ける度に対応特許について延長が認められることとなり,医薬用途自体を請求項に記載して特許を受けた場合に比して著しく均衡を欠く結果となる

 これは、原告の千寿製薬が、先行処分医薬品はガラス容器に入った薬剤であるのに対して、本件特許はガス透過性プラスチックバッグに封入されていることを特徴とする発明であって、先行処分医薬品は本件特許の範囲外であることについて主張したことに対して、被告である特許庁が反論したものだが、広い特許だと延長が受けられないが、狭い特許だと延長が受けられてしまうような制度のあり方について、特許庁自身が、「著しく均衡を欠く結果となる」と批判しているのだ。
 ところが数年後、そういう “均衡を欠いた” 審査基準を作った後では、上記の通り「製剤に係る発明を別の特許権とすることで、別の特許権について存続期間の延長登録が認められるとすることに、特段問題はないと考えます。」 と言ってしまうのだからゲンキンなものだ。。

 同様の話題は、次の裁判の判示でも見られる。 これも先行処分医薬品は本件特許の範囲外であるケースであり、原告のロシュや原告補助参加人の武田薬品はそのことについて指摘し、先行処分では本件特許発明が実施できるようにはなっていなかったと主張している。

 知財高裁 平成17(行ケ)10345 (平成17年10月11日)(裁判長 塚原朋一)
 裁判所の判示
 したがって,原告及び原告補助参加人の主張の真意であるかはともかく,その主張によれば,パイオニア的な新薬の製法ないし化合物に関する特許発明ほど,各剤型を開発するごとに存続期間を延長することは認められにくく,逆に,剤型レベルの特許としておくことで,有効成分や効能・効果が既に薬事法で承認されたものであっても,個々の剤型ごとに延長を受けられるという結果になるという,被告の指摘には,的を射たものがあるといわざるを得ない

 上に引用した裁判所の判示に関して、被告である特許庁がどのような主張を行ったのかは、判決文では省略されているため分からない。 しかし裁判所の判示の書きぶりからして、上記の平成17(行ケ)10184と同じ主張を特許庁は行ったものと推定される。 そして裁判所(塚原コート)は、特許の 「広い・狭い」 で延長の可否に差がつくのは 「著しく均衡を欠く」 と特許庁がおそらく主張したことに対し、「的を射たものがあるといわざるを得ない。」 と肯定しているのだ。

 他の裁判例もある。 以下の2つのケースも、上記と同じようなケースだ。 そして、特許請求の範囲が広いか狭いかで、延長登録出願が認められるか否かが左右されることの是非について、裁判所は以下のように指摘した。

 知財高裁 平成18(行ケ)10311 (平成19年7月19日)(裁判長 中野哲弘)
 裁判所の判示
・・・,仮に,原告が主張するような見解を採用すると,特許請求の範囲が広い特許を取得すると1回しか特許権の存続期間の延長が認められないが,特許請求の範囲が狭い特許を取得すると複数の特許権の存続期間の延長が認められるということになり,特許権をどのように取得するかによって特許権の存続期間の延長が認められる回数が異なるという結果を招くことになる。
 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

 知財高裁 平成19(行ケ)10016平成19(行ケ)10017 (平成19年9月27日)(裁判長 中野哲弘)
 裁判所の判示
・・・,特許請求の範囲が広い特許を取得するか,狭い特許を取得するかということが,存続期間の延長の許否に影響するような解釈を採ることは相当とはいえない。
 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


 このように、広い特許を取得するか、狭い特許を取得するかということが、存続期間の延長の可否に影響するような審査のやり方は、特許庁自身が 「著しく均衡を欠く」 と主張していたのであり、塚原コートも中野コートも、そのようなやり方は適当ではないと判示している。 また、旧審査基準を否定した飯村コート (平成 20 年(ケ)10458〜10460) も最高裁 (平成21(行ヒ)324〜326) も、特許の広狭で延長の可否に差をつけることなど肯定していない。 そして今年5月に出た大合議判決では、先行医薬品により実施できるようになっていたとみなせるのは 「名称」 だけが違うような場合、すなわち医薬品としての実質的な同一性が変化しない場合だけで、それ以外の場合は延長は認めよ、というものだから、「特許の広い・狭い」 や 「別特許であるか否か」 といったことが、延長の可否に無関係であることは明らかだ。

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 ところで、別特許については延長を認めるべきだという考え方は、過去に専門家から提唱されたことがあり、上記の中野コートの判示についても否定的にコメントされたことがある (松居祥二, AIPPI 52(11), pp.2-15, 2007; 井関涼子, 特許研究 Vol.46, No.9, pp.44-54、2008; 井関涼子, 同志社法学 Vol.60, No.6, pp.83-118, 2009) (なお松居氏は上記の 「平成18(行ケ)10311」 等の原告側訴訟代理人弁理士)。
 但し、これらの専門家のコメントは、別の特許となるくらい違う医薬品なのに、先行処分によって 「実施できた」 と判断されるのはおかしいという気持ちで書かれたものだろうし、実際、その後に出された最高裁判決 (平成21(行ヒ)326) は、先行医薬品が本件特許の範囲外であれば、あれこれ考えるまでもなく 「実施できない」 に決まっている、というものだから、その意味では確かにおっしゃる通りで、最高裁もその考えを支持したといえるかも知れない。 しかしここで問題にしたいのは、先行医薬品の処分により今回の医薬品が実施できるようになっていたか否かの判断が、特許請求の範囲の広い・狭いで左右されてもいいのかということだ。

 上に引用した塚原コートや中野コートの判示は、「出願の仕方・請求項の書き方」 というテクニカルな小技で延長の可否が左右されるということが不適切だと指摘しているものだと思うし、それにはまったく同感だ。 現在の審査基準は、特許請求の範囲を広く書いていると、2回目以降の処分に基づく延長が、改訂前の審査基準と同じくらい拒絶されやすい一方で、特許請求の範囲に先行処分医薬品が含まれないように狭い特許としておく限り、延長は必ず認められるという “二面性” のある基準になっている。 そうである以上、出願人としては、似たような発明を複数の別特許にしておくことを迫られてしまう。

 発明特定事項が違えば39条 (ダブルパテント) で拒絶される可能性は低いから、分割出願を行って似たような特許を複数成立させることはたやすい (この点で、上記の専門家の論文は若干誤解があると思う)。 コピーのような特許を複数成立させておき、パブリックコメントの Q23 で質問されていた通り、訂正審判で先行処分医薬品を除外するように補正するというテクニカルな小技を使うことで確実に延長を受けることができるわけで、現在の審査基準のままだと、複数の裁判官たちが不適切だと指摘していた事態、すなわち 「狭い特許を作っておいたやつだけが得をする」 という不適切な事態は現実のものとなるだろう。
 仮にそういうことが起こっても、それは出願人のせいではなく、そのような審査のやり方を作った側に責任がある。 そのような小技を使わなくても、延長は受けられるのが本来あるべき姿だからだ。

 まあ現在の審査基準が大合議判決で否定された以上、この審査基準で拒絶される人はもう出ないのかも知れないが。。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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