2014年07月30日

「複数回の延長を認めると “極めて長期間にわたって” 特許権が延長されうる」 という誤解、そして・・・、ブラフ? (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題10)


 前々回の投稿のときに、「粉末薬剤多回投与器」事件(平成24年(行ケ)10399) の判決文を読んでいると、被告である特許庁が、気になる主張をしていた。

 [平成24年(行ケ)10399] 被告(特許庁)の主張 (強調は私が入れた)
・・・,裁判例1ないし3の解釈は,特許法の文言どおりの解釈とはいえないし,処分により禁止が解除された行為が特許発明の実施に該当しさえすれば延長登録が認められることになりかねず,・・・,複数の延長登録が細切れにされ,極めて長期間にわたって特許権が延長され得る可能性があることなどからすると,結論においても不当である。

 裁判例1〜3とは以下の3つの裁判で、裁判例1は最高裁判決 「平成21年(行ヒ)326」 の原審となった判決。 3件とも、たとえ今回薬事法の処分を受けた医薬品と似たような先行医薬品の処分が存在していても、今回の処分に基づいて延長を認めた判決だ。 ここでは、これらを 「新判決」 と呼ぶ。 上に引用した特許庁の主張は、これらの新判決を批判したものだ。

 裁判例1: 平成20年(行ケ)10460 (平成21年5月29日)(飯村敏明裁判長)
 裁判例2: 平成22年(行ケ)10177 (平成23年3月28日)(飯村敏明裁判長)
 裁判例3: 平成21年(行ケ)10062 (平成22年12月22日)(塩月秀平裁判長)

 特許庁は、新判決に関して 「裁判例1ないし3の解釈は,特許法の文言どおりの解釈とはいえないし」 などと言っているが、特許庁が作成した改訂審査基準における法解釈こそ、いかに何の根拠もないかについては以前投稿した通りだ(ここを参照)。 実際のところ、新判決 (裁判例1〜3) の解釈こそが、これまでのうちでは、特許法を最も文言通りに解釈したものだと私は思う。 自分たちが作った改訂審査基準における法解釈の根拠のなさを棚に上げて裁判例1〜3の法解釈を批判されても、共感するのは難しい。。  そういえば、改訂審査基準を作っているときにも、製薬協が出してきた改訂案に対して特許庁の出席者は、「条文解釈上はどのようにお考えなのでしょうか」 とツッコミを入れていた(以前の投稿を参照)。 他人の法解釈に関して、特許庁は何故そこまで強気になれるのか不思議だ。

 しかし、それよりも違和感があるのは、それに続いて特許庁が主張していること、すなわち、複数の延長登録を認めると、「極めて長期間にわたって特許権が延長され得る」 という主張だ。 複数の延長が認められたからといって、「極めて長期間にわたって特許権が延長される」 などということは起こるわけがない。 だって、「延長が認められる」 というのは、「先行処分によっては実施できるようになっていなかった」 から延長が認められるのであり、延長される部分には、先行処分により延長されている特許権が及んでいないことが多いだろうし、仮に先行処分で延長されている特許権の範囲と重複するところが再度延長される場合があったとしても、その部分の延長期間は、新しい処分による延長期間 (すなわち現実にその医薬品が実施できなかった期間) に置き換わるだけであって、延長期間が付け足されるわけではない (下図を参照)。 (図はある医薬品について、剤形を変更して3回の延長を受けた場合を示す。 特許権そのものではなく “効力範囲” の時間変化を表しているので注意。 図の見方については第6回ワーキンググループ資料2などを参照のこと)


極めて長期04250.png


 よって、たとえ複数回の延長が認められても、延長される期間は、一回分の延長期間を超えることはないし、もちろん、5年を超えることもない。 だから、「極めて長期間にわたって特許権が延長され得る」 などということはありえないのだ。

 過去には知財高裁 (平成17年(行ケ)10012;2005年5月30日) が、「延長される期間が不当に長くなるおそれが大きくなる」 と判示したことはあったが、「極めて長期間にわたって」 とは言わなかった。 この 「極めて長期間にわたって」 という表現は、新判決 (上記の裁判例1) が出たあとの2010年に、その判決について論じたある論文にルーツがあるようだ。

  Law & Technology, No.46(1), pp.45-58, 2010 より (強調は私が入れた)
 しかし,このような解釈の結果,一つの特許権の存続期間は限定的な効力しか有さないものであるにせよ極めて長期間にわたって存続しうる可能性が否めないのであって,これでは出願から20年をもって一律に技術を公衆に公開するという特許制度の建前と著しく乖離することが懸念される。
 ・・・もっとも顕著な課題としては,特許権の効力の問題よりも,事実上,何回でも存続期間延長がなされうる結果,医薬品関連特許に限り,特許法の原則に反して極めて長期間にわたり存続しうる可能性が生じることが指摘できよう。

 私は、この論文の上の記載は単なる誤解だと思うけれど、この論文の記載は、「新判決」 の欠点について論じたい場合の格好の引用材料となってしまったらしく、そのあとで発行された論文においても、例えば、 「特許権が極めて長期間存続しうるのはやはり問題であろう」 (Law & Technology, No.52(7), pp.42-50, 2011) だとか、 「極めて長期間に亘って特許権が存続しうることになり、・・・」 (知財ぷりずむ Vol.9, No.107, pp.107-114, 2011) という感じで、深く検証されることもなく同趣旨の指摘が複数の専門家から繰り返され、ついには、上に引用したように、裁判の場で特許庁までもが、この主張を利用することとなってしまったようだ。

 個人が誤解して書くということは、まあ、よくあることではあるし、私だって誤解して書いていることはままあるかも知れない。 しかし、日本の産業財産権政策の中核を担う特許庁が裁判の場で主張するとなれば、個人が論文に書くのとは訳が違う。 しかも、上記の裁判において被告である特許庁長官の指定代理人となっているのは、審判において数々の延長登録出願を審理してきた審判官たちだし、その中には、今回の審査基準の改訂時に、審査基準室長として改訂作業を指揮した人物だって含まれているのだから、新判決の解釈における延長の図式は十分に理解していたはずだ。 それにもかかわらず、特許庁が、このような主張を行ったのはなぜか? 特許庁は、「極めて長期間にわたって特許権が延長され得る」 という主張が適切ではないことを知った上で、この問題に詳しくないかも知れない裁判官が仕切る裁判の場で、確信的にこの主張を行った可能性が疑われてしまうのだ。。


 特許庁は民間企業ではないし、この裁判で勝たなければ倒産の危機に晒されている弱小企業でもない。 だから、誠実さに欠ける手を使って裁判に勝つというやり方が正当化される事情はないはずだ。
 複数回の延長を認めると 「極めて長期間にわたって特許権が延長され得る」 などとミスリーディングな主張をしたりせずに、真実だと思うことを誠実・丁寧に説明することに徹する。 それでいいんじゃないの?


* * *(2015/3/19)
注)この投稿を書いていた当時とは違い、今では、剤型変更や一変承認医薬品の延長期間は、それらの医薬品の最初の承認に基づいて延長するのが適切だと考えています(すなわち、最初の承認に基づいて特許を延長し、その延長された特許権の効力が改変医薬品にも及ぶと考えることと同じ)。その代わり、最初の承認が特許登録前であっても延長できる制度にすることが必要。詳しくは2015年2月〜3月に投稿を参照。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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