2014年08月27日

延長された特許権は “品目” (承認医薬品) にしか及ばないと自ら主張した武田薬品 (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題12)



 特許権の延長登録制度を考える場合、「延長された特許権の効力」 がどこまで及ぶのかは重要な関心ごとの1つだが、これは特許法68条の2により規定されている。

 特許法68条の2
特許権の存続期間が延長された場合(・・・)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。

 「第67条第2項の政令で定める処分」 というのは、医薬品でいえば 「薬事法の承認」 のことだ。 「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物」 というのは、例えば薬事法においては、ある医薬品が承認される場合でも、その医薬品を、どういう疾患に対して、どういう方法で使うのかということが特定して許可されるわけなので、そういう用途に使用される場合限って特許権の効力が及ぶことを規定するものだ。 そして 「当該特許発明の実施」 というのは、その承認された物を承認された用途に使うことが、その特許の範囲内に含まれていなければならないことを規定している (特許範囲にないのなら、特許権の効力を及ぼすのはおかしいから当たり前だ)。 つまり日本の延長制度は、特許の範囲内で、薬事法の承認の対象になった物を、承認で定められた用途に使うことにしか及ばないと規定されている。

 先の最高裁判決 (平成21年(行ヒ)326;平成23年4月28日) で否定されるまで、特許庁は、「承認の対象になった物」 とは 「承認の対象になった有効成分」 であり、「承認で定められた用途」 とは 「承認で定められた効能・効果」 であると解釈し、延長された特許権の効力は、延長の元となった承認医薬品と 「有効成分および効能・効果」 が同じである他の医薬品に及ぶと解釈してきた。 これについて、特許庁は裁判の場で次のように主張している。

 (平成10(行ケ)361平成10(行ケ)364; 平成12年02月10日)(強調は私が入れた)
 [ 特許庁の主張 ]
 存続期間延長登録の制度導入に際し、存続期間の延長された特許権の効力の及ぶ範囲をどこまでとすべきかについて、様々な議論があった。厚生省は、医薬品の製造、輸入に関しては、薬事法に基づき、有効性、安全性の確保の観点から審査し、その承認に際しては、当該医薬品の有効成分、効能・効果に加え、剤型、用法、用量、製造法等を特定した品目単位で行っており、このようにして行われる承認に基づき期間延長された特許権の効力についても当該医薬品が承認を受けたそのものに限って認めれば足りるとも考えられた。つまり、厚生省に承認されたとおりの品目単位の狭い範囲で実施不可であったか否かを審査し、期間延長の要件を満たしておれば、延長を認め、延長を認められた期間内は、その効力を厚生省の承認単位で認める、という存続期間延長制度の導入である。この考えは、一見明快であるが、例えばある医薬品に関し、1回につき1錠(10mg)という「用量」を投与するという品目に承認があり、これに基づいて効力が延長された場合、1回につき1錠(15mg)の「用量」を投与するという他者の製品に対しては権利の主張ができない、「粉剤」の承認に対し、「錠剤」には権利の主張ができない、製造方法が異なれば権利の主張ができない、等々、上記の考え方の期間延長ではほとんど実効が上がらないことが懸念され、結局この案は採用されなかった。特許権の効力を厚生省の承認単位の狭い範囲でとらえるのは、特許制度になじまないのである
(* 注):「様々な議論があった」とか、「結局この案は採用されなかった」というのは、当時の特許庁、および法改正に関わった当時の特許庁職員である新原浩朗氏編著の著作(改正特許法解説, 有斐閣, 1987)における見解であって、後の裁判 (平成20年(行ケ)10458〜10460) (飯村敏明裁判長)では、少なくとも立法府にそのような見解があったことは否定されている。

 (平成18(行ケ)10311; 平成19年07月19日) (強調は私が入れた)
 [ 特許庁の主張 ]
製薬団体は,特許権の存続期間延長制度を設ける特許法改正がされる以前から,医薬品の製造承認と特許権のカバレッジ(規制の対象,範囲)が相違すること,すなわち製造承認が特許のクレーム範囲と異なり「化合物」(有効成分)と「用途」(効能・効果)以外の要素に基づき行われていることを承知のうえ,特許権の期間回復(延長)では「化合物」(物)と「用途」に画される範囲の保護を求めるという「独自の判断」を加え,侵害訴訟においては,特許権者の権利主張の「実効性」を確保するために,処分の対象となった品目単位の医薬品ではなく,承認された化合物と用途に照らした裁判所の判断を希求していたのであり,また,特許権の存続期間延長制度が設けられた後には,「物」=「有効成分」,「用途」=「効能・効果」を前提とした同制度の普及啓蒙を自主的に進めてきた・・・

 このように、特許庁としては、特許権者の権利主張の実効性を確保するために、そして製薬業界の希求に応えて!、延長された特許権の効力の及ぶ範囲を広く解釈する立場をとってきたと主張している。

 そして実際、先発医薬品メーカーなどの製薬業界は、全体としては、延長後の特許権の効力が及ぶ範囲を広く維持したいと思ってきた。 それは以前投稿(こちらを参照)したように、延長制度検討ワーキンググループの第3回および第4回(平成21年2月および3月開催)において、延長制度の変更が話し合われた際に、日本製薬工業協会 (製薬協) の委員が、延長後の特許権の効力が及ぶ範囲を広く維持することを強く主張したことからも分かる。

 先発医薬品メーカーとしては、競業他社をけん制するために、延長後の特許権の効力が及ぶ範囲をなるべく広くしたいのは当然のようにも思われる。 ところが、その当時すでに、先発医薬品メーカー国内最大手である武田薬品は、延長された特許権は “品目”、すなわち承認された医薬品そのものにしか及ばないと、裁判において自ら主張しているのだ。

 多少古い判決だが、それが以下の部分。

 (平成18(行ケ)10311; 平成19年07月19日) 原告(武田薬品)の主張 (強調は私が入れた)
本件のように薬事法上の医薬品について受けた処分に基づく特許権の存続期間の延長登録が問題となっている場合には,「薬事法が定める処分(製造承認)の対象となった物」を,「当該処分において定められている特定の用途」について実施する場合に,その範囲内で延長後の特許権の効力が生じることになるのであり,「処分の対象となった物」とは,薬事法上の製造承認の対象となった物,すなわち,薬事法上の医薬品を指すことは明白であって,・・・・
本件処分の対象となった物は,酢酸リュープロレリンという有効成分ではなく,「リュ−プリンSR注射用キット11.25」という医薬品である
審決は,別の品目であっても,有効成分と効能・効果が同じ医薬品について延長後の効力が及ぶようにしたものである旨述べている(4頁12行〜15行)。しかし,そのような考え方に沿って侵害の成否を判断した判例・学説は示されていない。
・・・延長後の特許権の効力の及ぶ範囲をそれぞれの処分の対象となった品目そのものとしても,利用関係にない場合はそれぞれ独自の特許権としてその特許発明の実施態様である薬事法の医薬品の実施の範囲に効力が及び,利用関係にある場合には利用関係の問題として処理することができ,それは通常の特許権の場合と変わるところがないので,何ら実効性に欠けることにはならない

 このように、効力範囲を定める 68条の2 の「処分の対象となった物」 について武田薬品は、「薬事法上の製造承認の対象となった物」 だと主張し、それは 「リュ−プリンSR注射用キット11.25」 だと、品目の「名称」で特定、しかも、「延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を ・・・ 処分の対象となった品目そのものとしても ・・・ 何ら実効性に欠けることにはならない」 とまで主張した。 これは、つい最近、大合議判決(平成25年(行ケ)10195〜10198)で裁判所が示唆することになる効力範囲 (“名称” 違いや “分量” 違いの医薬品には効力が及ぶことをかなり明確に説示した) よりも有意に狭いのだ。 (但し、均等により相当広いところまで含まれうる可能性については武田薬品も示唆はしている。)

 武田薬品のこの主張は、トーンが若干弱まった感はあるものの、先の最高裁判決の原審となった裁判(平成20(行ケ)10458〜10460)でも維持されている。

 (平成20(行ケ)10458平成20(行ケ)10460; 平成21年05月29日 原告(武田薬品)の主張)
特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象となった物」が,品目によって特定された薬事法上の「医薬品」を指すことは明らかであって,・・・
・・・,存続期間が延長された特許権の効力は,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲であって,かつ特許発明の範囲と重複する部分のみに及ぶとすることが,制度の趣旨に整合する。また,特許法68条の2は,「政令で定める処分の対象となつた物」をその処分において定められる「特定の用途」について実施する場合に,当該実施の範囲で,延長された存続期間中,特許権の効力が及ぶことを規定する。
 そうすると,本件のように,薬事法上の「医薬品」について受けた処分に基づく特許権の存続期間の延長登録における,「政令で定める処分の対象となった物」とは,薬事法に基づく承認の対象となった物,すなわち,薬事法上の「医薬品」を意味すると理解するのが自然である

 このように武田薬品は、先発メーカーであるにもかかわらず、延長された特許権の効力は承認の対象となった医薬品だいう主張を繰り返しているのだ。

 なお、この2つの裁判において武田薬品側の訴訟代理人弁理士として参加した弁理士の一人は、上述の延長制度検討ワーキンググループの第3回および第4回会議において、製薬協の代表として参加していたのと同じ人だ。 つまり、訴訟においては、延長された特許権の効力の範囲は承認の対象となった医薬品に限られると主張しているのに、ワーキンググループにおいては、延長された特許権の効力の範囲は、改訂前審査基準と同じくらい広く維持することを主張していたわけだ。
 ただし、ワーキンググループにおいては、武田薬品の訴訟代理人にもなっていることを明らかにし、「これからお話しする内容は、製薬協から委嘱された者として製薬協の知財委員会の考え方をお示しするものであり、訴訟代理人としてのものではないということを、まずはお断りしたいと思います。」 と断った上で、延長後の特許権の効力範囲を広く維持するよう主張されていたので、別に問題があるわけではない。 しかし、ワーキンググループにおける主張は、裁判での武田薬品側の主張とは真っ向から対立するものだから、どちからの主張には無理があると思っていたに違いない。 一体どう思っていたのだろうか。。

 それはともかく、製薬協では 「延長された特許権の効力範囲」 は広い方がいいと思う企業が多いとみられる中、武田薬品は 「延長された特許権の効力範囲」 は承認医薬品に限られるという、非常に踏み込んだ主張を行った。 武田薬品のこれらの2つの裁判は、「先行処分により実施できるようになっていたのかどうか」 (67条の3第1項第1号) を争った裁判であり、「延長された特許権の効力範囲」 (68条の2) とは直接の関係はないので、武田薬品としても、効力範囲が狭いことについて、そこまで踏み込んだ主張を行う必要はなかったように思われるにもかかわらずだ。 延長登録の裁判は、それまでずっと負け続けだったから、「言えることは全て言う」 という方針で効力範囲についても言及したら、言い過ぎてしまったということなのかも知れないし、後発医薬品をけん制するための効力範囲が狭まっても、自社医薬品の延長の機会を確保する方が得策だという判断があるのかも知れない。

 武田薬品のこの主張は、平成18(行ケ)10311 (中野哲弘裁判長) の裁判では裁判所に否定されたものの、平成20(行ケ)10458〜10460 (飯村敏明裁判長) では功を奏し、大合議判決 (平成25(行ケ)10195〜10198) (飯村敏明裁判長) においてもその判断の大筋は引き継がれた。 すなわち、延長制度導入後、20年以上にわたって続いてきた特許法68条の2の解釈は、ついに劇的な変化を迎えようとしている。 これまで、延長された特許権の効力は 「有効成分および効能・効果」 を同じくする他の医薬品にまで及ぶと思われてきたのに、実は 「承認医薬品」 や、それと “分量” が違う程度の医薬品にしか及ばないことになりそうなのだ。


 確かに、特許法68条の2の 「処分の対象となった物」 は何を意味しているのかについて、何の先入観も前提もなく、条文の文言のみから判断しようとすると、それは 「処分の対象となった医薬品」 のことだと思えてしまう。 しかし、「処分の対象となった医薬品」 にしか及ばない特許権なんて、明らかに狭すぎる。 上記の裁判で特許庁も主張していた通り、例えばある医薬品に関し、1回につき1錠(10mg)で投与するという 「用量」 で承認された場合、1回につき1錠(15mg)の用量を投与するという後発医薬品に対しては権利の主張ができない、または、「粉剤」の剤型で承認された場合、「錠剤」には権利の主張ができない、製造方法が異なれば権利の主張ができない、等々、先発医薬品と性状を少し変更した医薬品には特許権の効力が及ばないことになるから、ほとんど実効性がなくなる懸念が強いのだ。

 「延長された特許権の効力の範囲」 が、そんなに狭い範囲とすることを意図してこの条文が作られたなどと、本当に信じられるか?  これに関して武田薬品は、以下に引用するように、たとえ条文上は狭くても、“均等” の考え方を使って解釈を広げられることを示唆している。

 平成18(行ケ)10311 原告(武田薬品)の主張 (強調は私が入れた)
処分の対象である医薬品の実体と明細書に記載される特許発明の実体とが認定されて初めて,延長された特許権の効力の及ぶ範囲が有効成分にまで広がるか否か,均等論の適用をも含め個別に判断されることとなる

 そして平成20(行ケ)10458平成20(行ケ)10460 や大合議判決(平成25(行ケ)10195平成25(行ケ)10198) においては、裁判所自身が次のように説示している。

 平成20(行ケ)10458平成20(行ケ)10460 裁判所の判示 (強調は私が入れた)
もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる。
 平成25(行ケ)10195平成25(行ケ)10198 裁判所の判示 (強調は私が入れた)
もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえる。

 しかし、仮に “均等” が適用できるとしても、初めから “均等” を使うことを前提として条文が作られるわけがない。

 つまり、特許法68条の2の 「処分の対象となった物」 とは 「処分の対象となった医薬品」 だという解釈は、少なくとも、立法時に意図されていた解釈とは思えないのだ。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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