2014年09月24日

大合議判決の疑問点 [平成25年(行ケ)10195〜10198] (特許権 存続期間 延長登録 の審査運用問題14)


 特許庁の現在の審査基準を否定し、ジェネンテックの本件処分医薬品は、先行処分により実施できたとはいえないと判示した大合議判決 (平成25年(行ケ)10195平成25年(行ケ)10198)。

 審決を取り消したという、その結論に関しては同意できるが、前回も投稿した通り、延長された特許権の効力の範囲 (特許法68条の2) に関して大合議が示した解釈は、おそらくは、立法当時の意図に沿ったものとは言えないと思われるし、実効性の点でも狭すぎて問題がある。
 ただし、条文を解釈する場合、条文の文言を多少離れてまで立法当時の意図や実効性を尊重するべきなのか、それとも、条文の文言を尊重するべきなのかは、一概にどちらが正しいとは言えないことかも知れない。

 しかし、仮に特許法67条の3第1項1号や68条の2を、条文の文言を尊重して解釈する立場から大合議判決を検討してみても、大合議判決の説示には疑問に思うことがある。


1.「医薬品としての客観的な同一性」 だけが実施できるか否かを決めるといえるのか?

 薬事法における医薬品の承認は、品目ごとに受けなければならないことになっており、承認にあたっては、医薬品の 「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」 が審査される (薬事法14条2項3号)。 すなわち、承認を受けた医薬品と比較して、これらのうち何かが違うものを勝手に実施することはできない。

 ところが大合議判決は、先行処分により実施できるようになっていたか否かを判断する際に、「医薬品としての客観的な同一性」、「医薬品としての実質的な同一性」 なる用語を持ち出して、薬事法が定める上記の要素のいくつかを除外しようとしている。

 (大合議判決より) (強調は私が入れた)
「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とは解されない。

「副作用その他の品質」,「有効性及び安全性に関する事項」は,通常,医薬品としての実質的な同一性に直接関わる事項とはいえないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とするまでの必要はないと解される。

「成分(有効成分に限らない。)」は,医薬品の構成を客観的に特定する事項であって,上記審査事項における重要な要素であるから,延長された特許権の効力を制限する要素となる。

「分量」は,錠剤やパックなどの単位医薬品中に含まれる成分等の量を指すため,医薬品の構成を客観的に特定する要素となり得る

 これは、飯村敏明裁判長の関わった最初の判決 (平成20(行ケ)10458平成20(行ケ)10460; 平成21年5月) からそうなっている。
 「客観的同一性」 の定義は明らかではないが、物質としての医薬品や、分量、対象疾患や用法・用量などが同一であることをいうのだろう。 しかし、薬事法が審査項目として記載しているものを、なぜわざわざ 「客観的同一性」 なる概念を持ち出して、改めて取捨選択しなおす必要があるのか疑問だ。

 例えば 「名称」 だけが違う医薬品は、承認申請を行わなくても届出だけで済むこともあるかも知れないが、それなら現実として実施できなかった期間はないのだから、わざわざ 「客観的同一性」 なる判断基準で判断しなおす必要はない。 また、「名称」 だけが違う医薬品が、万一、2年、3年と承認が下りないことがあれば、客観的な同一性があろうとなかろうと、承認を受けるために実施できなかったのは事実なのだから、延長はされるべきだ。

 「副作用その他の品質」、「有効性及び安全性に関する事項」 にしても同じで、ある医薬品が既に承認されているとき、物質としての医薬品や分量、対象疾患や用法・用量などが同一の医薬品であれば、確かに 「副作用その他の品質」、「有効性及び安全性に関する事項」 も同一となるだろう。 しかし、もしそうであれば、薬事法の承認審査においても、先行処分医薬品の審査結果をもとに直ちに判断されるのだろうから、これらの判断要素をわざわざ除外するまでもない。 また、物質としての医薬品や分量、対象疾患や用法・用量などが同一の医薬品であっても、「副作用その他の品質」 や 「有効性及び安全性に関する事項」 に関して万一、2年、3年と承認審査が続くことがあれば、客観的な同一性があろうとなかろうと、承認を受けるために実施できなかったのは事実なのだから、延長はされるべきだ。
 それに、上の引用に下線で示したように、「通常」 なる言葉が使われているのだが、「通常」 そうなら、「通常」 じゃない場合は無視してよいのか?

 いずれにしろ 「客観的な同一性」 なる概念で判断しなおすことは余計な手間を増やすだけで、薬事法上の審査実態と違いが生じないなら不都合は生じないが、薬事法上の審査実態と違いが生じると不都合が生じることになる。

 物質として同一であろうがなかろうが、薬事法の承認が下りない限り実施はできない。 ならば、実施できるか否かの判断は薬事法の承認審査の判断をそのまま受け入れるのが正しいのであって、不一致が生じるかも知れないような判断基準をわざわざ導入するのは不適切であり、禍根を残すだけだ。

 つまり、ある特許の特許発明に該当する医薬品を売り出そうとした際に、「この医薬品は、薬事法の承認を受けろ」 と審査当局に言われて承認を受けたのなら、それは 「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であった」 (67条の3第1項1号) のだから、それ以上のことを要求するのは条文に反するということだ。


2.「分量」が違うものに効力が及ぶという妥協的解釈

 前回の投稿でも述べた通り、大合議判決は、傍論としてではあるが、特許権が延長された場合に延長された特許権の及ぶ効力の範囲 (特許法68条の2) に関して言及している。 そして、医薬品の 「分量」 に関して、次のように言っている。

「分量」は,錠剤やパックなどの単位医薬品中に含まれる成分等の量を指すため,医薬品の構成を客観的に特定する要素となり得るものの,競業他社が,本来の特許期間経過後に,特許権者が臨床試験等を経て承認を得た医薬品と実質的に同一の用法・用量となるようにし,分量のみ特許権者が承認を得たものとは異なる医薬品の製造販売等をすることを許容することは,延長登録制度を設けた趣旨に反することになるから,分量については,延長された特許権の効力を制限する要素となると解することはできない。

 しかし、これはまさに、「制度の趣旨」 なるファイナル・ワードを持ち出して、明確な根拠も示さずに勝手に決まりを作ることであり、“規定の文言から離れるものであって,これを採用することはできない”(大合議判決より) と裁判所が特許庁に言ったことと同じことを、裁判所も自分でやっていることになる。 そんなやり方が許されるのなら、「分量」 だけじゃなく、「用量」 だろうが、「成分」 だろうが、少し変えた医薬品の実施を許容することは制度の趣旨に反することになるのだから、それらが違う医薬品にも効力が及ばなければおかしいということになる。 「分量」 が違うものを効力範囲に含める明確な根拠もなければ、それで十分だという根拠もない。

 「実施できた範囲」 (67条の3第1項1号) については、大合議は、上記の「1.」で言った通り不十分ながらも、条文をなるべく文字通り解釈し、非常に狭い範囲にすぎないことを、比較的に明確に判示した。 しかし 「効力範囲」 (68条の2) を同じ調子で判断すると、承認医薬品そのものにしか効力が及ばなくなる。 つまり競業他社の医薬品 (例えば分量を変えただけのもの) には効力が及ばなくなってしまい、制度の意味がほとんどなくなるのは事実だ。 だから、「効力範囲」 (68条の2) については、大合議判決でさえ 「制度の趣旨」 なる言い訳を使って、条文を離れて特許法を解釈せざるを得なかった。
 最低限、「分量」 が違う医薬品に、延長された特許権の効力が及べばいいだろうというのが今回の大合議判決であり、「有効成分と用法・用量」 が同じ医薬品を広くカバーしようというのが過去の特許庁 (改訂前の審査基準)、そして製剤技術 (DDS) にも対応した考え方 (詳細は以前の投稿を参照) に修正しつつ、広い効力範囲をなるべく維持しようとしているのが今の特許庁 (現在の審査基準) だ。 このように、効力範囲を規定する68条の2の条文は1つなのに、裁判所と特許庁は、まるで違う範囲を効力範囲に決めている。 

 条文の文章を、何も考えずに読めば、前々回の投稿で紹介した武田薬品の主張の通り、「効力範囲」 (68条の2) は承認医薬品そのものだということになってしまうだろう。 しかし 「効力範囲」 を承認医薬品そのものだと解釈すると、68条の2 というのは、競業他社の医薬品を抑えられない非合理な規定だということになってしまう。

 立法当時の考え方を尊重するのであれば、前回の投稿で見たとおり、特許庁が主張する現在の広い解釈にはそれなりに妥当性がある。 しかし68条の2の条文からそれを導くことができるのかは疑問があるし、なによりも、その広い範囲は、1つの薬事法の処分により製造・販売ができるものに比べて遥かに広いのに、以後その範囲で医薬品の承認を受けても 「それは既に実施できるようになっていた」 とみなして延長できないことにするというのが現在の審査基準の考え方であり、それは、処分が必要であったのなら延長を認める旨を規定している 67条の3第1項1号 の条文の言葉を無視するものだ。

 では大合議判決に従って、承認医薬品と “分量” が違うものを含めた範囲でよしとするか? 武田薬品でさえ、効力範囲は “承認医薬品” に過ぎないと言っているのだから、新薬メーカーがそれでいいのなら別に構わないが。。  しかし、“分量” 以外の要素が異なる後発医薬品、例えば、有効成分以外の成分が異なる後発医薬品は出てくるわけで、延長された特許権の効力範囲に、そういう医薬品は含まれないということでいいのか? そうなったときに新薬メーカーは、“均等だ! 均等だ!” と言うんだろうね、きっと。 そしてまた、どこまでが均等なのかについて、“制度の趣旨” なる言い訳をしながら判断基準が作られることになるのだろうか。。。

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 特許権の期間延長制度とは、医薬品なり農薬なりの実施が規制されていて、承認を受けなければ製造・販売ができないから、「その承認を待つ間に過ぎてしまった時間を回復してくれ」 ということであるはず。 だったら、素直にそういう制度を作ればいいんじゃないか? どうして、延長された特許権の効力範囲を、“制度の趣旨” を考慮してわざわざ調整したり、承認を受けなければ実施できないに決まっているものを、別の基準を適用して判断し直したりしなくてはいけないのだ?


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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