これまで書いてきた通り、医薬品を製造販売するためには厚労省の承認を受けなければならない以上、すべての医薬品は、承認を受けなければ実施できず、先行承認により実施できるようになっていた医薬品などない。 そして承認を受けるためには一定の時間が必要である以上、すべての承認で特許期間の侵食は起きる。 「その侵食を回復させる」 ということだけを考える限りは、原理的にはすべての承認で特許期間は延長されてよいということになる。。 原理的には・・・。
さて、ゲフィチニブを有効成分とする肺がん治療薬 (販売名 「イレッサ錠250」、製造販売:アストラゼネカ) は、効能・効果を 「手術不能又は再発非小細胞肺癌」 として2002年7月に最初に承認された。 その後2011年11月にアストラゼネカ社は、効能・効果を 「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」 に縮小して一部変更承認を得た。 そしてアストラゼネカ社は、この一部変更承認に基づいて5年間の特許期間の延長を図ったが、特許庁に拒絶され (不服2013-10794、および不服2013-10795; 2013年7月30日)、審決取消訴訟を起こすも、昨年秋に知財高裁に棄却された (平成25年(行ケ)10326、および平成25年(行ケ)10327; 2014年9月25日判決言渡)。
どんな承認でも特許期間の侵食は起きると考える私も・・・、このケースは直感からして延長は認められないです。。 おそらくこのケースで延長されるべきだという人はほとんどいないだろう (アストラゼネカは知らないが・・・)。
まあ私は、初回承認で延長されている特許権は、原理的には一部変更承認の医薬品には及ばず、一部変更承認の医薬品に関する特許権は、一部変更承認の時に初回承認も加味して延長された特許権だけが及ぶという考え方だから、一部変更承認の医薬品に関しても、延長は全く認めないというのではなく、総合的に考えて初回承認の延長期間と同じくらいは延長されてもいいかどうか・・・、という感じだが、少なくとも一部変更承認の期間 (5年) が延長期間になることはありえない。
でもその理由は、特許庁の審決や裁判所の判決で説明されている理由とは多分ちがう。 ひょとしたら、根は同じなのかも知れないけれど、少なくとも特許庁の審決や裁判所の判決で説明されている表面的な理由はおかしい。 それを明らかにするために、仮想事例を示してみる。
特許庁や裁判所が一部変更承認に基づく延長を認めなかった理由は、要するに、一部変更承認の 「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」 は、初回承認の 「手術不能又は再発非小細胞肺癌」 に包含されるから、初回承認医薬品を、「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」 に使用することはできたので、一部変更承認は、特許法67条の3第1項第1号 が規定している拒絶要件である 「その特許発明の実施に・・・処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」 に該当し、延長は認められないとするものだ。
それでは、このイレッサの案件を少しだけ変えた以下の仮想事例は、どう感じるだろうか?
仮想事例
ライバル関係にあるAとBは同時に 「化合物a」 を発見し、Aは 「化合物a」 について特許出願し、Bは 「化合物aを有効成分とする非小細胞肺癌に対する治療薬」 について特許出願して、両者とも特許を取得したとする。 その後、AとBはクロスライセンス契約を結んだが、医薬品の開発については別々に行うことになった。
Aは、化合物a を含む医薬品に関し、手術不能または再発性の非小細胞肺癌 (NSCLC) を患う患者に対して臨床試験をすばやく実施し、奏効率はかなり低いながらも、一応効果があることを確認した。
そしてAはいち早く、化合物a を有効成分とし、「手術不能または再発性のNSCLC」 を対象とする医薬品について承認申請を行い、臨床試験開始から2年後にその医薬品は承認され販売が開始された。 Aはその承認に基づいて自分の特許の存続期間を2年間延長した。
しかしBはまだ何もしていなかった。 なぜなら予備的に行った臨床試験において、上記のAと同じように奏効率がかなり低かったため、その原因を先に究明した方がよいと判断したからだ。 そして数年にも及ぶ研究や実験の末、実は化合物a はすべての NSCLC 患者に同じように効くわけではなく、NSCLC 患者の中でも、EGFR という遺伝子に変異を有している患者に特異的に効くという驚くべき事実を突き止めた。 そこでBは、EGFR 遺伝子変異陽性の NSCLC 患者を対象に新たに臨床試験を行って有効性や安全性を確かめた上で、「EGFR 遺伝子変異陽性の手術不能または再発性の NSCLC」 を対象とする医薬品について承認申請を行い、Bが行った臨床試験の開始から4年後にその医薬品は承認された。 既に販売が開始されていたAの医薬品についても、同時期に適用対象を EGFR 遺伝子変異陽性に限定する一部変更承認をAは申請し、承認された。
Bの医薬品が承認されたとき、Aの医薬品が承認されてから実に9年もの時間が経過していた。 さて、このようにしてやっと医薬品の販売を開始できたBは、自分たちの医薬品の承認に基づいて、特許期間を3年間延長すべく延長登録出願を行った。 ところが、特許庁も裁判所も、「その特許発明は、Aが受けた9年前の承認により既に実施できるようになっていた」 から延長は認められないというのだ。
「我々がやっと見つけ出した驚くべき知見に基づいて承認を受けた医薬品が、9年前のAの承認により既に実施できただって?」
そんなおかしな話があってよいのかとBは思うのだった。
ちょっとありそうもない事例ではあります (笑)。 でも理論的に起こりえないわけじゃないし、この場合にBの延長が認められないのは可哀そうだ。 上記の事例は、最初の承認が 「手術不能または再発性のNSCLC」 で、2回目の承認が 「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発性のNSCLC」 である点は現実のイレッサの承認と同じだから、特許庁や裁判所 (平成25年(行ケ)10326〜10327 判決) の判断基準に従う限り、Bの延長は認められないということになる。 まあ、AとBはクロスライセンスを結んでいるのだから、BはAとうまく連携すれば、A (Bにとっての実施権者) が行った臨床試験を根拠にAと同じ期間 (2年) は延長できるかも知れないけれど、お互いにライバルだから、それはできなかったんだということにしてね。 それに2年じゃ足りない。 Bの臨床試験は4年かかったのだから。
上の事例が示しているように、たとえイレッサのような例であっても、2回目の承認を受けた者が1回目の承認を受けて医薬品を販売していた者とは違う者であれば、延長は認めてもよいのだ。 つまり延長の可否を判断するにあたっては、先行医薬品で利益を受けていた者と、本件承認を受けた者が 「同じ者なのか違う者なのか」 ということが決定的に重要だ。 先行医薬品で利益を受けていた者と、本件承認を受けた者が利害関係がない者なのなら、もう何も考えるまでもなく延長は認めていい。 その場合は、「先行承認の範囲内であるか否か」 なんてはっきり言って関係ないの。 それについては、古澤康治氏が 「知的財産法政策学研究 Vol.27 221-264, 2010」 の 261-263 ページで平成20年(行ケ)10460 判決の判示について考察していて、「第三者が承認を受けた場合も特許権者及び実施権者が承認を受けた場合と同様に考えるのは不当」 (263 ページ) と述べており、それに関連して内田剛氏が 「The Invention No.10, 36-41, 2011」 の 39ページ左で最高裁判決平成21年(行ヒ)326 について考察していて、「延長登録出願人以外の者による先行処分によって、延長登録出願が拒絶される場合はあり得ない (後略)」 と述べている。 確かに最高裁判決は、「先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない」 場合は延長を認めてもよい旨を判示している。 これは言い換えれば 「延長が拒絶される可能性があるのは先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれかの請求項に係る特許発明の技術的範囲に属する場合だけ」 ということだけれど、先行医薬品が自分の特許の範囲に属するということは、その先行医薬品は自分 (または自分が実施権を与えた者) が実施していたんだろうね (そうでなければその先行医薬品は侵害品) ということになる。 そうすると、延長が拒絶される可能性があるのは、先行承認を自分やその関係者が受けた場合だけということになるから、他人の先行承認によって延長が認められないケースは基本的に起こりえなくなった。 それでも無理やり考えれば、上に示した事例のように、延長を認めてもいいのに認められないケースが絶対に想定されないわけじゃない。 それは最高裁が示した 「先行医薬品が特許発明の技術的範囲内か否か」 という基準は、「先行医薬品が他人であったのか否か」 と同じではないからだ。
以上の通り、多少強引な事例だったかも知れないけれど、特許庁や裁判所 (平成25年(行ケ)10326〜10327 判決) の判断基準は、「本来認めるべき延長を拒絶してしまう」 ことが起こりうることが分かった。 そしてその原因は、本来は 「先行承認を “誰が” 受けたのか」 を考慮しなくてはならないのに、特許庁や裁判所 (平成25年(行ケ)10326〜10327 判決) の判断基準はその観点が欠落しており、「先行承認の範囲内であるか否か」 といった観点だけで延長の可否を決めようとしているからだ。 その根本的な原因は、特許法67条の3第1項第1号に “誰が” という観点がないことにある。
それでは今度は逆に、現在の特許庁や裁判所の判断基準では 「本来拒絶すべき延長を認めてしまう」 場合が起こることを例示しよう。 そっちの方がずっとあり得る話だ。
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