2015年04月10日

特許庁バイアス: 医薬品等の特許権の存続期間の延長登録制度及びその運用の在り方に関する調査研究報告書


 3月30日、特許庁の産業財産権制度問題調査研究報告書「医薬品等の特許権の存続期間の延長登録制度及びその運用の在り方に関する調査研究」報告書が公開された。

 これは特許庁が平成26年度産業財産権制度問題調査研究の1つとして、昨年夏に、一般財団法人知的財産研究所に対して約2400万円で発注したものだ。

 報告書の中身は、国内製薬企業へのアンケートやインタビューをまとめたものが中心となっており、各製薬企業の知財担当者が、延長制度やその問題点をどのように把握して、どうあるべきだと考えているのかが窺われる。

 ところが報告書を読んで感じるのは、報告書のまとめ方が極めて “特許庁寄り” だということだ。 例えば、報告書冒頭の 「まとめ」 からして次のようになっている。

  報告書のi ページ (PDFファイルの3枚目)(下線は私が付けた;以下同様)
平成26年5月30日大合議判決により、延長された特許権の効力範囲が不明確となり、先発メーカー、後発メーカーのいずれにとっても不都合な状態となっている。

 まるで大合議判決のせいでみんなが迷惑しているとでも言いたげではないか?

 大合議判決 (平成25年(行ケ)10195〜10198) は確かにおかしいし、そのことはこの日記に何度も書いてきたが、そもそも悪いのは特許法であり、大合議判決は特許法の不備を露呈させたに過ぎない。 特許法こそが不都合の元凶であって、特許法67条の3や68条の2が立法され、特許庁の審査が開始されたはるか昔から、“特許法の条文と審査基準との間の不整合” という形で不都合は現れていた。 その不都合を認め、特許庁の審査運用が特許法に基づいていないことを初めてはっきりと判示したのが飯村敏明判事だった (平成20年(行ケ)10458〜10460;平成21年5月29日)。 本来であればこの判決が出る以前に、特許法の不備を正すことをもっと真剣に検討してよかった。 そしてこの判決や最高裁判決 (平成21年(行ヒ)324〜326) によりその必要性はもっと高まったはずだった。 それにもかかわらず、最高裁判決に無理に合わせる形で、もはや条文との整合性が見る影もなく失われた現在の審査基準を作った特許庁こそ、大合議判決をもたらしたともいえる。

 今回の報告書をさらに読み進んでいくと、もっとあからさまに特許庁を擁護するかのような文章が出てくる。 例えば xiii ページの「V. まとめ」。

  報告書の xiii ページ
 延長登録の要件のうち、「特許発明の実施に特許法第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」の要件に関して、改訂審査基準においては、特許請求の範囲に記載された特許発明(発明特定事項)をもとに、先行処分との関係についての判断を行うこととしている
 特許権の存続期間の延長制度の趣旨が「特許発明の実施をすることができなかった期間」を回復するものである以上、先行処分により実施が可能となった特許発明について、発明特定事項を基に判断することは、特許法における「特許発明の実施」の解釈を行う上で適切であるとも考えられる

 ・・・、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲は、特許権の延長登録がされた後の特許発明の実施が専有される範囲を規律するものであることから、特許請求の範囲に記載された特許発明(発明特定事項)を基に解釈を行うことは特許法の解釈として妥当である

 そして 「VI. まとめ−特許権の存続期間の延長登録制度のあり方についての一考察」(197ページ)にも以下の文章がある。

  報告書の 197 ページ
(1) 延長登録の要件

 既に述べたように、「特許発明の実施に特許法第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」という要件に関して、改訂審査基準においては、あくまで、特許請求の範囲に記載された特許発明(発明特定事項)を基に、先になされた処分との関係についての判断を行うこととしている
 特許権の存続期間の延長登録制度の趣旨が「特許発明の実施をすることができなかった期間」を回復するものである以上、先の処分により実施が可能となった特許発明について、発明特定事項を基に判断することは、特許法における「特許発明の実施」の解釈を行う上で適切であり、個々の法規制による処分の際に特定される要素のうち、発明特定事項以外のものも考慮し、「特許発明の実施」の解釈を行うことは、特許法上の解釈として妥当ではないと考えられる。

(2) 延長された特許権の効力

 ・・・・
 大合議判決においては、知財高裁判決(平成21年5月29日)と同様に、傍論ではあるが、再度、特許権の存続期間が延長された場合の特許権の効力の及ぶ範囲についての解釈がなされており、特許庁の解釈が否定されている。
 延長された特許権の効力の及ぶ範囲は、特許権の延長登録がされた後の特許発明の実施が専有される範囲を規律するものであることから、延長された特許権の効力について、特許請求の範囲に記載された特許発明(発明特定事項)を基に解釈を行うことは、特許法の解釈として妥当であり、発明特定事項以外の事項も考慮し、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲の解釈を行うことは、特許法上の解釈として妥当ではないとも考えられる。

 もしこの報告書が言うように、「発明特定事項以外の事項も考慮し、延長登録された特許権の効力の及ぶ範囲の解釈を行うことは、特許法上の解釈として妥当ではない」 という考えが正しいのなら、延長された特許権の効力に関して、発明特定事項については、請求項にも明細書にも記載されていない 「医薬品の承認書に記載された事項」 にさらに限定して解釈することの正当性は、どうやって論理的に導けるのだろうか? また、物質特許で延長を認めるか否かに関して “用途” を考慮することの正当性は、どうやって論理的に導けるのだろうか? DDS特許において、徐放成分だけが発明特定事項として記載されており、有効成分については発明特定事項に記載されていない場合は、延長された特許権の効力範囲には、いかなる有効成分も包含させることが妥当なのだろうか? 「化合物Aを含む医薬」という請求項の場合は化合物Aが承認医薬品の有効成分で限定されるだけなのに、「化合物Aおよび薬学的に許容される担体を含む医薬」 という請求項の場合は、担体までが承認医薬品の成分で限定されることが妥当なのだろうか? 「化合物Aを含むOD錠」と書くのではなく、 「化合物Aおよび所望の糖を含むOD錠」 と書くと、承認医薬品で使われている特定の糖を含むOD錠にしか延長した特許権の効力が及ばなくてよいのだろうか? 
 特許請求の範囲に記載された発明特定事項だけを考慮し、発明特定事項として記載されていない事項は無視して効力範囲を定めたり、あるいはその範囲を延長の可否の判断基準にすることは非論理的であり、現実にも不合理な事態を引き起こすことについては、これまでにも書いてきた(「改訂審査基準の問題点」 の 「4.実質的に同じ発明であるのに範囲が異なる可能性がある」 や 「本件処分が必要であったか否かは、特許の広さに左右されるか?」 を参照)。 発明特定事項にない事項を無視して延長された特許権の効力範囲や延長の可否の範囲を決める現在の審査基準では、請求項のちょっとした表現の違いやテクニカルな分割出願の有無により、効力範囲や延長の可否の判断が劇的に変化することになり不合理なのだ。

 今回の報告書の189〜199ページの 「VI. まとめ−特許権の存続期間の延長登録制度のあり方についての一考察」 は特に、大合議判決に対する批判的な論調だけが目につき、現在の審査基準が抱えるはずの問題点については何一つ記載されていないというバランスを欠くものである。

 例えば196ページの 「4. おわりに−検討すべき論点を中心に」 には以下のように記載されている。
・・・、既に承認を受けている有効成分と効能・効果と同一ではあるが、剤型等が異なる医薬品の承認がなされた場合に、DDSに関する特許発明に延長登録を認めることは、特許権の存続期間の延長制度の趣旨からも妥当であり、最高裁判決を受けて改訂された審査基準は、それに適合するものである。
 知財高裁大合議判決は、既に承認を受けている有効成分と効能・効果と同一ではあるが、剤型等が異なる医薬品の承認がなされた場合に、物質特許及び用途特許の延長登録が認められるとしたものであり、最高裁判決の射程外であり、DDSに関する特許発明に延長登録を認めることとは本質を異にするものである。

 この議論は本質から外れていないだろうか?

 DDSに関する医薬品の承認がなされた場合、大合議判決によれば確かに物質特許や用途特許についても延長が認められるが、延長された特許権の効力範囲は承認されたDDS医薬品によって画される範囲なのだから、延長された特許が “DDSに関する特許” であるか “物質特許や用途特許” であるかといった違いにより効力範囲は影響を受けない。 よって、物質特許や用途特許の延長を認めても過剰な延長になることはない。
 大合議判決は、医薬品の承認により実施できるようになる範囲を客観的に考察し、その範囲内に含まれない医薬品は実施できなかったのだから、そのような医薬品の承認を受けた場合は延長を認め、それに応じて延長した特許権の効力も及ぼすべき旨を判示したもので、いわばもっとも単純に侵食された発明に対する特許権の存続期間を回復させる方法を示しただけだ。
 これに対して現在の審査基準は、1つの剤型の医薬品の承認を受けただけで、物質特許の技術的範囲内に含まれるあらゆる剤型や用法・用量の医薬品にまで延長した特許権の効力を及ぼすことができるようにする一方で、その物質特許を原出願として剤型や用法ごとに分割出願を行っておくことで、剤型変更や用法変更のたびに再び延長が可能となる制度であり、そのような解釈を特許法の条文から導くことは困難で、また、二重に延長を許してしまう範囲が大合議判決とは比べものにならないくらい広い点でも不適切である。
 また大きな欠点として、先に述べた通り、クレームのわずかな表現の違いや分割出願を行っておくか否かで、延長できるか否かや延長した特許権の効力範囲が劇的に変動する点があり、そのような日本独自の制度設計は、国際調和の観点からも好ましいとは言えない。

 197ページには次のように記載されている。
 ・・・、既に承認を受けている有効成分及び効能・効果と同一で、剤型等が異なる医薬品の承認がなされた場合に、物質特許や用途特許についてまで延長登録の対象とすることの妥当性は、新規有効成分や新規効能効果の研究開発のインセンティブの観点から、DDSに関する特許発明を延長登録の対象とすることとは、峻別して議論する必要があろう。

 大合議判決が物質特許や用途特許についても延長を認めることについて、その効力範囲が、物質特許かDDS特許かの違いによりまったく影響を受けないことについてなんら触れずに 「物質特許や用途特許についてまで延長登録の対象とすることの妥当性は・・・」 と論じるのは、この論者が大合議判決をよく理解していないか、そうでなければ世論や裁判官向けのキャッチフレーズか何かのように見えてしまう。

 また198ページには、大合議判決で示された延長された特許権の効力の解釈が諸外国の解釈とも異なると論じられているが、現在の審査基準のように発明特定事項だけを考慮して延長された特許権の効力範囲や延長の可否の範囲を決める制度こそ諸外国にはなく、特許請求の範囲の表現のわずかな違いや分割出願の有無で効力範囲や延長の可否が大幅に変わる現在の審査基準の妥当性を、諸外国にどう説明できるというのだろうか。

 上記に引用した報告書の記載はすべて、この調査研究において形成された有識者会議の議長を務められた元特許庁審査官の大学教授が執筆を担当されたもので (報告書のPDFファイルの24枚目および34枚目を参照)、ほぼ同一文章で構成された論文も別途公開されている (判例研究 知財高判平26・5・30 ベバシズマブ事件 用法、用量が異なる処分に基づく特許権の存続期間の延長, Law & Technology 67号, 66-74, 2015)。
 この教授は現在の審査基準がつくられる際のワーキンググループ (産業構造審議会の知的財産政策部会 特許制度小委員会 特許権の存続期間の延長制度検討ワーキンググループ) のメンバーであり、ワーキンググループの最終回 (平成23年10月24日開催の第7回) に先立って、特許庁側が作成した審査基準案に賛成する教授の意見書が特許庁の審査基準室長に手渡され、欠席した教授に代わり、それが審査基準室長により審議の冒頭で代読されることで、審査基準案に対して賛成する意見表明の先陣が切られた経緯がある(以下に引用)。

  ワーキンググループ第7回の議事録より
○ 今村審査基準室長
 それでは、〇〇委員から事務局に代読してほしいということで意見が出ておりますので、御紹介させていただきます。
 結論。
 今回、特許庁から提案された特許権の存続期間の延長の審査基準改訂案に賛成いたします。
 理由。
 ・・・。
 以上のことから、今回の改訂案は、最高裁の判示事項とも整合するものであるのみならず、種々の特許請求の範囲の記載に対しても適切に対応できるものであり、的確かつ安定的な運用を行う上で極めて妥当なものであると考える。
 以上です。

 「私も賛成しています」 ということが表明されて、特許庁への賛同の流れができる。 ワーキンググループの最終回で起きたことと同じことが、この報告書でもまた起きることが期待されているように見えてしまう。

 もし今回の調査報告を公平なものにしようと思っていたのなら、現在の審査基準を “極めて妥当なものである” という意見をお持ちの方を有識者会議の議長に選任するということ自体、そもそも避けられてよかったし、まして中立性や公共性が求められるはずの報告書のまとめにおいて、大合議判決を一方的にやり玉にあげて、現在の審査基準を擁護するようなことを記載するのはもっと避けられてよかったことではないか。

*     *     *

 もう一つの桝田祥子氏の論文 (177-188ページ) については、特許が部分的に満了しても、現実にはなかなか後発医薬品が販売できない懸念を論じたもので、私も同感できるところはあり、「大合議判決の判断基準は先発者の独占を助長し得る」 という投稿も書いた。 特に、ある先発医薬品で特許権者が利益を享受してきた場合に、その先発医薬品に対する特許権が満了するのであれば、特許権者が受けてきた利益の手段が確実に後発者たちに分配されるように国内の各制度を整えていくことは望まれるだろう。
 例えば大合議判決のベバシズマブ (アバスチン®) 事件の場合、改変医薬品 (7.5mg/kg, 3週毎投与) に関して大合議判決の通りに特許が延長されると、たとえ先行医薬品 (5 or 10mg/kg, 2週毎投与) の特許が切れても、その先行医薬品の使用形態に限定したジェネリック医薬品を販売することを薬事当局は認めないだろうとジェネリック企業の担当者は予想している (報告書396ページ)。
 しかし本件に限らず一般に、改変医薬品に対する特許権が残っているために、先行医薬品に対する特許権が満了してもそれと同じジェネリック医薬品を後発者がすぐに販売開始できないという事情があるとすれば、それは改変医薬品の使用形態を除外する形でジェネリック医薬品を承認して迅速に薬価収載しない薬事行政側にも多分に責任がある。 その不都合をすべて特許行政側が “特許権者に不利益を負わせる” という形で引き受けなければならない合理性はあるだろうか?

 186ページには、先行医薬品に対する特許権が切れて、改変医薬品に対する特許権が残っている場合に、先行医薬品の使用形態に限定したジェネリック医薬品の販売を薬事当局が認めなかった場合と、認めた場合に関して、以下のように記載されている。

 本判決により同一の効能・効果に関し用法・用量ごとに延長登録がされると、厚生労働省による後発品承認が、効能・効果ごと又は用法・用量ごとのいずれで認められた場合にも、以下のような問題が生じることが予想される。

 この記載に続いて、先行医薬品の使用形態に限定したジェネリック医薬品の販売を薬事当局が認めなかった場合は、後発者は改変医薬品の特許が切れるまで何も販売できないということになり、先行医薬品のジェネリック医薬品の販売を薬事当局が認めた場合は、先行医薬品の使用形態に限定された医薬品が市場に出回るということが説明されているのだが (187ページ)、その2つの場合をどちらも “問題が生じる” と表現し、特許権者が不利益を負ってまでもすべての医薬品の特許を早期に満了させる場合だけを “問題が生じない” とみなすとすれば、いささか特許権者が気の毒ではないか? いずれの場合もよい面と悪い面の両面があるのだから。

 むしろ特許行政側は、先行医薬品に対する特許権と改変医薬品に対する特許権を切り分けて、先行医薬品に対する特許権については早期に特許権を満了させることにより、そのジェネリック医薬品を早期に販売開始させるための制度をすでに備えているとも言える。 厚生労働省が本当にジェネリック医薬品の使用を推進したいと思っているのなら、厚生労働省の方にこそできることはもっとあるだろう。 また、たとえ今は薬事行政や病院サイドが対応していなくても、先行医薬品に対する特許権だけを早期に満了させる特許行政側のアプローチを続けていく意味はあるのではないか。

 とはいえ私はベバシズマブ (アバスチン®) 事件については、後行承認の承認期間に基づいて特許を延長させるべきだとは思っていないから、大合議判決を支持するわけではない。 しかしながら、この特許がまったく延長できないことが妥当だとも思っていない。 特許権者は現実に、先行承認 (5 or 10mg/kg, 2週毎投与) でも後行承認 (7.5mg/kg, 3週毎投与) でも承認を受けるために時間を失った。 ところが現在の特許法と審査基準のもとでは、その特許権 (特許3957765) はどちらの承認でも延長することはできず、どちらの医薬品に対する特許権も出願から20年で終わってしまう。 論文の 「4. むすびにかえて」 では、「本事案においては、・・・不利益以上の保護を特許権者に与えているようにもとれる。」(188ページ) と書かれているが、特許庁の審決が延長制度の運用の在り方として妥当だというのであれば、どちらの医薬品に対しても特許権がまったく延長できないことの理不尽さをどうやって納得すればよいのだろうか?

 この問題を真剣に考えていけば、初回承認がたとえ特許登録前であったとしても、その特許権は延長されるべきだという結論にきっとたどり着くはずだ (Sotoku, 通号1号, 1-34, 2015 の 26〜28ページ参照)。 すなわち特許登録前であっても初回承認で特許を延長させ、その効力を初回承認医薬品に及ばせると共に、その後で改変医薬品について承認を受けた場合は、その効力を改変医薬品にも及ばせてその特許を保護することがもっとも合理的な解決策となるだろう (Sotoku, 通号3号, 1-14, 2015 参照)。

*     *     *

 肝心のアンケートのやり方にも、特許庁バイアスをやや感じてしまう。 たとえば、アンケートの中でも最も注目される設問の1つは、延長された特許権の効力範囲についてだが、その設問は以下の通りである(217ページ)。

設問7−2.
@6−1.の選択肢に挙げたものを含めどのような内容の特許発明の場合にも一律に、薬事法上の一定の承認事項の観点で、延長された特許権の効力が及ぶ範囲を制限する;A特許発明の内容(発明特定事項)を考慮し、医薬品の承認事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する事項及び用途に該当する事項の観点で、延長された特許権の効力が及ぶ範囲を制限する

 上記の通り、大合議判決に対応すると思われる選択肢①には、「どのような内容の特許発明の場合にも一律に」 という極端な表現を付加して、そこに下線をつけて強調する一方、特許庁の現在の審査基準に対応すると思われる選択肢②には 「・・・を考慮し」 などのマイルドな表現をつけて、この選択肢を選びやすくしているように見えないだろうか? これでは選択肢①は選びにくい。 何も知らない子供に見せて、この中からよさそうに見えるものを1つ選んでみてと言えば、多くの子供は選択肢②を選ぶだろう。 なお、延長された特許権の効力範囲である以上、特許請求の範囲を超えて効力が及ぶわけはないのだから、たとえ選択肢①であっても、発明特定事項は考慮されることにも留意する必要がある。

 報告書では、この設問で「②」を選択した回答が50%を超えたことが言及されている(59ページ)。 しかし、例えば同じ内容を以下のような設問にしたら結果はどうだっただろうか?

① 特許発明の発明特定事項で特定される特許発明の技術的範囲に含まれることを条件に、実効性を考慮しつつ薬事法上の承認事項のうち1つまたは複数 (例えば有効成分、および用法・用量など) の承認事項の観点で、延長された特許権の効力が及ぶ範囲を制限する。

② 特許発明の発明特定事項に記載されていない事項はどのような医薬品の場合にも一律に無視して、特許発明の発明特定事項に記載されている事項の観点で、延長された特許権の効力が及ぶ範囲を制限する。

 ①を選ぶ人の方が増えるのではないか? 選択肢①は、薬事法上のすべての承認事項で効力範囲を限定するのではなく、一部の承認事項で効力範囲を限定する場合も含む選択肢であり、例えば承認書に記載されている有効成分と用法・用量だけの事項で効力範囲を限定するようなやり方も含まれる選択肢であるのだが、アンケートに記載されている選択肢①の表現からでは分かりにくい (“一定の” というところにその意味が込められており、その後に記載されている設問をみてはっきりと把握できる)。  実際、選択肢②を選んだある回答者は、その理由を以下のようにコメントしている。

 [選択肢②を選択した理由;ある回答者の理由] (報告書283ページ)
・薬事法上の承認事項により画されるのであれば、データ保護(再審査)のような薬事法上の保護と何ら変わりがない。 特許法による保護としては不十分といわざるを得ない。 特許法において特許発明として保護するのであれば、発明特定事項に該当する事項によって画されるべきである。 特許発明を医薬品に初めて適用したことに対するインセンティブとして、一定の技術的範囲を伴って保護を与えるべきと考える。

 上述の通り、選択肢①は 「有効成分と用法・用量」 だけの事項で効力範囲を定めるやり方も含む。 したがって選択肢①であっても現在の審査基準と変わらない効力範囲とすることは可能だから、この回答者は選択肢①を誤解 (または大合議判決が示した考え方と同一視) している可能性がある。 延長登録をどのような基準で認めるかに関する 「設問6−6」 でも同様の誤解と思われる回答がある (274ページ)。
 報告書に記載されている製薬各社の担当者のコメントを読むと、有効成分と用法・用量で範囲を定めていた昔の基準がよかった、または分かりやすかったと回答している人が非常に目につく。 もし選択肢①が、そういう考え方も包含する選択肢だということが分かりやすく表現されていれば、選択肢①を選ぶ人はもっと多かった可能性がある。

 実際のところ、先月の私の投稿 (「特許の期間延長の条件は“利益がなかった”ことである」) で書いた通り、特許権者が改変医薬品を開発した場合に延長をどうするかという問題に関しては、最初に承認された医薬品 (初回承認医薬品) と高い代替性がある範囲については、改変医薬品の承認期間ではなく、最初の承認期間に基づいて特許の延長期間を設定することが妥当だと私は考えている。 すなわち、初回承認医薬品と “高い代替性” がある改変医薬品に対する特許権の延長期間は、初回承認医薬品と同じ延長期間となり、見かけ上、それらの医薬品群は初回承認で延長された特許権の効力範囲を形成する。 そして初回承認医薬品と “高い代替性がある範囲” を、例えば初回承認医薬品と “有効成分と用法・用量が一致する範囲” で擬制することには一定の合理性がある。 私はもう少し広げた範囲の方がより合理的だと思うが、具体的にどうするかは議論の余地があるとしても、その範囲は原理的には初回承認医薬品によって決まるのであって、特許請求の範囲の発明特定事項の内容によって影響を受けるものではない。 その範囲と、特許請求の範囲とは、それぞれ独立に設定されるものであり、その2つの範囲が重なる領域が、その特許において 「最初の承認と同じ延長期間を適用する範囲」 ということになる (言い方を変えれば、「最初の承認で延長された特許権の効力範囲」 であり、「改変医薬品の承認期間に基づいて延長期間を設定することを拒絶する範囲」 でもある)。

 また報告書のアンケートの回答において複数の製薬企業担当者がコメントしている通り、特許権者の医薬品との同等性試験により承認を受けるジェネリック医薬品に対する特許権については、比較対象とした特許権者の医薬品に対する延長期間を適用するのが合理的だろう。 なぜなら、ジェネリック医薬品は先発医薬品の承認に依拠しているのであり、先発医薬品の承認のために特許権者が失った特許権の存続期間に依拠していると言えるからだ (Sotoku, 通号1号, 1-34, 2015 の 19〜20ページ参照)。 そしてその範囲は、特許権者の先行医薬品に依拠してどの範囲までジェネリック医薬品の承認が受けられるのかにより決まるから、先行医薬品と薬事制度によって決まる範囲だと言え、やはり特許請求の範囲の発明特定事項の内容によって影響を受けるものではない。 また、「ジェネリックとして承認されるなら、その範囲内」 ということなのだから、その範囲を特許法があらかじめ決める必要もない。 複雑な問題は残されているかも知れないが、いずれにしろ、その範囲と、特許請求の範囲とは、それぞれ独立に設定されるものであり、その2つの範囲が重なる領域が、いわゆる延長された特許権の効力範囲ということになる (具体的には、「[例図] 改良医薬品や後行医薬品の承認による特許延長」 の例9を参照)。

*     *     *

 ともかく、今回の報告書は、悪いのは大合議判決だけで、現在の審査基準が妥当かのようにまとめられているが、それはまったく間違っている。 不合理なのは大合議判決というよりも特許法。 そして大合議判決が不合理だというのなら、論理性を欠く現在の審査基準やそれを作成した特許庁も不合理であり、それを修正できない学界や業界の関係者を含む我々もみなまた同じ。 そして何よりも、問題の本質ではないのに “特許の技術的範囲” をことさら取り上げて、現在の審査基準の作成へと導いてしまった先の最高裁判決も、不適切だったと言わなければならないのだから。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック