2015年07月30日

「阻害要因」 があっても進歩性は認められない!? (審査基準改訂案C)


今月8日に特許庁は 「特許・実用新案審査基準」 の改訂案を公表し、パブリックコメントの募集が開始されている。 提出期限は8月6日(木)(必着)。

 「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する意見募集

前回の投稿で 「予想を超える顕著な効果」 について書いた。 しかしもう1つ、今回の審査基準改訂案の進歩性の判断基準で気になるのが、「阻害要因」 の取り扱いについてだ。

前回も示した通り、改訂審査基準案において 「阻害要因」 は、進歩性が肯定される “方向に働く” 1つの要素に過ぎないもののように表示されている (下図)。

 審査基準改訂案 第III部 第2章 第2節 進歩性 3.
図論理づけのための主な要素.png

そして改訂審査基準案には、現在の審査基準と比べて、以下の下線で示す記載が追加された。

審査基準改訂案 (第III部 第2章 第2節 3.2.2 阻害要因)

(1) 副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。 ただし、阻害要因を考慮したとしても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理付けられた場合は、請求項に係る発明の進歩性は否定される

つまり 「阻害要因」 があっても進歩性が肯定されるわけではないというのだ。 しかし私の理解では、「阻害要因」 とは、先行技術に基づく容易想到性を否定する要因のことであり、「阻害要因」 があれば進歩性は肯定され、進歩性がないなら 「阻害要因」 は否定される。 すなわち、「阻害要因」 とは 「あるか・ないか」 なのであって、「阻害要因があっても進歩性が肯定されない」 ということはないのだ。 進歩性が肯定されるとまでは言えない要因は、「阻害要因とまでは言えない要因」 なのであって、「阻害要因」 ではないのだ。

それを確かめるために、直近の判決をいくつか見てみよう。

平成23(行ケ)10098 (平成24年7月17日) 裁判長裁判官 芝田俊文

・・・。 したがって,刊行物1記載の発明に,刊行物2記載発明と刊行物3記載発明を同時に組み合わせることについては,阻害要因があるというべきである。よって,「本願発明は,刊行物1記載の発明,並びに,刊行物2及び刊行物3に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明できたものである」(9頁28〜30行)とした本件審決の判断は,誤りである。
平成23(行ケ)10389 (平成24年7月25日) 裁判長裁判官 部眞規子

エ 以上のように,機能及び技術的思想が異なることに照らせば,仮にソラフラワーが周知であったとしても,これを引用考案に適用することの動機付けがないばかりか,むしろ阻害要因があるというべきである。
 したがって,本件考案1は,引用考案に基づいてきわめて容易に想到できたものということができず,これをきわめて容易に想到できるとした本件審決は誤りである。
平成24(行ケ)10004 (平成24年11月13日) 裁判長裁判官 芝田俊文

また,甲第6号証に記載されている破壊試験(乙10の7頁16行〜8頁3行)は,通常の引張試験機によるものであり(乙10の4頁17行〜5頁6行),シュープレス用ベルトの使用環境(本件明細書【0002】,【0004】)とは異なるものであるから,甲第6号証の破壊試験の結果が直ちにシュープレス用ベルトにおけるクラックの発生・生長状況を反映するものとみることはできない(そのため,上記記載が,MOCAに代えてETHACURE300を採用することの阻害要因となるとまでいうことはできない)ものの,当業者が上記のような記載に接すれば,MOCAに代えてETHACURE300を採用することに消極的になるものと考えられる。
平成23(行ケ)10425 (平成24年11月29日) 裁判長裁判官 芝田俊文

・・・,引用刊行物の「2次元的なユーザインタフェースには,表現力に限界がある」との記載は,引用発明に「2次元的なユーザインタフェース」に係る上記先行技術を適用するに当たって,阻害要因になるものと認められる。
 したがって,「上記周知技術に基づいて,・・・容易になし得ることである」(7頁14行〜17行)とした本件審決の判断は,仮に,本件審決の認定した周知技術と同様の先行技術が存在するとしても,誤りである。
 (3) 以上検討したところによれば,本願補正発明と引用発明との相違点について容易想到とした本件審決の判断は誤りであり,取消事由3は理由がある。
平成25(行ケ)10089 (平成26年7月16日) 裁判長裁判官 清水節

・・・。したがって,引用発明において,マルチビタミンをビタミンB1に置換できるとしても,それに高圧蒸気滅菌を適用すること,すなわち相違点3に係る構成に至ることには阻害要因があるというべきである。
 (3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由4は理由がある。
平成25(行ケ)10242 (平成26年7月17日) 裁判長裁判官 設樂隆一

・・・。 したがって,本件発明1は,各LEDの並設方向と直交する方向へはほとんど光を拡散させないことを前提としているのに対し,甲16発明は,集光位置の縦方向における照度の確保(有効照射巾の確保)を解決課題として,各LEDの並設方向と直交する方向にも,同並設方向と同程度に光を拡散させるものであるから,甲16発明と本件発明1の課題とは異なるものであり,甲16発明から本件発明1を想到する阻害要因があるというべきである。したがって,被告の上記主張は採用できない。
平成26(行ケ)10057 (平成27年2月18日) 裁判長裁判官 石井忠雄

したがって,引用発明において,店舗内の入金機を用いる構成を適用することについて阻害要因があるとはいえず,原告の上記主張は,採用することができない。
平成26(行ケ)10111 (平成27年3月25日) 裁判長裁判官 設樂隆一

 なお,本願発明は野菜の洗浄方法にすぎないから,水素ガスに一般的な意味で危険性があるからといって,水素ガスを用いて還元水を生成する処理過程において特段の危険性があることを認めるに足りる証拠はなく,引用発明において還元水を採用する際に,水素ガスを用いて還元水を生成することが阻害要因となるとまでいうことはできない
平成26(行ケ)10192 (平成27年4月15日) 裁判長裁判官 石井忠雄

 したがって,甲1発明の「蓄積性蛍光体23」を有する「放射線像変換パネル20a」に換えて,周知の光電変換素子を備える出力基板とし,甲1発明の「フロント側の蛍光スクリーン20b」と出力基板とをローラーを用いて貼り合わせることについて,甲9及び甲10が阻害要因として働くということはいえない。 原告の上記主張は採用することができない。
平成26(行ケ)10062 (平成27年5月27日) 裁判長裁判官 鶴岡稔彦

・・・,むしろ,当該付加には阻害要因がある旨主張する(前記第3の4(2)イ(ウ))。
 しかし,個々の配電網において,周波数の変動と電圧の変動が常に一致するものではないとしても,甲1発明に前記(1)ウ認定の周知技術(及び後記5(1)ウ認定の慣用手段)を付加しても制御をなし得ると解 されることは後記5(2)イ(エ)説示のとおりである。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
平成26(行ケ)10081 (平成27年6月11日) 裁判長裁判官 富田善範

 しかし,刊行物1(甲1)の上記記載は,血清を加えない態様を排除するものではなく,血清培地とするか無血清培地とするかは,当業者が,細胞を培養する目的及び使途等に応じて選択し得る技術である以上,同記載が,無血清培地で培養することの阻害要因となるものではないことは明らかであって,原告の上記主張は失当である。
平成26(行ケ)10186 (平成27年6月25日) 裁判長裁判官 清水節

 そうすると,引用発明において想定されている収縮率は,本願出願時の技術水準上,限界値であったわけではないから,引用発明のデシテックスを大きくするのと同時に,延伸率を大きくすること自体に阻害要因はないし,その場合における「2.5倍以下」という数値設定も,当業者が容易になし得る程度の設計事項といえる。
 したがって,上記相違点は,当業者であれば,容易に想到できるものである。
平成26(行ケ)10253 (平成27年7月9日) 裁判長裁判官 清水節

 ウ 以上に述べたとおり,当業者が,甲2発明に「水平移動可能な移動ステージ」を設け,その「水平移動可能な移動ステージ」の下方に把持具3dを保持する変更を行う動機付けはなく,また,そのようにすると甲2発明の技術的意義を失わせる結果になるから,阻害要因があるといえ,当業者が容易に想到し得ることで あるということはできない。

このような感じで、裁判例によって例外が全くないとは言わないが、一般に 「阻害要因」 というのは 「あるか・ないか」 であって、「阻害要因はあるけど進歩性は否定される」 などという言い方は、進歩性の判断における 「阻害要因」 という言葉の使い方を変えるものでおかしい。

同様に、現在の審査基準では以下のようになっている部分に・・・、
   ↓
現在の審査基準 (第II部 第2章 2.8)
sogai_ima.png

改訂案では無理やり 「阻害要因」 という言葉を挿入しようとしているけれど・・・、
   ↓
審査基準改訂案 (第III部 第2章 第2節 3.2.2 (2) )
sogai_an.png

不適切ではないか。。

前回投稿した 「予想を超える顕著な効果」 といい、今回の 「阻害要因」 といい、“総合考慮” の名のもとに、進歩性を肯定する証拠までを相対化・矮小化しようとしているようで怖い。

こういった変更は、ワーキンググループ内で事前にもっと詳細に検討すべきではないか。 そのためにも、改訂の 「骨子」 だけを示して参加メンバーの同意を取り付けて、改訂案の作成は特許庁に丸投げしたり、ワーキンググループの最終回近くになって改訂案を出してきて、十分な検討や議論の時間的な余裕がない状態で参加メンバーの同意を取り付けたりする現在の審議のやり方そのものを見直すべきだ。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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