2015年08月03日

「成功の合理的期待」 の規定を欠く日本の進歩性審査基準 (審査基準改訂案D)


7月8日に特許庁は 「特許・実用新案審査基準」 の改訂案を公表し、パブリックコメントの募集が開始されている。 提出期限は8月6日(木)(必着)。

 「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する意見募集

生物学分野や医学分野の特許出願における進歩性 (特許法29条2項) の判断に関し、日本の審査基準で欠落している観点の1つが 「成功の合理的期待」(Reasonable expectation of success) ではないか。 「成功の合理的期待」 とは、ある発明に進歩性がないと言えるためには、その発明が成功することに合理的な期待があることが必要だという考え方だ。 もし成功の合理的期待がなかったのであれば、その発明の進歩性は否定されない。

これは、米国においては、以下に示す通り審査基準 (MPEP) に記載されている。

米国特許商標庁 審査基準 MPEP 2143.02
http://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2143.html#d0e210414

MPEP2143-02.png


また欧州においても、欧州特許庁の審判合議体による審決をまとめた 「Case Law of the Boards of Appeal of the European Patent Office (7th edition)」 の 7.1 には、特に遺伝子工学・生物工学分野において発明が自明だと言えるためには 「成功の合理的期待」 が示される必要がある旨が記載されている。

欧州特許庁 審決集 1. D. 7.1
http://www.epo.org/law-practice/legal-texts/html/caselaw/2013/e/clr_i_d_7_1.htm

Reasonable expectation of success_EPO.png


3極の中で日本だけが、この規定を持っていない。 すなわち日本では、たとえ先行技術を組み合わせて発明をすることに 「成功の合理的期待」 がない場合でも、進歩性がないとして拒絶する論理づけができてしまう。

単純な機械の発明のように、引例を組み合わせることを思い付けば、それが成功するか否かを比較的容易に予測できる発明においては、一般に 「成功の合理的期待」 は存在することになるため、そもそも 「成功の合理的期待」 を考慮する必要性は低い。 「成功の合理的期待」 が問題となるのは、引例を組み合わせることを思い付いても、それが成功するか否かを予測することが難しい技術分野 (例えばライフサイエンス分野) の発明に限られるため、なかなか一般に実感を持って認められにくいことが、この要件が無視され続ける一因になっているのかも知れない。

なお、日本の審査基準にも、少し似たような記載は存在している (以下)。

 審査基準改訂案 第III部 第2章 第2節 進歩性 3.2.1(1)
・・・、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有することが進歩性の有無を判断するための重要な事情になる。

しかし、たとえやってみることが一見容易な発明により発揮された効果が先行技術と比較して “有利” とは言えなくても進歩性は認められうる場合はあるのではないだろうか。 その尺度として 「成功の合理的期待」 は有用なのだ。

日本の審査基準に 「成功の合理的期待」 の規定がなくても、生物・医学分野の特許出願の進歩性は、審査官の裁量により、大体はいい塩梅に審査されているのかも知れない。 しかし、裁量に任されるということは、審査官は拒絶したければ 「成功の合理的期待」 があったことを示さなくても拒絶することができるし、特許したければ、特に理由を示すことなく特許することもできる。 拒絶するにしても、特許するにしても、理由を示さなくていいということだから審査は不透明になってしまうし、明確な規定がないために審査官によるばらつきは大きくなり、場合によっては、成功の期待が極めて低いにもかかわらず拒絶されてしまうことも起こりうる。 これが、特にライフサイエンス分野における日本の特許審査の 「納得感」 を低下させる原因ともなっているのではないか。

世界最高品質の特許審査」 を目指すために、是非 「成功の合理的期待」 を審査基準に取り込もうぢやないか。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック