2015年08月05日

「世界最速の拒絶査定」 を支える日本の特許審査基準 (審査基準改訂案E)


7月8日に特許庁は 「特許・実用新案審査基準」 の改訂案を公表し、パブリックコメントの募集が開始されている。 提出期限は8月6日(木)(必着)。

 「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する意見募集

日本の特許審査でもっとも変えてほしいのは今回話題にする問題ではないか。 つまり日本の審査制度は、審査がまだ未熟で、出願人に対して十分な拒絶理由を示していない段階であっても、あっという間に拒絶査定を行うことが可能なのだ。 しかも、それに対して出願人が拒絶査定不服審判を行って対抗しようと思っても、「限定的減縮」 という嫌がらせのような補正制限が存在し、たとえそれを乗り越えても、特許庁は 「後出しの拒絶理由」 を使って出願人を妨害できる。 平成5年の特許法改正により導入された 「限定的減縮」の規定(17条の2第5項2号) と 「独立特許要件」(17条の2第6項) の制度を特許庁が都合よく運用することによって、「世界最速」 で拒絶査定や拒絶審決を行うことが可能な今の日本は、欧米や中国・韓国などと比べても、不満を感じる審査運用がされている国だと言えるのではないだろうか。

国際比較したときに指標として差が出るかも知れないのは、「特許になったもののうち、審判請求または分割出願を行って特許にすることが必要だったものの割合 (%)」 だ。 (すなわち最終的に特許になったもののうち、審査においては特許にすることができず拒絶査定が出てしまい、しかたなく拒絶査定不服審判請求または分割出願を行って特許にしたものの割合)。 特許になるべき発明であれば、わざわざ審判請求や分割出願を行わなくても、その出願の審査内で特許になるのが本来あるべき姿だから、特許にするために審判請求や分割出願が必要な割合が上がるほど、審査の納得性は下がることになる。 また、審判請求を行う場合は、通常、出願の係属が絶たれないようにするために分割出願を行わなければならないから、出願人は、審判請求に必要な費用に加え、分割出願の費用や分割出願の審査請求料など、もし本来の審査の中で特許になっていれば支払う必要のなかった様々なコストを支払わなければならない。

米国では拒絶理由はすぐに 「最終」(Final) となるが、1回目の拒絶理由通知は一般に他国よりも詳細だ。 また、審判請求を行わなくても審査官に対して反論や補正書を提出して審査官の反応 (Advisory Action) を何回も得ることはできるし、必要なら継続審査請求 (RCE) を行うことで自由な補正を行いつつ審査を続けられるから、特許になるべきものは審査段階でほぼ特許にすることが可能で、審判や継続出願が必要になる場面は少ない。 また、審査官の方から補正案が提案されることも多い。 欧州では、通常何回も拒絶理由通知が出るし、拡張欧州調査報告 (eESR) が出されるようになって応答や補正の機会はさらに確保された。 また、一度に複数の補正案を提出することも可能で、かつ拒絶査定の前には口頭審理も行われ、その際にも補正ができるから審判や分割出願が必要になる場面は非常に少ない。 中国は審査官によるばらつきが大きく、議論がかみ合わずにあっという間に拒絶査定が出ることもあるが、通常は、拒絶査定が出るまでに 3〜4回は拒絶理由通知が出る。 韓国の審査も出願人にかなりフレンドリーだ。 それに比べ、日本の拒絶査定の速さは際立っているように感じる。

特許庁が公表している指標から平均値を推定する限りはこの割合はさほど高そうでもないのだが、手近な個別の出願で予備的に調べる限りは、日本出願で特許になったもののうち審判請求が必要だったものの割合は、諸外国への出願のそれに比べて有意に高い (この値は出願人のポリシーによっても変わるかも知れないし、外国の出願人の方が差は顕著だろう)。 すなわち、審査の中で特許にならないのは “出願人が悪い” というよりも、日本の特許審査に特有に起こる現象と推定される。 日本とは、特許になるべき発明が拒絶査定になってしまい、特許にするためには審判請求や分割出願を行うことが強いられる国ということだ。

それを支える日本の審査基準を具体的に説明すると・・・。

1. 拒絶理由通知は原則2回 (「最初の拒絶理由通知」及び「最後の拒絶理由通知」各一回) だけしか出ない

 審査基準改訂案 第I部 第2章 第3節 拒絶理由通知 3.
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上記の通り、日本では拒絶理由は原則2回しか出ない。 しかも2回目の拒絶理由は 「最後の拒絶理由通知」 と言われるもので、厳しい補正制限が課されるため、自由に補正できるのは1回目だけということになる。 こんな国は他にあるだろうか? 米国では補正により必要になった拒絶理由を通知する場合は 「Final」 となるので、2回目の拒絶理由通知が final となることはあるが、これなら特許になるという請求項であれば final の後でも比較的自由に補正してみることは可能だし、万一補正が検討されない場合は、継続審査請求 (RCE) を行うことで審査は続けられるので、上述の通り、審判請求や継続出願を行うことが必要になる場面は少ない。

2. 解消しない拒絶理由が1つでもあれば直ちに拒絶査定

 審査基準改訂案 第I部 第2章 第5節 3. 拒絶査定
拒絶査定をする.png

上記の通り、拒絶理由通知に対して応答しても、解消しない拒絶理由が1つでも残っていると審査官が判断すれば、直ちに拒絶査定される。 したがって出願人は、指摘された拒絶理由を1回ですべて解消しなければならないという、崖っぷちの状況を強いられる。

そしてこの規定があるために、本来なら通知されるべき拒絶理由が、すべて通知されないうちに拒絶査定となってしまうことが頻発する。 例えば、拒絶理由通知に応答したときの審査官の対応について、審査基準には以下のように規定されている。

 審査基準改訂案 第I部 第1章 2.2(2)
第I部 第1章 2.2(2) 応答後の対応.png

上記の通り、

 @ 通知した拒絶理由が解消されたと判断し、他に拒絶理由を発見しなかったときは、特許査定をする。
 A 通知した拒絶理由が解消しないと判断した場合は、拒絶査定をする。
 B 通知した拒絶理由は解消されたと判断したが、他に拒絶理由を発見した場合は、改めて拒絶理由通知をする。

と3つの場合に分けて規定されているが、「通知した拒絶理由は解消しないと判断したが、他に拒絶理由を発見した場合」 という選択肢は用意されていない。 その場合、上記の 「A」 の対応になるので、たとえ通知し忘れていた拒絶理由があっても、それに対して反論や補正の機会は与えられずに拒絶査定となる。 そのことが、拒絶査定不服審判に進もうとするとき、あるいは進んだ後に、現在の特許庁の不適当な審判運用とも相まって、出願人にとって不利な状況をもたらす原因になるのだ。

3. 最初の拒絶理由通知以外は非常に厳しい補正制限が課せられる

最初の拒絶理由通知以外の拒絶理由通知や、拒絶査定後の審判請求時に行うことができる補正には、特許法第17条の2第5項の1号〜4号 (以下) が規定する厳しい制限が課せられ、それに適合しない補正は却下されてしまう。

 審査基準改訂案 第I部 第2章 第6節 3.1.3
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上に引用した通り、特許庁はこれを 「迅速な権利付与の実現」 のためだと称しており、実際この言い回しは、平成5年にこの規定を導入する法改正が行われたときに使われたレトリックなのだが、出願人の立場で見るとかなり白けてしまう。 出願人にとって不利な補正の制限を突き付けておいて、「迅速な権利付与の実現のためです」 はないだろう。

永遠に審査を続けるわけにはいかないから、どこかで拒絶査定を出す必要はあるにせよ、最初の1回しか自由な補正を認めず、次の拒絶理由通知に対しては 「限定的減縮」 という補正制限が課せられた上ですべての拒絶理由を解消することを強いられる現在の日本の審査制度は、「広く・強い」 特許取得への出願人の意欲をくじくものだ。

4. 独立特許要件に基づく 「後出しの拒絶理由」 による補正却下

日本の審査システムの中でもとりわけ悪名高いのが、上記の 「限定的減縮」 という日本独特の補正制限と、その補正に課せられる 「独立特許要件」 だろう。 すなわち、「限定的減縮」 により補正された請求項に対しては、出願人に通知していない全く新しい引例や拒絶理由を探し出して、それに基づいて補正を却下することが法律上は可能で、その際に出願人に対して反論や補正の機会を与える必要もない。 

 審査基準改訂案 第I部 第2章 第6節 3.1.4
独立特許要件01.png

この規定を盾に取った拒絶査定や拒絶審決により数多くの出願人が泣いてきたし、数多くの出願人が審決取消訴訟を起こし、若干一名 (平成22(行ケ)10298;「逆転洗濯方法および伝動機」事件) を除いて数多くの出願人が、特許法の条文と、それを盾にした特許庁の主張の前に敗訴してきた。

その不合理さに、識者たちからは出願段階の 「独立特許要件」 を廃止するよう法律を改正するべきだという 「独立特許要件不要論」 が唱えられ (吉田広志 知財管理 Vol.59(2), 145-166, 2009、吉田広志 特許研究 No.55 71-80, 2013、梅田幸秀 別冊パテント Vol.64 No.10, 50-68, 2011、愛知靖之 判例時報2157号 182-187, 2012)、また、知財高裁元判事(当時)からも 「基本的に賛同したいが・・・」 との声が上がる (清水節, 牧野利秋先生傘寿記念論文集 469-487, 487ページ脚注, 青林書院, 2012)。

私も昔は出願段階の 「独立特許要件」 は不要だと思っていたが、実際のところ、この問題を解決するために法改正は不要だ。 むしろ現在の法制度で出願人を守るための重要な機能を果たすのが 「独立特許要件」 による補正却下だと思う。 これについては以前も投稿したが、そのうち改めて説明したい。

ともかく、この問題に関する特許庁の現在の審査・審判運用は、しばしば違法と言えるほど不適切であることだけは確かだ。

なお、今回の審査基準改訂において、この問題に関して改善する方向の修正が行われる。 具体的には、以下のパラグラフが追加される。

 審査基準改訂案 第I部 第2章 第6節 3.1.4 (留意事項) (2)
独立特許要件29条01.png

「その特許要件の拒絶理由を通知していなかったとき」 というのは、要するに 「新規性」 なら新規性の拒絶理由、「進歩性」 なら進歩性の拒絶理由を通知していなかったときという意味だろう。 平成16年9月の審査基準改訂で部分的には手当されていたものの、平成5年法改正以降続いている不適当な審査運用の改善にやっと動きがみられるわけだ。 これは上記の清水節判事の論説 (論説執筆当時は地家裁所長だったが現在は知財高裁部総括判事) において、「・・・異なる条文に基づく拒絶理由により補正後の発明の特許性を否定しようとする場合も,拒絶理由を通知して意見書の提出及び補正の機会を与えるべきであろう。」(上記論説 487ページ) と論じられているのを敏感に反映したものかも知れない。 しかし清水判事は以下のように書いているのであって、今回の審査基準改訂案のように 「その特許要件の拒絶理由を通知していなかったとき」(すなわち条文が異なる場合) に拒絶理由を通知するだけで済ませられる問題ではない。 

 清水節, 牧野利秋先生傘寿記念論文集 469-487 の 486-487ページ
清水4.png

上述の通り私は、現在の特許法で考える限りは、出願人のためにはむしろ補正を却下する方がよいと考えているので、清水判事のこの提言に賛成しているわけではないが、いずれにしろ、出願人に不公平な不利益を与えないという、問題の本質を捉えた対応が必要だ。

*      *      *

上記の 「1.」 で示した通り、拒絶理由通知は原則2回 (しかも自由な補正ができるのは原則1回だけ!) で、かつ、「3.」 で示した通り、最初の拒絶理由通知以外は非常に厳しい補正制限を課して出願人の対応手段を封じることで出願人の意欲を萎えさせ、「4.」 で示した通り、限定的減縮の補正に対しては、後出しの拒絶理由で出願人に対応の機会を与えずに補正を即却下する、そして 「2.」 で示した通り、解消しない拒絶理由が1つでもあれば直ちに拒絶査定。 こういう審査を行うとどうなるか?

出願人としては、「世界最速の拒絶査定」 を受けてその出願を捨てるか、あるいは、本来ならもっと広い権利が取れるはずなのに、特許請求の範囲を必要以上に狭くすることで妥協するか、選択を迫られることになる。

7月22日の投稿 『世界最速・最高品質の特許審査を目指した審査基準改訂案』 で説明した通り、特許庁は現在、「世界最速」 の特許審査を実現することを目標に掲げている。 例えば下の資料は、2年前に開かれた知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会において特許庁調整課課長が提示した資料であり、日本の特許庁が、国際比較して、いかに審査官の人数が少ないかが示されており、そのことを特許庁は 「欧米の3〜5倍の効率的な審査」 だと説明している。

検証・評価・企画委員会 第2回 資料3 (4ページ)
siryou3 「審査体制強化(効率化)」(経済産業省).png

日本の審査官に特別な苦労があり、また日本の審査システムに特別な工夫があるというのはそれとして、その少ない人数で審査が回っているのは、出願人の犠牲があってこそだろう。 今の日本の最速な特許審査は、不利な条件を出願人に押し付けることによって成り立っているのであって、そのために日本の特許審査は、冒頭で述べた通り他国の審査実態と比較しても、厳しすぎ、また、使いにくいものになっている面がある。

要するに、「平成5年法改正」 で特許庁はやり過ぎた。 同じく平成5年法改正で厳格化した 「新規事項の追加」 については、批判が強くなり平成15年10月の審査基準改訂により緩和されるに至ったが、今回の問題は、やり過ぎたことの回復がなされていないどころか、「世界最速」 をアピールさえしている。 自由な補正を 「原則1回」 に制限することなど、本当に必要なのか? 「限定的減縮」 の制限など本当に必要なのか?  出願人に不利なこれらの規制が、時に過剰な減縮や不必要なコストを出願人に強い、ひいては日本の審査に対する嫌悪感を増大させうることについて、もっと真剣に考えてもよいのではないか。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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