2016年09月15日

平成27年(ワ)12414オキサリプラチン東京地裁平成28年3月30日判決(存続期間が延長された特許権の効力範囲)


オキサリプラチン製剤の特許権侵害訴訟に関する5月10日の投稿は、もともとは、延長された特許権の効力範囲について出された東京地裁判決 平成27年(ワ)12414 の感想を書こうと思って書き始めたものだった。 しかしこの特許に関しては、延長問題よりも無効審判の問題の方が重要だと思ったので、先の投稿ではそっちの話題を書いた。 今回は延長問題を考える。

今回の平成27年(ワ)12414 判決は、昨年11月27日に出された最高裁判決 平成26年(行ヒ)356 の後で初めて、「延長された特許権の効力範囲」 について説示した判決だという点で注目されている。 私もまあ、どんな判決が出るかと思ってはいたけれど、論者の間でも議論がまるで成熟していない段階で、いきなり素晴らしい判決が出ること期待するのも無理がある。 今回の判決も、5月10日の投稿で書いた通り 「非侵害」 という結論については特に文句はないけれど、延長された特許権の効力に関する説示は 「なんかなー」 という感じで、こういう判決が積み重なってしまうと、問題は余計に混沌としてしまうのではないかという気がする。 まぁ私の投稿も、そういう雑音の1つに過ぎないのかも知れないが。。

今回問題となった特許 (特許3547755号) は、5月10日の投稿でも書いた通り、「オキサリプラチンを注射用水に特定濃度・特定 pH で溶かしたもの」 みたいな特許で、具体的には以下の通り。

[特許3547755 請求項1]
【請求項1】
濃度が 1 ないし 5 mg/ml で pH が 4.5 ないし 6 のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
(なお、「オキサリプラティヌム」 は 「オキサリプラチン」 の別称)

この特許が出願された当時、オキサリプラチンという化合物や、オキサリプラチンに抗癌作用があることは既に知られており、凍結乾燥品として製造され、使用時に注射用水などに溶かして使用されていた。 この特許は、凍結乾燥品として製剤化されていたものを、あらかじめ注射用水に溶かした溶液として製剤化することに関する特許だ。 したがって、この特許は 「新規化合物」 の特許でもなければ、「新規適用疾患」 に関する特許でもない。 新しい剤型に関する特許ということになる。

そして原告 (特許権者) 側が特許延長の根拠とした承認医薬品の溶液製剤は、上記の請求項と一致して、 オキサリプラチンを注射用水に溶かしたようなものであるのに対し、被告の後発メーカーの後発医薬品は、それに加えて 「グリセリン」 が添加されているという違いがある。 被告の主張によれば、グリセリンはオキサリプラチンの水溶液中での安定性を増す作用があり、被告はこれについて特許も取得している (特許5314790)。 但し原告の主張によれば、被告の後発医薬品は、原告の先発医薬品の承認手続で用いられた臨床成績をそのまま利用し、先発医薬品との生物学的同等性を有することを前提に承認された。

そして、この裁判の争点の1つが、特許権者側の先発医薬品の承認で延長された特許権の効力は、「グリセリン」が添加されている後発医薬品に及ぶか (判決文の 「争点2」) というものであり、今回の判決では、「及ばない」 と判示された。

その理由として裁判所は、特許法68条の2が 「処分の対象となった物(・・・用途が定められている場合・・・は、当該用途に使用されるその物)」 と規定していることに関して、被告の医薬品はグリセリンが含まれている点で 「処分の対象となった物」 そのものとは言えないが、延長された特許権の効力は、特許法68条の2に規定されている物そのものだけでなく、その均等物ないし実質的に同一と評価される物 (実質同一物) にも及ぶことが合理的である旨を説示し、被告の医薬品が 「実質同一物」 の範囲に含まれるか否かを判断した。 そして裁判所は、実質同一物の範囲は特許の種類によって左右され、「新規化合物」 や 「新規適用疾患」 に関する特許の場合は、生物学的同等性がある後発医薬品を広く含む範囲となるが、本件のような剤型特許の場合は、狭く認定されると説示し、グリセリンがオキサリプラチンの水溶液中での安定性を高めるという新たな効果が付加されている被告の医薬品は 「実質同一物」 とは言えないと判断した。 具体的な判決文は以下の通りだが、「医薬系"特許的"判例ブログ」 でコメントされている通り、裁判所の説示は、腫れ物に触るような感じでかなり歯切れが悪い(笑)。

[平成27年(ワ)第12414号 判決文より]
H27wa12414-1.png

うーん。。。

今回の場合は、グリセリンを添加することに関して被告が特許を取っているから、これを真似する人は出てこないと思うけれど、例えば被告が特許を取っていなかった場合、グリセリンを入れれば非侵害だと判断されるのであれば、オキサリプラチンの後発メーカーは、みんなグリセリンを入れて承認を取りなおすかもね (笑)。 仮にそうなった場合、そういう後発メーカーも非侵害にするんですかね? それとも、最初にグリセリンを入れた後発メーカーだけを非侵害にして、その他の後発メーカーは、グリセリンを添加しても侵害にするんですかね? [ 今ごろ気づいたが、裁判所は 「被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において」 と説示しているから、基本的に最初に実施した後発メーカーだけを非侵害にするということなのね。 ということで、下で説明している均等論の第3要件と同じだ。(2016/11/5) ]

被告の後発品は、グリセリンがオキサリプラチンの安定性を高めるという 「新たな効果」 を発見したことに基づき、グリセリンが添加されている。 そして今回の判決は、これを理由に 「非侵害」 だと判断した。 この判決を見て感じるのは、「努力して新たな付加価値を生み出した人は非侵害にしよう」 という発想が根底にあるのではないかという疑いだ。 同じような規定は、現在の日本の均等論にも見られる。 つまり、均等の 「第3要件」(置換容易性) は、特許発明を被告の製品のように置換することが侵害時に容易ではない場合は非侵害にすることを規定している。 特に、この 「第3要件」 を三村説 (ボールスプライン最判の判例解説における三村量一氏の説) にしたがって解釈する考え方の根底には、被告の製品が特許発明から容易に置換できるとは言えない程度に違う場合は、被告は特許発明をそのまま流用したのではなく、努力して新たな付加価値を生み出したのだから非侵害にしようという発想を感じるのだ。 確か設樂隆一氏も、『座談会 特許クレーム解釈の論点をめぐって』(発明協会 2003)(96ページ下段) において、均等の 「第3要件」 の三村説をそのように説明をしていたと思う。 しかし 「努力した人を優遇しよう」 という発想は、特許制度の理論とは相いれない場合がしばしばある。 たとえ努力して改良発明を発明しようが、特許発明を利用していれば特許侵害であるのと同じように、努力して新たな付加価値を生み出したからといって、特許侵害を免れる理由にはならない。 均等の 「第3要件」 の三村説にしたって、特許の理論からすれば不適切だと私は思っている (詳しくは Sotoku 通号6号 の36ページ (脚注112) を参照)。 その脚注112に書いた通り、理由は様々ではあっても、三村説を批判している人は私以外にもたくさんいる。 今回のオキサリプラチンの嶋末コートの判示も、新たな付加価値を生み出した被告を優遇しようという発想を感じるのだが、均等の 「第3要件」 に対する批判と同じ批判が当てはまる (2016/11/05修正)

また今回の判決は、「有効成分と効能・効果」 の組み合わせについて初めての承認である場合は、延長された特許権の効力は 「有効成分と効能・効果」 が同じ医薬品に広く及ぶと考える一方で、2回目以降の承認では延長を認めないとしていた 「旧々審査基準」(平成23年に改正前の「有効成分と効能効果」で区切るやつ) と結果として似たような結論をもたらそうとするものだとも言える。 また、平成23年改正の旧審査基準 (クレームの発明特定事項を医薬品の承認事項で限定するやつ) も、基本特許については延長された特許権の効力範囲を広く、剤型特許については狭くすることを想定した基準になっていて、今回の判決と近いものがある。

多くの場合、それで不都合は最小限に抑えられるかも知れないですよ。 特許権者は、普通はまず 「化合物特許」 や 「適用疾患特許」 などの基本特許を取得して医薬品を開発し、その後で 「剤型特許」 などを出願する。 だから、「化合物特許」 や 「適用疾患特許」 などの基本特許に関しては、延長された特許権の効力範囲を広く認定し、「剤型特許」 については狭く認定すれば、基本特許の延長期間が切れるまでは、後発医薬品は一切出てこないし、基本特許の延長期間が切れた後は、後発メーカーは 「剤型特許」 の延長された特許権の狭い効力範囲を “努力” によって回避すれば、後発医薬品を販売できるようになる。 それでバランスが取れるじゃないかと考えるわけですよね。

でもそれでいいのか?? 

(1) 延長された特許権の効力範囲

例えばの話、この特許権者側が、それまで日本で、オキサリプラチンを有効成分とするものを含め、抗がん剤を一切販売しておらず、日本で初めてオキサリプラチンを溶液製剤として販売することを目指して承認申請をしたとしよう。 そして、その承認に何年もの時間がかかったとして、そのおかげで、医薬品が承認されたころには、上記の溶液製剤の特許 (剤型特許) の本来の存続期間 (出願から20年) がほとんど終わってしまったとする。 そして延長登録出願をして特許を延長できたとする。 

もし承認申請してすぐに承認されていれば、特許権者側はすぐに溶液製剤を販売できて、本来の特許 (延長された特許ではなく本来の特許) のクレームに守られながら何年にもわたって溶液製剤を独占販売できたはずのに、承認に何年もかかった場合、その間は医薬品を販売ができず、得られるはずの利益が得られないまま本来の特許期間がほとんど終わってしまったわけだ。

その不利益を回復させるための延長制度なのに、特許が 「製剤特許」 の場合は、延長された特許権の効力範囲が狭く解釈される結果、先発医薬品の臨床試験を流用する後発薬を十分に抑えることができないとしたら、制度として不十分じゃないですか?

延長制度とは、承認手続のために特許発明を実施できなかったことにより生じた特許期間の侵食を回復させるための制度だ。 そうであるのなら、少なくとも先発医薬品の承認手続を流用する後発薬 (すなわち生物学的同等性を前提にして承認を受けようとする後発薬) に関しては、それが特許発明に該当する限りは広く権利行使できるべきだと思うけどね。

したがって私は、延長された特許権の効力範囲には、基本的には 「生物学的同等性」 に基づいて承認される後発医薬品はすべて含まれるべきだと思う (本来の特許のクレームの範囲に含まれている限りはね)。 特許が 「化合物特許」 か 「剤型特許」 かなんて関係がない。 また、後発医薬品に 「グリセリン」 が入っていようがいまいが関係がない (もし本来の特許のクレームの範囲に含まれているのならね)。 それは、改良発明だろうが、特許発明を実施するものである限りは特許侵害になるのと考え方は同じだ。 たとえ 「グリセリン」を添加することにより新たな効果が発揮されたとしても、先発品との 「生物学的同等性」 に基づいて承認を受けた以上、先発品と同等なものとして先発医薬品の臨床試験を援用したのだから、後発品が本来の特許のクレームの範囲に含まれている限りは、延長された特許権の効力は及ぶと判断すべきだろう。

なお、上記でしつこく 「本来の特許のクレームの範囲に含まれているのなら」 と書いているのは、5月10日の投稿で書いた通り、本件の特許権者の特許は、そもそもオキサリプラチンと水以外の成分を含む溶液に対して広く権利行使できる特許とはみなせない可能性があると考えているからで、その場合は、延長された特許権の効力を考えるまでもなく、「グリセリン入りの医薬品」 は非侵害ということになるかも知れない。 だから本件の場合はともかくとして、後発医薬品が本来の特許のクレームの範囲に含まれるものである場合には、延長された特許権の効力は、「生物学的同等性」 を前提に承認を受けた後発医薬品に広く及ぶと解釈するべきだと思う。

但し、後述のように、私は 「延長された特許権の効力」 にそもそも範囲なんてないと思っているから、『延長された特許権の効力は、「生物学的同等性」 に基づいて承認を受けた後発医薬品に広く及ぶべきだ』 という言い方は正確ではない。 正確に言うなら、『後発医薬品に効力を及ぼすための延長された特許権の延長期間は、後発医薬品が 「生物学的同等性」 の比較対象とした先発医薬品の延長期間をあてるべきだ』 ということだ (詳しくはSotoku 通号1号 の20ページ 『“実施できなかった期間”の擬制と出願の不要化』 を参照。)。 これについては、次の「(2)」で説明する。

(2) 延長すべき期間

延長された特許権の効力範囲を、「生物学的同等性」 に基づいて承認を受けた後発医薬品に広く及ぶと決めたとしても、それだけでは延長の問題は解決しない。 なぜなら、「そもそも延長を認めていいのか」、あるいは 「延長する期間は、その医薬品の承認に要した期間でいいのか」 という問題を考えなければならないからだ。

上記の (1) の話は、『この特許権者側が、それまで日本で、オキサリプラチンなどの抗がん剤を一切販売しておらず、日本で初めてオキサリプラチンの溶液製剤の販売を目指して承認申請をした』 と仮定した場合の話。 しかし実際には、この特許権者側は、溶液製剤の承認 (2009年8月) を受ける前に、オキサリプラチンの 「凍結乾燥製剤」 の承認 (2005年3月) を受けて既に独占販売していた。 また、溶液製剤に関しても、複数回の承認を受けて、複数回の延長が行われている。 その場合は、話は単純には行かない。

例えば、特許権者側がオキサリプラチンの溶液製剤の承認手続を行っている間に、凍結乾燥製剤を独占販売していた場合、「承認を受ける間、溶液製剤を販売できなかった」 という不利益は、「溶液製剤の代替品である凍結乾燥製剤を販売できた」 という利益で補われていたはずだ。 それを考えれば、特許権者側が市場代替品を販売できる状態で医薬品承認の手続を行った場合は、「延長できない」 ことにするか、あるいは 「延長期間には算入しない」 ことにしなければ特許権者に過大な利益を与えることになり、フェアじゃないでしょう?

つまり、今回の判決のように 「基本特許」 か 「剤型特許」 かなどという点に着目して、延長された特許権の効力範囲を調節することで問題を解決しようとするのではなく、着目すべきは、「特許権者は代替性のある先行医薬品を実施できていたのか」 という点であり、そうした事情を加味しながら延長期間を調整することで問題を解決することが必要なのだ。

(2−1) 別特許であるか否かは関係がない

例えば本件の場合、溶液製剤の承認を受けようとしている間、「切除不能の大腸癌」(正確には 「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」) の用途については、既に凍結乾燥製剤が承認され販売されていた。 そうすると、「切除不能の大腸癌」 に関して、溶液製剤を直ぐに販売できなかったという不利益は、その分、凍結乾燥製剤を多く販売することによって補われていたのだから、溶液製剤の承認に時間がかかったことを根拠に延長する必要はないのではないか。 「パシーフカプセル30mg最高裁判決」 (平成21年(行ヒ)326;平成23年4月28日) において、「先行医薬品が特許範囲に含まれていなければ延長してよい」 という判決が出てしまったために、本件のようなケースにおいても、先行医薬品が乾燥製剤であって溶液製剤特許に含まれないというだけで、本当は乾燥製剤の販売によって不利益は補われていたのに、現在の審査基準では、溶液製剤の承認にかかった期間と同じだけ特許を延長できるようになってしまった。 残念なことに、「別特許なら延長できる」 と判示した最高裁判決 「平成21年(行ヒ)326」 のおかしさについては、今のところ指摘する人がいないのではないか。 去年の11月19日の投稿 「最高裁判決平成26年(行ヒ)356号で医薬品特許権延長問題はふりだしに戻る」 で書いた通り、神戸大の前田健氏 (神戸法学雑誌 65(1) 2015-06, p.1-44) は、代替性のある先行医薬品で市場を支配できていたのなら延長を認める必要はないとまで言っているのに、別特許なら延長できると判示した最高裁判決 「平成21年(行ヒ)326」 のおかしさについては書いてくれない。。 延長の可否や期間を判断するにあたって、別特許か否かなんて関係がない。 医薬品の承認を受けようとしている間に、市場代替性のある先行医薬品を実施できる状態だったのかが問題なのだ。 「切除不能の大腸癌」 については、凍結乾燥製剤を売っていたのだから、溶液製剤が別特許だからって、無条件に延長するのはおかしいでしょ。 それに、オキサリプラチンの凍結乾燥製剤は2012年3月末に薬価が削除されていて、後発メーカー側だって今さら凍結乾燥製剤は売れないだろうに、もし溶液製剤の特許期間が延びてしまったら、事実上オキサリプラチン製剤の完全な独占状態を持続させることになってしまい、特許権者側が丸儲けになっちゃうよ。 もちろん、凍結乾燥製剤が今でも販売可能であるとしても、溶液製剤への代替が進んだ現状で、需要がなくなりつつある凍結乾燥製剤だけを後発者に開放してよしとするのでは、特許権者は事実上、延長制度を利用して利益を二重取りすることになり適切ではない。

なお承認を受けようとしていた全期間にわたって、市場代替性のある先行医薬品を実施できる状態だった場合、「延長を拒絶する」 という対応でもいいけれど、延長は認めるけど、「延長期間をゼロとする」 とか、「延長の終期を、先行医薬品の独占期間の終期にそろえる」 というような対応でも、特許権者に二重の利益を与えないという結果は達成できる。 最高裁判決により、別特許であれば延長せざるを得ない今となっては、延長を拒絶することはできないのだから、延長期間を調節することで妥当な結果を達成することが現実的かも知れない。 昨年6月に公開した Sotoku 通号5号 の31ページ以降はそういうことを考えながら書いた。 特許権者にも後発者にも過剰な利益・不利益を与えないように 「延長期間」 をどうバランスよく調節するのかを考えることが、今後もっとも大事なのだと思う。

但し本件の場合、「切除不能の大腸癌」 については、溶液製剤の承認にかかった時間を根拠に延長するのではなく、凍結乾燥製剤の承認にかかった時間を根拠に延長することは認められるのかも知れない。 これについては後述の「(2−4)」参照。

(2−2) 「治験計画届け」 から 「承認」 までの期間が延長期間として適切なのか

さて、凍結乾燥製剤を実施できる状態だったのから延長する必要はないという上記の話は、「切除不能の大腸癌」 に関する部分であって、それ以外の部分については話は別だ。 私の理解では、本件の場合、「切除手術をした大腸癌」 (正確には、「結腸癌における術後補助化学療法」) に対する適用については、溶液製剤の承認を受ける前は、凍結乾燥製剤に関しても承認はされていなかった。 したがって、「切除手術した大腸癌」 用に溶液製剤を販売できなかったという不利益は、凍結乾燥製剤を販売することによっては補われていない。 だから、「切除手術した大腸癌」 への適用の部分については、延長されることは妥当なのだろう。 しかし、その期間が問題だ。 延長制度の趣旨は、特許発明を実施したくても実施できなかった期間を延長するというもので、現在の延長制度の運用では、「治験計画届け」 の提出日から 「承認書」 の到着までの期間が延長されることになっている (平成10年(行ヒ)43号)。 しかし本当にその期間が、特許存続期間が侵食された期間 (すなわち延長期間) として相応しいのかという疑問があるのだ。

この問題の一端は、今回の裁判で被告 (後発メーカー) が 「争点4 の(2)」 として指摘している (判決文の18ページ)。 今回の裁判の判決文に記載されている被告の主張によれば、「結腸癌における術後補助化学療法」 に対する延長登録出願において、特許権者は 「治験計画届け」 の提出日を 「平成17年2月28日」 と記載した。 判決文を読む限り、承認書の到着日は分からないが、平成21年8月の末ごろのはずであり、その期間である約4年半を延長期間として延長登録されている (判決文に添付の 「別紙2」 も参照)。

しかし被告の主張によれば、その治験計画届は、「結腸癌における術後補助化学療法」 を対象とする治験ではなく、対象とされたのは、先行医薬品である凍結乾燥製剤において承認された 「治癒切除不能の進行・再発結腸・直腸癌」、すなわち 「切除不能の大腸癌」 であった。 調べていないので違っているかも知れないけれど、もしこの治験が、2005 (H17) 年4月〜2006 (H18) 年1月にかけて行われた国内第I/II相試験 (試験名LOHP-PI/II-03) に該当するのであれば、それは 「治癒切除不能の進行・再発結腸・直腸癌患者」 を対象にFOLFOX4レジメンの安全性を検討することを目的とするもの (平成21年7月16日 PMDA審査報告書より) であって、「結腸癌における術後補助化学療法」 を対象としたものではない。 

そうすると、「平成17年2月28日」 という日付が、術後化学療法に対する延長期間の算出根拠として、一体どれだけ意味があるのかが怪しくなる。

なお、だからといって、術後化学療法に関する延長期間をもっと短くするべきだと思っているかと言えば、そうでもない。 PMDAの審査報告書によれば、術後化学療法を承認するにあたって最も重要な臨床試験は 「MOSAIC試験」 と名付けられた海外第III相試験 (実施期間は 1998 (H10) 年10月〜2001 (H13) 年1月にかけての2年強) と、その後の3年追跡調査の結果であるようだ。

MOSAIC試験は、凍結乾燥製剤の承認申請より前に海外で行われたもので、しかも凍結乾燥製剤の承認審査では、この試験結果があってもなお、術後化学療法への適用は承認できない旨を薬事当局が判断した経緯があるようだから、MOSAIC試験の開始日を延長期間の算出根拠の始期にするわけにはいかないかも知れないが、先発メーカーは、当初から術後化学療法への適用に関する承認を望んでおり、それがなかなか実現できず、術後化学療法が実際に承認されるまでには何年もの時間が過ぎてしまったのは確かだと言えるだろう。 したがって、それなりの長さの期間が延長されることは許容されてよいとは思う。 しかし少なくとも 「平成17年2月28日」 という日付は、術後化学療法が実施できなかった期間の算出根拠としては、実は意味はないのではないか。 この件に限らず、延長期間を決めるにあたって、「治験計画届け」 の提出日から承認書到着日までの間を一律に延長期間として採用するのは、実は実態を正確に反映しているとは言えないことが多いのではないかという気がしている。

じゃあどうするのかと聞かれても、いいアイデアはないのだけど。。 昔1つ考えたのが、臨床試験の種類別に、延長期間を固定してしまうこと。 抗がん剤の臨床試験を行った場合は、延長できる期間は〇〇年とか。 まあ、そのようにしてしまうと、実際の承認に要した期間が短くても長くても、それが延長期間に反映されなくなってしまうので、延長されることによりもたらされる利益が、承認により生じた不利益とはかけ離れたものになる可能性はある。 したがって現行の制度と比べて一長一短はあるだろうが。。

(2−3) 公知申請や臨床試験を他人がやった場合でも延長できる制度にすることはありうる

上で書いた話は 「大腸癌」 についてだが、本件の場合、2015年3月に 「治癒切除不能な進行・再発の胃癌」 について追加承認され、2015年11月には適用範囲が、切除手術を行った胃癌までを包含する 「胃癌」 に拡大されている。 しかしこの承認は、申請者が治験を行ったわけではなく、既に海外で公知になっている臨床試験や臨床データを基に承認申請が行われる “公知申請” であったため、再審査期間はつかなかったし、特許も延長はされていないようだ。 そのため後発医薬品も、ほとんど間をおかずに 「胃癌」 の効能を追加して販売されてしまった。

しかし、私はこれは制度変更の余地があると思っている。 たとえ 「公知申請」 であって、臨床試験を他人がやったものであっても、特許期間が侵食されることに変わりはないのであって、その期間、特許は延長されることにしても不当とは言えないというのが私の考えだ。

特許権者が自ら臨床試験を行っておらず、利害関係のない赤の他人や利害関係のあるライバルが臨床試験を行った場合でも、特許期間は侵食される。 その理論的なところは、2年前に出した Sotoku 通号1号の 1〜9ページに書いた。 要するに、クレームの範囲に含まれるある発明の実施 (たとえばある医薬品の製造販売) について、「なんびともその発明を実施できなかった」 という客観的状況があれば、その間、その特許存続期間は侵食されたと考えてよいのであって、そのときに誰がその発明を実施しようとしていたのかということは関係がない。 もちろん、特許権者が実施しようとしていて実施できなかったのなら (つまり、特許権者が治験をしたり、承認手続を行っていたりしたのなら)、特許権者はその時点で、早く実施したいのに実施できないという損害を自覚できるのだろうが、特許権者は実施しようとしておらず、他人が実施しようとして臨床試験を行った場合、特許権者はその時点で損害を自覚できないというだけで、特許権の存続期間が侵食されていることに変わりはない。 例えば特許権者が、自分では実施する気はないけれど、誰かにライセンスしようとしていて、「ライセンシー募集中。 臨床試験にかかった期間は特許延長できます!」 というふれ込みでライセンス先を探していたところ、知らない間に赤の他人が臨床試験を行って承認を取ってしまった場合に、他人の実施を抑えられないのはおかしいでしょう? たとえ赤の他人が臨床試験を行っても、その期間はその医薬品に関する特許発明の特許期間は侵食されているのであって、赤の他人が実施した時点で、特許権者は損害を自覚することになるのだ。

これについて知財高裁大合議判決 (平成25(行ケ)10195〜10198号;平成26年5月30日) は、医薬品の承認を受けようとしていた期間も 「差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない」 と説示し、延長制度は 「特許権者の被る不利益の内容として,特許権の全ての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものであるといえる」 と説示している。 つまり大合議判決は、医薬品の承認を受けるにあたって、他人が臨床試験を行ったような場合に延長しなくてよいのは、その間、差止めや損害賠償を請求する権利は侵食されていないからだと言いたげなのだ。 しかし、ある医薬品について他人が承認を受けようとしている間、その医薬品について差止めや損害賠償を請求できる可能性はあったか? そのとき、その医薬品は承認を受けようとしていたのだから、他人が承認を受けている間にその医薬品が製造・販売される可能性はなかった。 したがって、その医薬品について差止めや損害賠償を請求できる可能性もなかった。 つまり、承認を受けている間、その医薬品については、実施する権利を行使することが妨げられていただけでなく、その医薬品の製造販売について差止めや損害賠償を請求する権利を行使することも妨げられていたと捉えるのが正しい。 結局、承認を受けようとしているのが誰であろうと、その間は、その医薬品に対する特許権は、実施する権利の部分だけでなく排他する部分の権利も含め、すべての権利行使が妨げられていた。 だからこそ、排他的権利までを含めて延長しなければならないのであり、他人が承認手続を行った医薬品に対する特許権を延長することにも理由があるのだ。

とは言っても、Sotoku 通号5号 の26〜27ページに書いた通り、特許権者が実施もライセンスもする気がないというのであれば、たとえ特許期間が侵食されても回復させる必要はないのかも知れない。 しかし、特許権者が実施する場合、すなわち、本件のように公知申請ではあっても、自ら 「胃癌」 について承認を取得して販売する場合は、胃癌の承認のために侵食された期間、すなわち、胃癌のためのオキサリプラチン製剤を販売したくてもなんびとも実施できなかったと客観的に言える期間は、特許期間を回復させる制度にすることはありうるだろう。 その期間が本件の場合にどのくらいになるのかはよく分からないが、臨床試験をして患者の奏功率や生存率を調べるのだから、3年や4年はかかっていても不思議ではないし、その後で申請して承認を受けるのだから、それなりの年数は延長されてもおかしくはない。

なお、本件の医薬品は 「膵癌」 についても追加承認されているが、特許期間は2年10ヶ月弱しか延長されていない。 医薬品インタビューフォームを見る限り、この延長は、原告側の国内メーカーが2011年6月から行った国内II相臨床試験 (LOHP-PII-05試験) が根拠になっているように見える。 しかし承認審査にあたっては、それ以前に海外で行われたII/III相臨床試験(ACCORD11試験)の試験結果も承認の根拠として使われている。 それらの複数の臨床試験があって初めて承認されたのだとすれば、必要だった臨床試験の期間はもっと長かったとみなされてもよいのかも知れない。

ということで、この 「(2−3)」 の問題に関しては、特許権者側にもっと有利な制度運用に変更することも妥当性があると思う。 しかし今のところ、他人が臨床試験をしても延長してよいのだと言っているのは日本で私だけかも知れない。 これもまた、「努力した人を優遇しよう」 という感覚に基づく制度作りが、特許制度に理論的な不整合をもたらしている一例と言えるのではないか (それが悪いとは一概には言えないかも知れないが・・・)。 ちなみに欧州では、他人がやっても延長できるという判決があったんじゃなかったっけ? (Sotoku 通号1号の9ページおよび脚注5) その後どうなってるかは知らないが。

なお、もし他人が承認を受けた場合であっても自分の特許を延長できることにすれば、延長された特許権の効力範囲は “点” でもいいことになる。 なぜなら、全ての医薬品は、承認を受けなければ販売できないのだから、医薬品が承認されるたびに、その医薬品に対してのみ効力を発揮する特許権を延長させればよいからだ。 後発メーカーが後発医薬品の承認を受けたら、その後発医薬品にだけ及ぶ特許権の効力を延長すればいいのだ。 「生物学的同等性」 の比較対象とした先発医薬品の延長期間と同じだけね。 それが実現できれば、延長された特許権の効力範囲など、なくていいということになる。 2年前に書いたその発想が、延長問題に関する私の考察の出発点だった (2014年10月15日『「効力範囲が狭い」≠「実効性がない」』)。 今でも、理論的にはその考え方が正しいと思ってる。

(2−4) 特許登録前に行った臨床試験でも延長する根拠になりうる

現在の延長制度では、臨床試験が特許登録前に開始された場合、特許登録前に行われた臨床試験の期間は延長することができない。 しかし、1月21日の投稿の「1.」でも書いた通り、臨床試験が特許登録前に行われた場合でも、その間、権利期間が侵食されたことに変わりはなく、侵食された権利を、その期間だけ回復させることに合理性はある。 もっとも、まだ特許になっていない期間は “特許期間” ではないから、回復させるべき期間は “特許期間” ではなく、“特許前の期間” ということになるが (下図)。 

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  Sotoku 通号1号より (一部改変)


ちゃんと調べていないけれど、本願の出願は1995年8月7日 (優先日 1994年8月8日、登録日 2004年4月)。 それに対して、凍結乾燥製剤 (効能効果は「切除不能の大腸癌」) の日本での承認日は2005年3月で、「切除不能の大腸癌」 のための海外臨床試験は2000年より前から行われていたことを考えると、本願の出願後であって、かつ先行医薬品である凍結乾燥製剤が承認される前の期間、すなわち、特許権者側がまだ日本でオキサリプライン製剤を何も販売できていない時期に 「切除不能の大腸癌」 について臨床試験が行われていたわけで、その間に生じた侵食期間は回復させることに理由はあると思う。


(1)」 で書いた通り、延長された特許権の効力は、特許のクレームの範囲に含まれるものである限り、生物学的同等性を前提に承認されるあらゆる後発薬に及ぶことにする妥当性はある。 また、「(2−3)」 で書いた通り、自分が治験を行った場合であろうが他人が治験を受けた場合や公知申請であろうが延長できる制度にする理由はある。 また、「(2−4)」で書いた通り、登録前の期間でも延長できる制度にする理由はある。 そして、「(2−2)」 の最後に書いた通り、例えば抗がん剤の延長期間は一律に〇〇年だと決めることも考えられなくはない。 もしそういう制度になるとすれば、代替性のある先行医薬品を既に実施しているというような複雑な事情がない限り、医薬品特許の延長期間は、さみだれ式に追加されていく適用疾患 (例えば抗がん剤で言えば、大腸癌、膵癌、胃癌・・・) の違いによらず、すべて 「〇〇年」 でそろうことになり、簡潔で分かりやすい制度になるんだけどね。。 仮にそういう制度にしたとしても、「侵食された特許権の存続期間を回復させる」 という理論的な側面において、現行の運用に比べて劣るとは言えないと思う。

*     *     *

以上の通り、延長問題は 「延長された特許権の効力範囲」 だけを考えても解決しないと思う。 今後もっとも真剣に考えなければならないのは、「延長期間」 だ。 2回の最高裁判決が出て、67条の3第1項3号の問題は解決したから、残るは68条の2の 「延長された特許権の効力範囲」 の解釈問題だけだなどと考えたりせず、制度運用の抜本的な変更までを視野に入れながら、あるべき延長制度を考えていく必要があると思う。


[先日、書きかけの投稿が公開されちゃって恥ずかしいので、まだちょっと考えたりないかも知れないけど公開することにします。。 後日直すかも。(2016/9/15)] [2016/9/20 修正した。] [2016/9/22 再修正。 これでいいかなぁ。。] [2016/11/05 修正。]

posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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