2016年12月13日

オキサリプラチン侵害訴訟 控訴審判決 平成28(ネ)10031(平成28年12月8日)


特許延長問題の最近の論説について感想を書いている途中ですが、オキサリプラチン事件に関して知財高裁の判決文が公開されたので、今回の投稿はちょっと脱線して、そのことについてコメント。

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オキサリプラチン製剤に関する特許 「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」(特許第4430229号) の侵害差止事件において、今年の3月3日に東京地裁の民事46部で出された一審判決 (平成27(ワ)12416号) に対する控訴審判決が、先週木曜日に知財高裁第3部 (鶴岡稔彦裁判長) において出された (平成28(ネ)10031;平成28年12月8日)。

この特許に関しては、侵害を否定する判決が、今年の9月から10月にかけて東京地裁の民事29部と40部において連続して3件出されており (平成27年(ワ)28849平成27(ワ)28468平成28年(ワ)15355)、流れは権利行使 “肯定” から “否定” へと転換したようであったが、今回出された知財高裁判決においても、その流れのまま侵害を否定する判決となった。 判決内容も、先の3件の地裁判決と同様、この特許発明はシュウ酸を “添加” したものに関するものであって、オキサリプラチンの分解で自然に生成したシュウ酸 (解離シュウ酸) しか含まない被疑侵害者の製品は特許発明の技術的範囲に含まれないというもの。 なお本件が、差止め請求を棄却する判決であるのに対し、同じ被疑侵害者に対する損害賠償請求を棄却した判決が、平成28年10月31日に東京地裁で出された平成28(ワ)15355 に当たる (東京地裁 民事29部; 嶋末和秀裁判長)。 これら2つの判決内容は比較的一致している。

オキサリプラチンに関連する一連の事件に関しては、これまで特許権者に有利な審決や判決が続いていたが、特許権者の請求を棄却する判決を初めて行ったのが、本件の特許権者が保有するもう1つの特許 (特許3547755) に関して嶋末コートが行った判決だった (平成27年(ワ)12414;平成28年3月30日)(その判決については9月15日の投稿を参照)。 そして本件特許 (特許4430229) に関する一連の事件に関しても、侵害を否定する判決を初めて行ったのが嶋末コートだった (平成27年(ワ)28849;平成28年9月12日)。 それを考えると、オキサリプラチンの一連の事件に関して嶋末コートが果たした役割は大きかったと言えるのではないか。

嶋末和秀氏は、弁護士登録した後で東大薬学部に入り、薬学の研究を経験した後で特許業界に入り、代理人を経験した後で裁判官になったという経歴を持っている (パテント Vol.59, No.5, 3-30, 2006 の 8ページ)。 もっとも、本件の特許侵害を否定する判決自体は、上述の通り東京地裁民事40部 (東海林保裁判長) も行っているし、今回の知財高裁第3部 (鶴岡稔彦裁判長) も行ったのだから、適正な判決を出すのに専門技術の知識が必要だということにはならないだろうし、単なるオキサリプラチンの水溶液を特許侵害にしてよいのかを考えれば、たとえ技術など分からなくても、権利行使を否定すべきだという結論は出せるはずではある。 しかし、過去の審決や判決がいずれも特許権者に有利な判断となっているときに、それでも我が道を行く判決を行おうとする際には、専門分野に対する知識が後押ししてくれることもあるのではないか。

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さて、今回の判決では、上述の通り、本件の特許発明は 「添加したシュウ酸」 に限定して解釈された。 オキサリプラチンの後発薬を販売しているジェネリック医薬品メーカーの中で、わざわざシュウ酸を添加した製品を出しているメーカーはないだろうから、今回の判決によって、この特許は事実上、いずれのジェネリック医薬品メーカーに対しても権利行使できない特許となったわけで、ジェネリック医薬品メーカーにとっては、この特許はもはや、存続していても障害にならない特許、つまり無効にする必要もない特許となってしまっただろう。

しかし、本件特許 (特許4430229) には、無効審判 (無効2014-800121;平成27年7月14日) の審決取消訴訟 (平成27年(行ケ)10167) が今のところ係属しており、今回と同じ知財高裁第3部 (鶴岡コート) で来年の3月8日に判決が行われる予定となっている (知財高裁HPの事件情報より)。 今回の判決では、本件特許発明の技術的範囲は 「添加したシュウ酸」 に限定して解釈されており、同じ知財高裁第3部で判断される以上、その判断が変わることはないだろうが、無効審判の審決取消訴訟においても同じように解釈されるのか、すなわち、発明の要旨認定においても同じ解釈が採用されるのか、それとも、ひょっとして要旨認定においては 「解離シュウ酸」 も含むものとして解釈されるのか、そこはちょっと興味深いのではないか。 ちょっと想定しにくいが、仮に来年3月の判決で、今回のクレーム解釈とは違う解釈が用いられるとすれば、同じ裁判体が侵害論と無効論において違うクレーム解釈を用いる好例となるだろう。

たとえ今回と同じように 「添加したシュウ酸」 に限定して解釈されるとしても、その発明に特許性があるのか否かという点について知財高裁の判断が聞けるというのは十分興味深い。 もし今回の判決で、本件の特許発明は 「添加したシュウ酸」 に限定されるものではなく、「解離シュウ酸」 も包含されるとみなされ、「だから新規性・進歩性がないので無効理由があるから104条の3により権利行使できない」 と判断されていたとすれば、審決取消訴訟でも同様に判断されて特許は無効になることになり、特許権者としては、クレームを 「添加したシュウ酸」 に訂正してまで特許を維持するのもバカらしいだろうから、特許を捨ててしまうかも知れない。 そうなると、「添加したシュウ酸」 に限定すれば特許性があるのか否かという点については、知財高裁の判断が示されないまま事件は終了してしまうことになるが、今回の判決により、その事態はとりあえず回避されたわけだ。

例えば、クレームの 「シュウ酸」 を 「添加したシュウ酸」 に限定して解釈すれば、この特許は進歩性があるのかに関連して、東京地裁の9月12日判決で嶋末コートは以下のように判示している。

 [嶋末コート 9月12日判決 平成27年(ワ)28849 の裁判所の説示より]
H27wa28849-01-2.png
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また東京地裁の10月28日判決で東海林コートは次のように説示している。

 [東海林コート 10月28日判決 平成27年(ワ)28468 の裁判所の説示より]
平成27(ワ)28468-02.png
平成27(ワ)28468-01.png

ちなみに、この特許が無効にされるべきであるのかという点については、東京地裁の民事46部 (長谷川浩二裁判長) も、3月3日判決 (平成27(ワ)12416) において次のように説示しているのは、5月10日の投稿でも触れた通り。

 [長谷川コート 3月3日判決 平成27年(ワ)12416 の裁判所の説示より]
平成27(ワ)12416kakubetu.png

そして、今回の判決で、知財高裁第3部 (鶴岡コート) は以下のように説示した。

 [鶴岡コート 12月8日判決 平成28(ネ)10031 の裁判所の説示より]
平成28(ネ)10031-01.png
平成28(ネ)10031-02.png

以上の通り、各裁判所の説示は、どれもおおむね一致している。

そして、オキサリプラチンはシュウ酸とジアクオDACHプラチンに分離し、逆に、シュウ酸とジアクオDACHプラチンは結合してオキサリプラチンが生成するという可逆的な反応系において、シュウ酸濃度を増加させれば、シュウ酸濃度が減少する方向に反応の平衡点が移行すること、すなわち、シュウ酸を添加すればオキサリプラチンの分解が抑制されることがもし自明だと言うのなら、たとえ本件特許発明を 「添加したシュウ酸」 に限定して解釈したところで、自明だということになるのではないか。

これについては 5月10日の投稿の 「有用化合物のお手軽な市場独占方法」 というところでも書いたが、ある有効化合物の分解産物の1つ (例えば本件の場合はシュウ酸) を添加して分解が抑制されるかを試した結果、分解が抑制されたとして、それが “進歩性” がある発明なのか? そういう発明に特許を与えるというのが特許制度として妥当なのか? という問題だと思うのだ。

今回の判決によって知財高裁第3部は、この問題についてより具体的に説示するチャンスを作ったわけで、少し期待しながら来年3月を待ちたい。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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