2017年01月23日

オキサリプラチン事件大合議判決平成28年(ネ)10046(延長された特許権の効力)


医薬品特許の延長された特許権の効力に関して、知財高裁大合議判決 「平成28(ネ)10046」 が1月20日に出された。 この大合議判決については、昨年の11月21日の投稿や12月19日の投稿でも話題にした通り、すばらしい判決が出ると期待するよりは、おかしな判決が出てしまうのではないかと心配する気持ちの方が強かったけれど、実際の判決は、すばらしくはなかったけれど、評価できるところもあった。

1.評価できる点

今回の大合議判決で評価できるのは、平成27(行ケ)10105 に言及して、その判決とは一線を画すのだという態度を明確にしたこと、すなわち、被告製品は本件特許発明の技術的範囲には含まれないのだということを明言したことだ。

昨年12月19日の投稿で私は、今回の事件の一審 (東京地裁 平成27年(ワ)12414) に関して、『今回の事件は、(被告製品は) 本件特許の技術的範囲にそもそも入らないか、あるいはこの特許はそもそも新規性・進歩性がないので無効とされるべきものであるという理由で特許権行使を否定する判決を行うことができたのだから、延長問題に触れずに判決を行ってもよかった』 と書いた。 但し、そうしようとすると、この特許 (特許3547755) の特許性を肯定的に判断した過去の2つの知財高裁の判決 (平成22年(行ケ)10122 および 平成27(行ケ)10105) が邪魔になってしまう。 特に昨年3月9日に知財高裁第2部 (清水節裁判長) が出した 「平成27(行ケ)10105」 判決は、本件特許発明 (請求項1) の 「濃度が 1 ないし 5 mg/ml で pH が 4.5 ないし 6 のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、・・・」 という表現について、オキサリプラチンと水以外の成分が含まれていてもよいのだと説示した上で、かつ、そのような発明はサポート要件を満たすと説示していることから、その判決に従う限り、今回の事件の被告製品である 「グリセリン入りのオキサリプラチン水溶液」 は、特許発明の技術的範囲に含まれることになってしまう。 だから、今回の被告製品は特許発明の技術的範囲に含まれないという結論を出すためには、「平成27(行ケ)10105」 判決の結論を否定することが必要になるのだ。

これについて、12月19日の投稿で私は以下のように書いた。

[12月19日の投稿より]
なお今回の大合議が、延長問題について判示するために組まれたのではなく、単に過去の上記2件の知財高裁判決 (平成22年(行ケ)10122 および 平成27(行ケ)10105) を再評価するために組まれたものであるのなら、それはそれで評価できる。 5月10日の投稿で書いた通り、特に平成27(行ケ)10105判決の説示については、特許権者側に有利な説示を行い過ぎている点で私は不満があるし、そうした説示が特許権者の強気な訴訟行為を後押ししてしまったことは否定できないのだろうから。

事実、今回の裁判でも、一審の原告 (特許権者) は、「平成27(行ケ)10105」 判決を盾に、次のように主張している。

[平成28年(ネ)10046 判決文17ページ 特許権者の主張]
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つまり、被告製品の 「グリセリン入りのオキサリプラチン水溶液」 が本件特許発明の技術的範囲に含まれることについては、“別件訴訟” (すなわち平成27(行ケ)10105) で既に決着済みだと指摘したわけだ。 これに対して、今回の大合議判決で裁判所は以下のように判示した。

[平成28年(ネ)10046 判決文17ページ 裁判所の説示]
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そして、今回の判決が、“別件訴訟” (平成27(行ケ)10105) の判示内容と矛盾することについて、大合議判決は以下のように説示した。

[平成28年(ネ)10046 判決文17ページ 裁判所の説示]
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平成27(行ケ)10105 で裁判長をした清水判事は、今回の大合議判決の裁判官のメンバーとして入っている。 大合議判決において、自分がした判決をこういう形で引用するというのは、清水氏としてはうれしくはないでしょうね。 また今回の判決は、次に見る通り 「延長された特許権の効力」 という観点でも権利行使を否定する判断が示されているから、被告の後発医薬品が本件特許発明の技術的範囲に含まれるか否かについては、判断を示さないことも可能だった。 すなわち、平成27(行ケ)10105 については言及せずに、しらばっくれることもできたはず。 でもそうせずに、平成27(行ケ)10105 に言及して、技術的範囲に含まれないということをはっきりと明言したというのは、平成27(行ケ)10105 で説示してしまったことに対して落とし前をつけたということであって、知財高裁としても清水判事としても、一応の責任は果たしたと言えるでしょうね。 だからそこは評価できると思う。

*   *   *

2.評価できない点

今回の大合議判決で評価できないのは、「延長された特許権の効力」 に関して、一審の嶋末コートの判決 (平成27年(ワ)12414) と同じような説示をしたこと、つまり、「有効成分の物質特許のような場合は、延長された特許権の効力範囲は広く考え、製剤特許のような場合は狭く考えましょう」 みたいなことを説示したこと (判決文の30-31ページ)。 したがって今回の大合議の説示に対しては、一審に対してコメントした昨年9月15日の投稿と同じ批判が当てはまる。

上記の通り裁判所は、被告製品は、そもそも本件特許発明の技術的範囲に含まれないと判示したわけだ。 それなら、その余を判断するまでもなく控訴人 (特許権者) の請求を棄却すればよいのであって、延長された特許権の効力について言及する必要はなかった。 それでも判断を示すというのなら、延長制度の本質を突いた正しい説示をしてくれないと。。 有効成分の物質特許の場合は広く、製剤特許の場合は狭くなどという考え方は、単なる弥縫策に過ぎないのであって、特にパシーフカプセル30mg事件の最判によって、別特許になってさえいればわずかに異なる医薬品でも延長できるようになってしまっている現状においては、延長制度の問題を根本的に解決するものではない。

今回の裁判で一審の原告 (特許権者) は、被告の後発医薬品が、特許権者の先行医薬品の製造販売承認に 「全面的に依拠」 することにより、治験をまぬがれて簡易に承認を受けている以上、延長された特許権の効力 (特許法68条の2) の観点においては、権利行使が認められるべきだと主張した。 この点は私も同感で、だから先月投稿した Sotoku 7号 でも、「延長された特許権の効力」(特許法68条の2)は、特許権者の製造販売承認を利用しているとみなせるか否かを問題としている」 と書いた (以下に引用)。 もちろん、本件の場合はそもそも被告製品は特許発明の技術的範囲に含まれていないのだから、延長された特許権の効力(特許法68条の2) を考えるまでもなく権利行使は否定されるのではあるけれど、特許法68条の2 の意義は、特許権者の製造販売承認に対する依拠性を判断することにあると思う。

Sotoku 7号 21ページ]
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これに対して今回の大合議判決で裁判所は、次のように一審の原告 (特許権者) の主張を一蹴した。

[平成28年(ネ)10046 判決文45ページ 裁判所の説示]
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特許権者の先行医薬品に全面的に依拠して、治験を行うことなく後発医薬品が承認されたのに、延長された特許権で抑えることができないことが許容されるのだとしたら、なぜそれが制度趣旨にかなうのかをむしろ説明してほしいのだけど? そして、そういう場合がどういう場合なのかを、具体的に例示してほしいのだけど?

確かに 68条の2 の文字面だけを読めば、特許権者の製造販売承認に対する依拠性を判断するための条項だと解釈することは難しいかも知れないけれど、それは条文を作った人が、制度趣旨の本質を正確に反映させる条文を作らなかったというだけじゃないの? たとえ 68条の2 の文面から 「特許権者の製造販売承認に対する依拠性」 を判断することの重要性を直ちに導き出せないとしても、そのことは、「特許権者の製造販売承認に対する依拠性」 を判断することが制度趣旨に反している証拠とは言えない。

上に引用した通り、裁判所は 「法68条の2の制度趣旨」 という言葉を使っているのだけれど、「法68条の2の制度趣旨」 という言い方がそもそもおかしい。 法68条の2 は条文であって制度ではないし、68条の2 は 67条の3 とセットで機能するものであり、68条の2 だけを切り離して考えられるものではない。 68条の2 の文面が、果たして 「延長制度の制度趣旨」 に合致しているのかが問われなければならないのだ。 裁判所はそれをせずに、「制度趣旨」 と 「68条の2 の文面」 をなかば同一視し、「68条の2 の文面」 に過度に頼って結論を導こうとしているために、延長制度の制度趣旨からは、むしろ乖離してしまっているのだと思う。

また、裁判所は、一審の原告 (特許権者) の主張を批判するために次のように説示している。

[平成28年(ネ)10046 判決文47ページ 裁判所の説示]
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上に引用した通り裁判所は、「一審原告の主張は,・・・ 有効成分や治療効果のみに着目して延長された特許権の効力範囲を論ずるもの」 だと論難している。 しかし一審原告 (特許権者) は、先行医薬品の承認に全面的に依拠したかどうかに着目すべきだと主張しているのであって、「有効成分や治療効果のみに着目すべきだ」 などとは誰も主張していない。 薬事当局は、有効成分や治療効果のみに着目して後発医薬品を承認するわけではない。 医薬品の製造販売承認において薬機法が、成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査するよう規定している以上、後発品であろうが、それらの事項が判断された上で承認されるわけだ。 したがって、先行医薬品の承認に全面的に依拠して後発薬が承認された以上は、成分、分量、用法、用量、効能、効果等の同等性が判断されているとみなすべきで、有効成分や治療効果のみに着目して後発薬が承認されているかのような裁判所の説示は、一審原告の主張を正しく理解しておらず、薬機法や薬事制度も正解していないと言うべきだろう。

先にも言った通り、もし裁判所が、特許権者の先行医薬品に全面的に依拠して後発医薬品が承認されたのに、延長された特許権の効力を及ぼすことが妥当ではない場合があると思っているのなら、それがどういう場合なのか、そして、それがなぜ制度趣旨にかなうのかを、具体的に示すべきだ。

そういう場合がもしあるとすれば、それは特許権者が、特許権者の医薬品の承認を受けるより前に、すでに高い代替性のある先行医薬品を独占的に実施していた場合や、その先行医薬品の承認に基づいて、既に特許権を延長し、その延長された特許権の効力が広く及んでいる場合だろう。 しかし、そういう場合に特許権者が二重利得を受けることを防止するのは、法67条の3が法68条の2と協同して担うべき役目であって、法68条の2が単独で担うべき役目ではない。(←2017/2/2ちょっと修正)

したがって、そういう場合にそもそも延長を認めるべきか、あるいは、延長期間をどのように設定するのか、ということを、法67条の3の解釈 (あるいは制度趣旨) に立ち返って考え直す必要があるのであり、先の2件の最高裁判決 (特にパシーフカプセル事件の最高裁判決) で、法67条の3の問題は本当に解決しているのかを再評価する必要があるのだ。

それなのに、単に 「延長された特許権の効力」 (法68条の2) における “実質的同一” の解釈論だけで問題を解決しようとしている一審 (平成27年(ワ)12414) の嶋末コートの判決や、今回の大合議判決は、しょせんは不完全な弥縫策でしかなく、延長制度の問題を解決するものではない。 たとえ “実質的同一” の解釈を、法67条の3第1項1号における実質的同一の解釈と連動させるとしても、パシーフカプセル事件の最高裁判決をそのままにして、別特許なら無批判に延長を認めることにしている限りは、特許権者に二重利得の抜け道を提供し続けることになり、後発者はそれを回避するために、先発医薬品には含まれていない新たな成分を付加して新たな効果を奏する後発医薬品を開発するという無駄な努力を強いられてしまうし、逆に特許権者が二重利得を受けていないのに、特許が製剤特許であるからといって延長された特許権の効力が異常に狭く解釈され、特許権者の医薬品に依拠して承認された後発品 (であって特許発明の技術的範囲に含まれるもの) であっても簡単に特許を回避できてしまうのでは、保護として不十分だろう。 “実質的同一物” の解釈論だけで問題を解決しようとする限り、そうした不都合を回避することはできない。

したがって、「延長された特許権の効力」 に関する今回の判決の説示は評価できない。

まあ、知財高裁に最高裁判決や特許法の条文を批判しろというのもなんではあるが。。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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