2017年03月15日

平成27(行ケ)10167オキサリプラチン審決取消訴訟(知財高裁平成29年3月8日判決)


3月8日、シュウ酸入りのオキサリプラチンに関する特許 (特許第4430229号 「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」) の無効審判に対する審決取消訴訟の判決があった (平成27(行ケ)10167;知財高裁第3部 (鶴岡稔彦裁判長))。

判決文の内容は、同じ鶴岡コートで出された侵害訴訟の判決 (平成28(ネ)10031;平成28年12月8日) とほぼ同じで、この発明はシュウ酸を “添加” したものに関するものであって、オキサリプラチンの分解で自然に生成したシュウ酸 (解離シュウ酸) しか含まないオキサリプラチン水溶液は、クレームの範囲には含まれないというもの。

今回の審決取消訴訟の対象となった無効審判 (無効2014-800121) で特許庁審判合議体は、以下のように説示した。

[無効2014-800121 審決より]
無効2014-800121-0314-1.png
無効2014-800121-0314-2.png

つまり審判合議体は、本件特許発明にいう 「緩衝剤の量」 は、添加した緩衝剤に限定されず、水溶液中で生成した緩衝剤までを含む 「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 と意味することは明確だと説示し、「緩衝剤」 は 「追加され混合された緩衝剤」 に限定されるという無効審判請求人の解釈は採用できないので、それに基づく主張は検討しないと説示した。

それに対して今回の判決では、「緩衝剤の量」 を 「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 だと解釈するのは誤りだと指摘し、「追加され混合された緩衝剤」 だと解釈して新規性・進歩性を検討していないことを理由に審決を取り消した (以下)。

[平成27(行ケ)10167]
平成27(行ケ)10167-02.png

まぁ、多少気になるのは、審決はあくまで、クレームにいう 「緩衝剤の量」 は、「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 だと言っているだけで、「現に含まれる全てのシュウ酸の量」 だと明言しているわけではないんだよね。 ここで、もし今回の判決で裁判所が説示したように、「緩衝剤」 は 「添加シュウ酸」 に限定解釈されるのであれば、「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 とは、「現に含まれる全ての添加シュウ酸の量」 だと解釈されるわけだから、それでいいじゃないかということになる。 すなわち、審決が 「緩衝剤の量」 を 「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 だと説示していること自体は、誤りとは言えないとみなすこともできる。

この点は、今回の判決において裁判所自身が、次のように説示している。

[平成27(行ケ)10167 より]
平成27(行ケ)10167-03.png

上記の説示と同様に、「緩衝剤」 を外部から添加されたものに限るとの解釈を採るのであれば、たとえ 「緩衝剤の量」 を 「現に含まれる全ての緩衝剤の量」 だと解釈したとしても、「緩衝剤」 に 「解離シュウ酸」 が含まれることにはならないのだから、審決が説示した表現が誤りとまでは言えないということになるのではないか。

つまり、審決の上記の説示からだけでは、この審決が誤りであると結論することはできないと思うのだ。 審決が不適切であると結論するためには、「緩衝剤」 に 「解離シュウ酸」 が包含されると審決が考えている根拠を、別途、示す必要がある。

この点は、この審決に関して昨年の5月10日の投稿したときにも気になったのだけれど、審判合議体は 「緩衝剤」 に 「解離シュウ酸」 が含まれるとは思ってはいなかった、あるいは、思っていたとしてもそれについて審決で書くのは避けようとしていた可能性もなくはない。 『無効審判請求人の請求を棄却するために必要最小限のことだけを説示し、言う必要のないことは一切言わない。 “見ざる言わざる” を貫く。』 ということを実行した可能性があるということ。

但し、5月10日の投稿でも言った通り、審決では、オキサリプラチンを注射用水に溶かしただけの水溶液を加温保存した結果、オキサリプラチンが分解してシュウ酸が生成したようなもの (審決において 「引用発明A」 や 「引用発明B」 と認定されているもの) に関して、『引用発明Aの 「シュウ酸」 は本件訂正発明1における 「緩衝剤」 に相当し、・・・』、『引用発明Bの 「シュウ酸」 は本件訂正発明10における 「緩衝剤」 に相当し、・・・』 と指摘しているから、単なる分解産物 (不純物) として存在しているだけのシュウ酸 (すなわち “解離シュウ酸”)も 「緩衝剤」 に包含されると考えているとみなすことができ、その説示を併せて初めて、この審決は不当だと言えることになるのだと思う。

なお私は、「緩衝剤」 を 「添加シュウ酸」 にまで限定解釈する必要はなくて、「緩衝剤たるシュウ酸」 を水溶液中で発生させることを意図して、「緩衝剤ではないシュウ酸前駆物質」 を添加したような場合もクレームの範囲に包含されてよいと考えており、「緩衝剤」 を添加することに限定する裁判所の解釈に頼りたくない (緩衝剤ではないものを添加して、水溶液中で緩衝剤を発生させた場合もクレームに含まれる) と思っているから上記のように言っているわけ。 それに対して裁判所は、「緩衝剤」 という言葉を 「添加した緩衝剤」 に限定解釈しているから、審決が 「・・・ 追加され混合された緩衝剤の量であるとする解釈)は採用できない」 と説示していることだけをもって、この審決は誤りだと結論することができるのだろう。

それはともかく、たとえ審判合議体が、上述のように 「緩衝剤」 に 「解離シュウ酸」 が含まれるのか否かという問題に言及することを巧妙に避けて “見ざる言わざる審決” を行ったのだとしても、結局は、そうしたやり方が今の混乱をもたらしたのだし、かつ、そうした審決のやり方は、知財高裁には通用しないということも今回の判決で明らかになったのだから、そういう技巧的で分かりにくい審決はもうやめてよね、ということなのだと思う。

*   *   *

もう一つ、今回の判決で気になったのは、今回の判決文の最後で裁判所は、審判合議体が 「緩衝剤」 を添加されたものに限定解釈せずに審決を行ったことに関して、「してみると,本件審決の上記要旨認定の誤りは,少なくとも本件訂正発明1ないし17に係る進歩性欠如の無効理由についての審決の判断に影響を及ぼすものといえる。」 と説示して審決を取り消していること。 しかし果たして、「緩衝剤」 を添加されたものに限定解釈しなかったことは、本当に進歩性の判断に影響を及ぼすと言えるのだろうか?

審決は、「緩衝剤」 が添加されたものに限定されなくても、本件発明には進歩性があると判断したわけだ。 そうであるのなら、「緩衝剤」 を添加されたものに限定したら、発明の範囲は狭くなるのだから、論理的には、進歩性があることはより確実になるはずであって、審決における進歩性の判断に影響を与えないことはむしろ明らかだと言えるのではないか?

そう考えると、今回の判決は、審決を取り消す理由としては不十分だと思うのだ。 審決を取り消すためには、もっとズバリと核心に切り込むこと、すなわち、『「緩衝剤」 を添加されたものに限定解釈したとしても進歩性がない』 ということを判示する方がよかったんじゃないのかなぁと思う。 その点は今回の裁判で争点になっているのだから。

なお、今回の判決で、裁判所自身が次のように説示している。

[平成27(行ケ)10167 より]
平成27(行ケ)10167-04.png

つまり、優先日当時の技術常識によれば、「外部からシュウ酸を添加すると,ル・シャトリエの原理 ・・・ によって,シュウ酸の量を減少させる方向,すなわち,・・・ オキサリプラチンが生成される方向の反応が進行し,・・・不純物・・・ の生成を防止する作用を果たすものといえる。」 と裁判所は説示しているわけだ。 そこまで言っておいて、添加シュウ酸に限定した発明に進歩性がないということを判示することをなぜ避けるのだ?

結局、審決も判決も “見ざる言わざる” みたいなものが多くて、なんかストレス溜まるんだよなぁ。。

*   *   *

とはいえ、今回の判決で、少なくとも “審決取消” という結論は出された。 私が昨年5月10日に投稿したころは、知財高裁の判決は特許権者に有利なものしかなく、かなり絶望的な心境だったけれど、今振り返って感じるのは、「ともかく裁判所は機能した」 ということ。 そして裁判所は、特許要件の技術的な判断においても、特許庁審判部より信頼が置ける場面があるということも分かった。

今回の一連の事件の経緯は、ダブルトラック問題を考える上でも示唆的な事例になるだろうと思う。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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