2017年06月20日

医薬品特許の延長制度論をどう評価するか(田村先生・高林先生最新論説)


医薬品の特許延長問題に関して、最近、北大の田村先生と早大の高林先生の論文が出た。

判例研究 特許権の存続期間延長登録制度の要件と延長後の特許権の保護範囲について
 ― アバスチン事件最高裁判決・エルプラット事件知財高裁大合議判決の意義とその射程 ―
田村 善之 著
知的財産法政策学研究 Vol.49 (2017) 389-452

重要知財判例評釈(第8回) 延長登録された特許権の効力
 知財高裁特別部(大合議)平成29年1月20日判決(平成28年(ネ)第10046号・特許権侵害差止請求控訴事件(オキサリプラチン事件知財高大判 ・・・)
高林 龍 著
IPジャーナル 1号 (2017) 30-38

田村先生は医薬品特許の延長問題に関して、これまでにも AIPPI, 60(3) 2015-03, p.206-236 をはじめ、Westlaw japan 判例コラム第63号 (2016)、Westlaw japan 判例コラム第100号 (2017) と論文を発表されており、今回の論文も64ページの長編となっている。  それに対して高林先生はこれまで延長問題についてまとまった論文を書かれたことはなく、出ればいいなと期待していたところ、今回ついに出た。 高林先生の論文の一番最後に、内容とはほとんど脈略なく魔除けの呪文のようなものが書かれていて・・・ ^ ^、田村先生にも以前判例コラムで引き返して頂いたことがあるのだけれど、どちらもありがとうございました。 それで、私もだんだん悪いことをしているような気がしてきたので、“先生” と書くことにしました。

今回の2人の先生の論文は、“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” に関する判決が出たことに応じて出された論文で、その点については2人の先生の論文の内容はそれなりに違うのだけれど、そこは後で少し触れることにして、まずは延長の許否の判断に関して論じている部分に注目してみたいと思う。 実は延長の許否の判断に関しては、2人の先生の論文はかなり共通しており、それは 「ベバシズマブ (アバスチン) 事件」 に関する平成27年11月17日の最高裁判決 平成26年(行ヒ)356号 の以下の説示を、延長の許否を判断するにあたって重要なポイントだと捉えていることだ。

平成26年(行ヒ)356号 の 5〜6ページ]
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この特許権者は、「5mg/kgで2週間ごとに投与」 することに限定された先行医薬品の承認を受けて、その先行医薬品を販売していた。 そして先行医薬品を販売しつつ、「7.5mg/kgで3週間ごとに投与」 することに限定された後行医薬品の承認を受けて、特許を延長しようとした。 例えば、他の抗がん剤と併用する場合に、先行医薬品は2週間ごとの投与であるので、同じ2週間ごとに投与する他の抗がん剤の療法との併用はできても、3週間ごとに投与する抗がん剤の療法 (例えばXELOX療法) との併用は、投与間隔が違うために難しかったところ、3週間ごとに投与を行う後行医薬品であれば併用に適しているので、後行承認によって、XELOX療法との併用が “初めて可能となった”。 そして最高裁は、後行承認によってXELOX療法との併用が “初めて可能となった” と説示して、後行承認による延長を認める判決を出した。

この点については、この最高裁判決において調査官を務めた田中孝一判事が判例解説において、延長の許否を判断するにあたっては、ここが重要なのだということを示唆する解説をしていた。

[田中孝一, ジュリスト No.1501 (2017) 82-87 の 87ページ]
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そして今回の論文で、例えば高林先生は、最高裁が延長を認めたのは 「新たな療法 ・・・ が初めて可能となった点が大きく評価されたうえでの判断」(33ページ) だろうと述べ、「別の療法に初めて利用可能 ・・・ になるのであれば、・・・、・・・ 延長が認められるであろう」(36ページ) と論じている (以下に引用)。

[高林龍, IPジャーナル 1号 (2017) 30-38 の 33ページ]
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[高林龍, IPジャーナル 1号 (2017) 30-38 の 36ページ]
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田村先生も同様に、最高裁判決があえて、XELOX療法との併用が “初めて可能となった” と説いたところに、最高裁の意図が現れているのだと論じている。

[田村善之, 知的財産法政策学研究 Vol.49 (2017) 389-452 の 407-408ページ]
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最高裁が説示した、XELOX療法との併用が “初めて可能となった” ということについて田村先生は、後行医薬品が、先行医薬品に対して 「新たな市場」、「新たな需要」 を開拓したという点が重要である旨を論じている。 私は3月23日の投稿で田村先生の考え方に関して、『 ・・・ 基本的には医薬品の承認を受けるたびに何回も認めるという最高裁判決 ・・・ を支持する一方で ・・・ 』 と書いたのだけれど、田村先生は、承認を受けるたびに毎回延長してよいと思っているわけではなくて、特許権者が既に先行医薬品の承認を受けている場合に2回目以降の後行医薬品の承認に基づく延長を認めるのは、上記の通り後行医薬品が 「新たな市場 (新たな需要)」 を開拓したと言える場合なのだと論じている。 なお、同じことは田村先生の 2015年の論文 (AIPPI (2015) Vol. 60, No. 3, 206-236 の脚注58) でも既に論じられている。 この点、先の投稿は誤解を招くものだったことをお詫びします。

新たな市場 (新たな需要)」 ということについて今回の論文で田村先生は、具体的にはベバシズマブ (アバスチン) 事件の例について次のように論じている。

[田村善之, 知的財産法政策学研究 Vol.49 (2017) 389-452 の 403ページ]
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つまり、2週間ごとに通院しなくてはならない先行医薬品ではベバシズマブによる治療を受けられなかった人もいるのだろうから、3週間ごとの投与に関する後行承認でベバシズマブに対する新たな需要が開拓される部分がある。 したがって延長を認めてよいのだということを論じている。 そして、後行医薬品が、先行医薬品によって既に開拓されていた市場に進出するものにすぎない場合にはあえて延長させる必要はなく、新たな市場を開拓するものであるか否かということが、延長登録の可否を決するメルクマールなのだと論じている(以下に引用)。

[田村善之, 知的財産法政策学研究 Vol.49 (2017) 389-452 の 416ページ]
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*      *      *

新たな療法を可能にすることにより新たな市場を開拓した後行医薬品においては、少なくとも延長を認めなければならないということは、最高裁判決 平成26年(行ヒ)356号 から強力に導き出されることは確かだろう。 しかし臨床試験が不要で時間もかからない (つまり先行医薬品の承認に要した期間よりも短く、特許権者にとって延長することのメリットに乏しい) 軽微な変更であればともかく、特許権者が後行医薬品を開発し、臨床試験を行って承認を受ける場合に、その後行医薬品が、先行医薬品に対して新たな市場を開拓する部分が見込めないということは、通常、考えにくい。 そうすると、『「新たな市場」や「新たな需要」 を開拓するものであること』 という条件は、臨床試験を行って後行医薬品で承認を受ける以上は、満たされることが多い条件だと言えるのではないか。

それはともかく、後行医薬品が 「新たな市場」や「新たな需要」 を開拓するものであったとして、先行承認にかかった時間よりも、後行承認にかかった時間の方が長かった場合に、新たな延長が認められないとしたら、特許権者の保護が万全とはならないということは私も同感できる。 その問題は、昨年の12月29日に投稿した Sotoku 7号 でも取り上げた。

特許制度の問題に関する制度論は、その妥当性を客観的に評価することが難しいものもある中で、こと延長制度の論説に関しては、その妥当性を比較的客観的に評価することができるように思う。 延長制度とは、医薬品等の製造販売においては、国の承認を受ける必要があり、それには時間がかかるために、すぐには製造販売することができず、特許権の存続期間がその分だけ侵食されてしまうので、それによって特許権者が不利益を被ることに対処するために作られた制度だ。 もし承認に時間がまったくかからなければ、特許権者は、特許権の存続期間の侵食に関して不利益を負わないのは自明だ。 その場合、特許権者は、特許制度が特許権というものを使って特許権者に本来付与することを意図している “インセンティブ” (もしそのようなものがあるとすればだが) を、特許制度が意図している通りに受けることができる。 そうすると、医薬品の承認に時間がかかることにより特許権者が被る不利益は、承認に時間がまったくかからなかったと仮定した場合に医薬品の製造販売で受けられるであろう利益と、承認に時間がかかった場合に医薬品の製造販売で受けられる利益の “差” ということになる。 そして延長制度が目指すべきは、その “差” をなるべくゼロに近づけること、すなわち、その “差” に相当する不利益をなるべく過不足なく回復させることであると言えるのではないか。 なぜならその “差” よりも多くの利益を特許権者に与えるとすれば、特許制度が本来付与することを意図している “インセンティブ” よりも多くのものを与えることになってしまうからだ。

そうすると、いろいろな論者が論じている 「延長制度論」 において、その “差” に相当する不利益が、どのように回復されるのかを調べてみることで、各論説の妥当性を客観的に評価することができるように思われる。

ある特許権者が、ある先行医薬品の承認を2年かけて受けて、先発医薬品の販売を開始したとする。 そして特許権者は、先発医薬品を独占販売しながら、有効成分も効能・効果 (すなわち投与対象となる疾患) も同じだが、剤型や用法などだけが異なる新型製剤 (後行医薬品) を開発し、5年をかけて承認を受けたとする。 有効成分も効能・効果も同じである以上、先発医薬品と新型製剤は市場において競合することになる。 その場合に、特許権者がどのような不利益を受け、延長制度によってどのような利益を受けるのかを考えてみる。

Sotoku, 通号7号, 1-24 (2016) の 2ページ]
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つまり上の図で、先発医薬品から新型製剤に需要が切り替わるところで、点線 (先発医薬品と新型製剤を合わせた需要) が少しプクっと上がっているのが、新型製剤による 「新たな市場の開拓」 に相当する。 そして Sotoku 7号では、先行医薬品の承認では特許が2年延長され、新型製剤の承認では5年延長されたと仮定して、それぞれで延長された特許権の効力範囲が、互いに重なり合わない場合にどうなるかを考えた。

新型製剤の承認を受けるために5年かかったとして、それにより特許権者が受ける不利益は、上述の通り、承認に時間がまったくかからなかったと仮定した場合に特許権者が受けるであろう利益と、承認に5年かかった場合に特許権者が受ける利益の “差” であるから、下記の図9の場合に特許権者が受ける利益と、図10の場合に特許権者が受ける利益の差ということになる。

Sotoku, 通号7号, 1-24 (2016) の 6-7ページ]
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つまり、新型製剤の承認を受けるために5年かかることによって、特許権者は、新型製剤により 「新たに開拓された市場」 から受ける利益が、承認を受ける5年のあいだ得られなかったことに起因する不利益を受けるのであり、具体的には下図の黄色く色を付けた部分が、その不利益に相当する。

Sotoku, 通号7号, 1-24 (2016) の 8ページ]
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さて、新型製剤に関して特許を5年延長したとする。 上述の通り、ここでは、延長された特許権の効力範囲は重なり合っていないと仮定する。 すなわち、先発医薬品で2年延長された特許権は、新型製剤には及ばず、新型製剤で5年延長された特許権は、先発医薬品には及ばない。 したがって特許権の本来の満了日 (出願から20年) から2年待てば、後発者は、先発医薬品のジェネリック医薬品を販売することはできるが、改良製剤のジェネリック医薬品を販売できるのは5年後ということになる。

この場合、延長期間において特許権者が受ける利益は下図の赤枠で囲った部分となる。

Sotoku, 通号7号, 1-24 (2016) の 8ページ (一部改変)]
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念のため説明すると、上の赤枠の部分には、特許権者が改良製剤の承認を受けるのに5年を要したことによって被った不利益の回収分だけでなく、先発医薬品の承認を受けるのに2年を要したことによって被った不利益の回収分も含まれている。 しかし、5年の延長期間のうち、初めの2年で回収できる利益は、先発医薬品の承認を受けるのに2年を要したことによって被った不利益を上回ることが期待できる。 なぜなら、延長期間においては、特許権者は、“先発医薬品+改良製剤” の売り上げで上がる利益を受けられるから、改良製剤が新たな需要を開拓している場合は、先発医薬品を単独で販売しているよりも高い利益を得られることになるからだ。 より正確に言うと、延長期間の初めの2年で、先発医薬品の承認に2年を要したことに起因して被った不利益が回収できることに加え、改良製剤の承認に5年を要したことに起因して被った不利益のうち約2年分は回収できることが期待される。 そうすると、延長期間が2年経った時点でまだ回収できていない不利益は、改良製剤の承認に5年を要したことに起因して被った不利益のうち約3年分だけとなる。 具体的には、上の図13の黄色い部分の総面積の約3/5が未回収だいうことになる。 ところが、延長期間の後半の3年間 (3年目〜5年目) で得られる利益は、上の図14の赤枠の面積の約3/5であるから、特許権者が受けた不利益を大幅に上回ることが期待できるのが明らかだろう。

なお上に示した例では、新型製剤の販売によって、先発医薬品の需要の大半が新型製剤の方に移行してしまう場合を示している。 実際はそうならないこともあるだろう。 しかし新型製剤の需要が少なければ少ないほど、新型製剤の承認を受けるために5年を要したことにより特許権者が被る影響は少なくなる。 上の例は、新型製剤による影響が大きい場合を例にとったものだ。 また実際には、新型製剤の販売開始によって、先発医薬品が市場から消えることもある。 その場合は、新型製剤の承認によって、先発医薬品の需要は、新型製剤に100%移行することになる。 イレッサの2回目の承認 (EGFR遺伝子変異陽性患者に投与対象を限定した承認) がその例であり、先行医薬品の延長期間よりも後行医薬品の延長期間の方が長い場合は、先発メーカーにとってはその方が好都合だ。 先発医薬品と同じジェネリック医薬品を販売することが難しくなれば、先発医薬品に関する延長期間が切れても、後行医薬品の延長期間が続いている限り独占状態を維持できるからだ。

ともかく、改良製剤の承認を受けるにあたって特許権者が受けた不利益は、図13に示した通り、承認に5年を要したことに起因して、「新たに開拓した市場」 から利益を受けられなかったという不利益に留まるのに対して、5年延長することによって得られる利益は、図14に示した通り、「新たに開拓した市場」 から受けられる利益だけでなく、「既存の市場から受けられる利益」 も含まれるのだから、特許権者が受けた不利益に比べてはるかに大きくなりうる。

このように、延長制度によって特許権者がどのような利益を受けるのかを具体的に考えることで、その利益が、延長制度の趣旨 (すなわち、医薬品の承認に時間を要したことに起因して被った不利益を過不足なく回復すること) に見合ったものであるのかを検証することができる。 「先発医薬品の承認では、先発医薬品の承認にかかった期間だけ特許を延長し、改良製剤の承認では、改良製剤の承認にかかった期間だけ特許を延長し、延長されたそれぞれの特許権の効力範囲は、互いに重なり合わない」 という、一見すると妥当に見える延長のあり方が、実は妥当ではないということが分かるだろう。

先行医薬品と後行医薬品で延長された特許権の効力範囲が重なり合っていなくてもこうなのだから、重なり合っていたらより不適切だということになる。

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田村先生は今回の論説において、特許法67条の3第1項1号により規定される “承認によって実施できるようになったとみなす範囲” (すなわち “新たな延長を認めない範囲”) と、68条の2により規定される “延長された特許権の効力範囲” とを一致させるいわゆる 「連動論」 を、裁判所が否定したことを説明されている。

[田村善之, 知的財産法政策学研究 Vol.49 (2017) 389-452 の 436ページ]
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“新たな延長を認めない範囲” と、“延長された特許権の効力範囲” とを一致させることをもってよしとする考え方を 「連動論」 と呼ぶのなら、私も 「連動論」 に反対だ。 “新たな延長を認めない範囲” と、“延長された特許権の効力範囲” とを一致させれば、複数回延長しても “延長された特許権の効力範囲” が互いに重なり合うことはなくなるかも知れない。 しかし、重なり合わないようにしたところで、上で説明した通り特許権者が延長制度の趣旨を超える過大な利益を受けることを防ぐことはできない。 単に範囲が重なり合わないようにするだけでは駄目なのであって、この問題を解決するためには、市場で高度に競合する特許権者の複数の医薬品に異なる延長期間を設定するということ自体をやめなければならないのだろうと私は思っている。 そのためには、延長の許否や延長期間を判断する段階で、特許権者が独占実施している先行医薬品との市場競合性を判断する必要がある。 すなわち田村先生が以前から重要な観点として論じている 「市場で競合する範囲」 という観点は、延長された特許権の効力範囲を決めるにあたって考慮されるべき観点であるのみならず、延長の許否または延長期間を決めるためにも考慮されるべき観点なのだと思う。

なお田村先生は上述の通り、後発医薬品が先行医薬品に対して 「新たな市場」 を開拓したのか否かが、延長の許否を判断するときのメルクマールだと論じている。 ここで、後発医薬品が先行医薬品に対して 「新たな市場」 を開拓したのかを判断するということは、後発医薬品に先行医薬品と市場競合性がない部分があるかを判断するということだから、田村先生も、先行医薬品と後発医薬品の “市場競合性” という観点が、延長の許否の判断の段階で必要になるという認識だということは少なくとも言えるのではないか。 神戸大前田健先生の2015年論文でも、その必要性が論じられている。

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このように私は、市場で高度に競合する特許権者の複数の医薬品に異なる延長期間を設定することはやめなければならないと思っているが、上で述べた例の場合にどうするのかと言えば、延長期間は先発医薬品の延長期間である2年にそろえることになる (Sotoku 通号7号, 14ページ 「(5)延長期間の調節による解決」 を参照)。 新型製剤の承認には5年かかったのだから、新型製剤の延長期間を2年にそろえるということになると、特許権者は、新型製剤の承認を受けるために5年を要したことに起因して 「新たな市場」 から受け損ねた利益の約3/5 (上に示した図13の黄色い面積の約3/5) を回収することができなくなる。 しかしそれについては、特許権者に目をつぶってもらうより仕方ないのではないか、ということをSotoku 通号7号では示唆した (16ページ5行目)。

なお、後行医薬品 (改良製剤) の承認に要した期間が短かった場合は逆のことが起きる。 例えば、特許権者が先発医薬品の承認を5年かけて受け、新型製剤の承認を2年かけて受けた場合で、かつ、新型製剤は、先発医薬品では捕捉できていなかった 「新たな市場」 を開拓した部分があるとする。 この場合も、延長期間は、先発医薬品の承認に要した期間にそろえることになるが (すなわちこの場合は5年)、そうなると、本来は2年分しか不利益を被っていない新型製剤の独占期間が5年延びることになるので、今度は特許権者は、新型製剤の承認を受けるために2年を要したことに起因して 「新たな市場」 から受け損ねた利益の約5/2 (すなわち約2.5倍) の利益を得られることになってしまう。 したがって、この場合は特許権者は過剰に利益を受けることになるが、これについても、みなさんに目をつぶってもらうより仕方ないのではないか、ということをSotoku 通号7号で示唆した (5ページ5行目)。

つまり、延長期間を先発医薬品の承認に要した期間にそろえるというのは、2回目の承認に要する期間が短ければ特許権者に有利に、長ければ不利になるという二面性があり、一方的に特許権者に不利なことではない。 したがって、公平性の観点からいってもバランスは取れていると言えるのではないかと思う。

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もし、これに目をつぶらないとすればどうすればよいか。

例えば、後行承認に要した期間だけ延長する部分を 「新たな市場」 の部分に限るということが考えられるだろう。 上で挙げたベバシズマブ (アバスチン) 事件の例で言えば、後行医薬品の承認で延長する場合の根拠とする承認内容 (すなわち “用途”) を、『7.5mg/kgを3週間に1回投与であって、先行医薬品である「5mg/kgを2週間に1回投与」 を適用することができない患者に対する投与』 に限定するのだ。 そうすれば、後行承認に要した期間と同じだけ延長させたとしても、その部分は先行医薬品とは市場で競合しないことになるから、少なくとも理屈の上では、延長を認めることができるだろう。 そして先行医薬品の延長期間が過ぎれば、たとえ後行承認の延長期間が残っていても、上記の限定された用途以外については後発者に開放されることになる。

ここで注意しなければならないのは、先行医薬品 (すなわち 「5mg/kgを2週間に1回投与」 に特定された医薬品) だけを後発者に開放すればよいというものではないということだ。 上の図3で示した通り、先行医薬品と後行医薬品に高い競合性がある場合、後行医薬品 (すなわち 「7.5mg/kgを3週間に1回投与」 の医薬品) の販売開始によって、先行医薬品 (「5mg/kgを2週間に1回投与」の医薬品) の市場は変容してしまっている (すなわち縮小してしまっている) のであり、その市場だけを後発者に開放すればよいというものではない。 延長制度により特許権者が手にすべき利益は、新型製剤の承認を受けるために時間を要したことに起因して受け損ねた利益なのであり、具体的には、新型製剤の承認を受けるために時間を要したことに起因して、新型製剤によって開拓された 「新たな市場」 から受け損ねた利益に限られるのだから、それ以外の部分は後発者に開放してもらわなければならない。 すなわち、先行医薬品 (「5mg/kgを2週間に1回投与」の医薬品) を後発者に開放するだけでなく、後行医薬品 (「7.5mg/kgを3週間に1回投与」の医薬品) のうち、先行医薬品と競合する部分についても後発者に解放してもらわなければならない。

また、もし 「新たな市場」 から得られる利益を無視せずに尊重するという立場を貫くというのであれば、後発者が 「新たな市場」 を開拓した部分がある場合も無視することはできない。 例えば特許権者が錠剤に関して承認を受けて特許を延長した場合に、後発者がOD錠に関してジェネリック医薬品を開発して承認を受けた場合、田村先生の論文によれば、OD錠は、単なる錠剤では捕捉し得なかった市場を捕捉できる可能性がある (例えば 「咀嚼が困難であった需要者を捕捉しうるようになった場合など」;田村先生の論文の417ページ)。 そうすると、その部分については、そもそも特許権者の単なる錠剤とは市場競合性はないと言わなければならないから、その部分について延長された特許権を行使させるのでは整合性がとれない。 ならば、その部分については侵害を否定するような延長制度を創らなければならないだろう。

「新たな市場」 から得られる利益を無視せずに尊重する制度を創ろうと思えば、そういった問題に取り組まなければならない。 また、仮にそのような制度を創ったとしても、「新たな市場」 のみを除外した後発医薬品や、「新たな市場」に特化した後発医薬品を販売することを薬事当局が認めなければ、また仮に認めたとしても、病院側が期待通りに使用しなければ、制度は機能しない。 解決策を探し続けることは必要だとしても、その見通しは今のところ立ちにくいのではないか。

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以上の通り、現在の延長制度は、市場で高度に競合する特許権者の複数の医薬品に、それぞれ異なる延長期間が設定されうる制度になっており、それにより特許権者は、延長制度の趣旨 (すなわち、医薬品の承認に時間を要したことに起因して被った不利益を回復させること) にもとる利益を受け得る制度となってしまった。 今回の論文で高林先生も田村先生も、新たな療法を初めて可能とした後行医薬品については、延長を認めるべきだと論じている。 しかし仮に延長を認めるとしても、その期間をどのように設定するのかについては、さらに考える必要があるのではないか。

“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” (68条の2) については、田村先生は、特許権者の医薬品と 「市場で競合する範囲」 に設定することを以前から論じており、高林先生は、特許権者の医薬品の製造販売承認に用いられた臨床試験データを流用して承認を受けた医薬品に及ぼすことを今回の論文で示唆している。 しかし、仮に市場で高度に競合する特許権者の複数の医薬品の延長期間を、今回私が説明したようにそろえてしまうのであれば、田村先生と高林先生が論じる “延長された特許権の効力が及ぶ範囲” は、後発者が独自に臨床試験を行って後発医薬品の承認を受けるという滅多にありそうにない場合に権利行使を認めるのか否かという点で違いが生じる程度である。 私は Sotoku 通号7号の20-22ページに書いた通り、延長された特許権の効力は基本的には延長の根拠となった特許権者の医薬品との生物学的同等性に基づき後発薬として承認された医薬品に及ぶべきだと思っていて、その根拠は、昨年の12月19日の投稿で書いた通り、後発者は特許権者の医薬品の承認を利用して、自らの承認に要するはずであった時間を “ワープ” したのだから、“ワープ” した時間だけ延長されるのが妥当だからだと思っている。 だから、この点では高林先生の説と同じだけれど、Sotoku 通号7号の23-24ページ (より分かりやすくは、3月23日の投稿「1.“被疑侵害者” が治験を実施して承認を受けた医薬品の実施行為に対して、特許権者の延長された特許権が行使されることの是非」) で書いた通り、特許権者が医薬品を実施している限りは、その医薬品と競合する医薬品を他人が独自に臨床試験を行って承認を受けた場合であっても、その他者の医薬品に対して特許期間は延長されるのが、“侵食された特許期間の回復” という制度論的な立場からは妥当だと思っているので、その場合は、延長された特許権は競合する他者の医薬品のすべてに及ぶことになり、結果的に田村先生と同じ結論ということになる。 だからよくよく考えてみれば、延長された特許権の効力が及ぶ “範囲” に関しては、私と田村先生との間に違いはないのだろうと思う。 しかし、他人が独自に臨床試験を行って承認を受けた場合に、それを侵害にするのか否かという問題は、喫緊の問題だとは思わないので、とりあえずは後回しにしていいと思っている。 重要なのは、延長する “期間” の設定に関して、いまだ重大な問題が残っているということだ。

ところで、“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” に関して、田村先生は上記の通り、特許権者の医薬品と 「市場で競合する範囲」 に設定することを論じており、高林先生は、(今回の論文ではあらゆる場面を想定して論じているわけではないから今後変わる可能性もあるが、)特許権者の医薬品の承認に用いられた臨床試験データを流用したものに及ぼすことを論じている。 この2人の先生の特徴は、“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” を、“医薬品” という観点だけで決めていること、すなわち、特許権者の “特許発明の種類や対象” を一顧だにしていないということだ (笑)。 ベバシズマブ (アバスチン) 事件で最高裁 (平成26年(行ヒ)356号) は、延長の許否の判断において、医薬品の実質的同一性の範囲が “特許発明の種類や対象” によって変わり得るかのような説示を行った。 そしてオキサリプラチン (エルプラット) 事件において東京地裁 (平成27年(ワ)12414) や知財高裁大合議 (平成28年(ネ)10046) は、“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” が “特許発明の種類や対象” によって変わりうる、すなわち、有効成分の物質特許では広く、製剤特許などでは狭い旨を説示した。 3月23日の投稿でも書いた通り、特許の種類や対象に応じて “延長された特許権の効力が及ぶ範囲” を調整するようなやり方を、私は “弥縫策” と呼んで批判しているが、裁判所がそういうやり方をするのはやむを得ない面もある。 なぜならパシーフカプセル30mg事件の最高裁判決 (平成21(行ヒ)326) によって現在の延長制度が、たとえ特許権者が先行医薬品を独占販売していても、後行医薬品を別特許 (例えば製剤特許) にしておきさえすれば、市場競合性のある後行医薬品で後行承認を受けて、その期間だけ特許を延長できるようになってしまったため、特許権者に延長制度の趣旨にもとる利益を与えないためには、その製剤特許の “延長された特許権の効力が及ぶ範囲” を異常に狭く解釈して、侵害を否定することによりバランスを取らなければならなくなったからだ (2月28日の投稿 「(2) 延長しようとする特許の技術的範囲に先行医薬品が属しないのなら、延長を認めるのは当たり前なのか?」 も参照)。 しかし、それは本筋の解決策ではないのであり、本来、“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” は、“医薬品” という観点のみで決せられるものであって、田村先生や高林先生は正しいと思う。 特許の種類や対象は特許法70条 (すなわち特許の技術的範囲の確定) で考慮すべきもので、あるべき68条の2は、特許の種類や対象とは無関係に、“医薬品” という観点で範囲が決せられ、その2つの範囲が重なり合うところが “延長された特許権の効力が及ぶ範囲” となるのだ。 しかしその正しい解釈で制度を運用できるようにするためには、「別特許にしていれば後行承認の期間だけ特許を延長できる」 という今の制度運用を改め、市場で高度に競合する特許権者の複数の延長期間をそろえる (すなわち特許が複数ある場合は、“延長の終期を一致させる”) 必要がある (Sotoku 通号7号の 図28)。 その問題を放置して 「“延長された特許権の効力が及ぶ範囲” は “医薬品” という観点だけで決せよ」 と言っても、それはできないのであり、延長の期間の問題と同時に解決することが必要だ。

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なお、昨年9月15日の投稿でも書いたことをまた言っておくと、現在の延長制度運用には、臨床試験が特許登録前に開始された場合、特許登録前に行われた臨床試験の期間は延長することができないという重大な欠陥がある。 臨床試験を行ったのが特許登録前の期間であればその期間が、特許登録後の期間であればその期間が侵食されるのであって、両方の期間を延長させる必要があるのは当然のことだ。 特許登録後の期間だけを延長させ、特許登録前の期間は “まだ特許発明になっていないから期間は侵食されていない” とみなして無視するという考え方は間違っている (下図)。 

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  Sotoku 通号1号より (一部改変)

承認を受けるために3年かかったのであれば、それが特許登録前であろうが後であろうが、特許権の終期は3年延びるのが正しい。 今回説明したように、特許権者が複数の医薬品の承認を受けた場合に、延長期間を特許権者の最初の医薬品の延長期間にそろえることにするのなら、特許登録前の期間が延長できない現在の制度の欠陥はぜひとも修正する必要がある。 そもそもこの欠陥があるから、製薬メーカーは先行医薬品で十分な延長ができない場合が生じ、後行承認で延長できないのは不当だと感じてしまうのであり、また、特許登録前に臨床試験を開始した場合、一日も早く特許を登録するためにクレームを異常に狭く補正して特許審査を受けるという、本来は必要のない対応に迫られることにもなる。

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私がここで書いたことが実現すれば、製薬メーカーは初回承認にかかった期間をフルに延長できるようになる。 また、DDS製剤技術を開発し、自分たちが市場を支配していない既存の医薬の有効成分や、たとえ有効成分について特許を持っていてもDDSを開発するまでは実用性に乏しかったと言えるような有効成分を、DDSに載せて新型製剤の承認を受けた場合は、そのDDS特許を延長することができるだろう。 特許権者が支配していた市場 (すなわち特許権者の独占医薬品と高度に競合する範囲) をどう規定するのかという難しい問題はあるものの、誰が市場を支配していたのかに関わらず機械的に 「有効成分と効能効果」 で区切っていた旧々審査基準よりは特許権者の保護は厚くなるはずであり、製薬メーカーに不利な制度を指向しているわけではない。

自分の言っていることに重大な間違いや見落としはないのか、そこは自分では気づけないところもあるので、諸先生方の論文を読みながら、引き続き勉強させて頂きたいと思います。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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