2017年09月06日

発明特定事項基準説ふたたび(岡田吉美氏論稿:延長された特許権の効力範囲 パテント8月号)


岡田 吉美
存続期間の延長登録がされた特許権の効力に関する知財高裁大合議判決
パテント 2017年8月号 (Vol.70 No.8) p.106-115

岡田先生と言えば、特許庁審査官をやられていたころから、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈論において「物同一説」を支持する論文を書いていた方だ。 専門は物性物理で、特許庁でも工学系分野の審査をしていた方だから、医薬品特許の延長問題について論文を書くというのはちょっと意外だったが、論文を読んでみると、今回のオキサリプラチン事件の大合議判決(平成28(ネ)10046)やその原審(平成27(ワ)12414)を批判し、特許庁が従来採っていた考え方を支持する内容だった。

もともと特許庁は、先行医薬品と「有効成分と効能・効果」が同一の医薬品については、後行医薬品で承認を受けても延長を認めない代わりに、先行医薬品で延長した特許権の効力は「有効成分と効能・効果」が同一の範囲に及ぶという立場を採っていた。それが2009年(平成21年)5月29日に知財高裁大合議判決(平成20(行ケ)10458〜10460;飯村敏明裁判長)(パシーフカプセル30mg事件etc.)で否定され、最高裁(平成21年(行ヒ)324〜326)も原審を支持したことから、特許庁は審査基準の改訂を行った(平成23年改訂審査基準)。その際にできた審査基準が、いわゆる「発明特定事項基準説」を採用したものであり、承認医薬品と特許のクレームとを突き合わせて、承認医薬品の承認事項(成分や効能・効果・用法・用量など)のうち、特許のクレーム中に記載されている事項(すなわち発明特定事項)と対応がつかないものについては、承認医薬品の用途(効能・効果)以外はすべて無視し、対応がつくものについては承認医薬品の特徴でクレームを限定し、さらに承認医薬品の用途で限定してできる範囲を、延長された特許権の効力範囲として採用し、その範囲については、さらに後行医薬品の承認を受けてももはや延長できないことにするという基準であった。

この基準によれば、特許が医薬品の有効成分に関する物質特許の場合は、クレームの発明特定事項はその物質だけであるから、承認医薬品を特徴づける成分や用法等と対応するものはその物質しかない。 したがって、その物質を承認医薬品の有効成分に限定し、承認医薬品の用途(効能・効果)でさらに限定してできる範囲(すなわち「有効成分と効能・効果」で画される範囲)が延長された特許権の効力範囲となる。 これは、延長制度が導入された当初の考え方である「有効成分と効能・効果」と同じ範囲であるため、事実上、審査基準を改訂していないのと同じ結果となる。それに対して特許が製剤特許などの場合であって、クレームに製剤の成分が複数記載されている場合は、そのすべてが承認医薬品で使われた成分で限定された範囲となる。このように、クレームに発明特定事項が複数記載されていると、そのすべての要素が承認医薬品の対応する要素(有効成分や添加剤などの成分や効能・効果・用法・用量など)に限定されることになるため、延長された特許権の効力範囲は狭いものとなる。したがって、有効成分の物質特許や、医薬化合物の新規医薬用途特許など、クレーム中に記載されている発明特定事項の数が少ないいわゆる“基本特許”だけは、延長した場合に審査基準改訂前と同じように広い効力を発揮することとなり、それ以外のものについては延長しても実効性が低いものとなる。パシーフカプセル事件の大合議判決や最高裁判決を受けて、延長の条件が大幅に緩和される一方、延長された特許権の効力範囲は著しく狭いものとなるのではないかという懸念があった中、そのような考え方を採用することによって、平成23年改訂審査基準は、改訂前と同じように、基本特許の延長に関して優先的に高い実効性を発揮させるものとなっていた。

延長された特許権の効力範囲に関してこの考え方を最初に提唱したのは三枝英二先生(知財管理 Vol.60, No.1, pp.5-22 (2010))だが、2011年(平成23年)8月19日の産業構造審議会ワーキンググループ会合において、特許庁はこの考え方を採用して作成した審査基準案をワーキンググループのメンバーたちに提示し、その大枠についてメンバーの同意を直ちに取り付けた。 このワーキンググループにメンバーとして参加し、ワーキンググループ最終回(平成23年10月24日)を欠席しながらも、会合の冒頭で特許庁案を「極めて妥当なものであると考える。」という意見書を特許庁審査基準室長に代読してもらい、この審査基準の採用に尽力されたのが特許庁出身の熊谷健一先生だった。

このようにして発明特定事項基準説に基づく審査基準(平成23年審査基準)の運用が2011年(平成23年)12月28日から開始されたが、この審査基準に基づいて審査された結果、延長登録出願が拒絶された事案が発生し、拒絶された製薬メーカーは直ぐに提訴に踏み切ったため、特許庁内においても延長登録出願の審査は一時停止の状態となってしまう。そして2014年(平成26年)5月30日、知財高裁大合議判決(アバスチン事件)において、「発明特定事項基準説」に基づく平成23年審査基準は否定されてしまう(平成25年(行ケ)10195〜10198;飯村敏明裁判長)。

特許庁は上告した。 それだけでなく、特許庁は産業財産権制度問題調査研究の一環として、一般財団法人知的財産研究所に委託して延長問題に関する調査研究を実施した。 この調査研究では、医薬品業界へのアンケートや、海外の延長制度の調査・検討、日本の有識者らによる延長制度の検討などが行われたが、人選までを含め、随時、特許庁側と調整しながら進められる。 そしてその調査研究において有識者会議の議長となったのが上記の熊谷先生だった。 そして2015年3月に公表された調査研究報告書に掲載された「まとめ − 特許権の存続期間の延長登録制度のあり方についての一考察」(調査研究報告書の189-199ページ)という項目において、大合議判決を批判し、平成23年審査基準を擁護する論説が掲載された。 ほぼ同じものは、のちに熊谷先生の論文としても公表されている(Law and Technology, No.67, 66-74, 2015)。

しかし2015年(平成27年)11月17日、最高裁は、「・・・,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。」と説示して平成23年審査基準を明確に否定した(アバスチン事件;平成26(行ヒ)356)。そして最高裁は、延長の可否は、「延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較」して決すべきだと説示し、また、医薬品の承認審査における審査事項の比較については、「・・・審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について,両処分を比較して判断すべきである。」とした。

この判決を受けて特許庁は「発明特定事項基準説」に基づく審査基準を撤廃して今に至っている。

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今回の岡田先生の論文を読んで、その内容といい、論文が出されたタイミングといい、私は上記の熊谷先生の論文を思い出してしまった。 熊谷先生の論文は、知財高裁大合議が「発明特定事項基準説」に基づく審査基準を否定し、最高裁に上告されているタイミングで出されたもので、大合議判決を批判し、「発明特定事項基準説」を採る特許庁の立場を擁護するものだった。 今回の岡田先生の論文も、知財高裁大合議判決が出て最高裁に上告されているタイミングで出されたもので、やはり大合議判決を批判し、「発明特定事項基準説」を支持するものだ。 しかし熊谷先生が支持した平成23年審査基準は、延長の可否の判断基準と延長された特許の効力範囲の判断基準とを一致させることを前提に作られたものであるのに対し、今回の場合、上記の最高裁判決(アバスチン最判)の通り、延長の可否判断に関しては「発明特定事項基準説」は否定され、その判断はすでに確定している。 ところが岡田先生は今回の論文において、この最判を特に批判することもなく、延長された特許権の効力範囲に関する今回の大合議判決やその原審だけを批判し、延長された特許権の効力範囲を「発明特定事項基準説」に基づいて判断することを提唱している。 延長制度全体の整合性に関して、一体どういう見通しをもってそう論じているのか分からないところもあるが、論文内容について以下に検討してみたい。

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岡田先生の論文の特徴は、延長制度の趣旨から説き起こしていくような説明があまりないことだ。 論文の中で検討されているのは、主に、裁判における裁判所の判断手法や解釈手法の是非だ。


1.オキサリプラチン大合議判決の延長された特許権の効力範囲の説示は罪刑法定主義に反するのか

岡田先生は、大合議判決は68条の2の「物」を「医薬品の品目」だと解釈した上で、延長した特許権の効力範囲をその実質同一の範囲にまで拡大しようとしていると指摘し、これは刑法で禁止されている「類推解釈」であって、特許侵害は刑事罰の対象となり得る以上、大合議判決は罪刑法定主義からして問題があると論じている(以下に引用)。

[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 113ページ]
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68条の2の「処分の対象になつた物」を「品目」と解釈していた学説が“相当数”あったというのは違うだろうと思うが、確かに大合議判決は、『相手方が製造等する製品(・・・)が,・・・「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には,対象製品は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。 しかしながら,・・・ 上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,・・・延長登録の制度趣旨に反するのみならず,衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば,・・・ 医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり,第三者はこれを予期すべきである。』と論じており、「延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。」とはっきり言ってしまっているから、実質同一の範囲は、いかにも68条の2にいう「物」には元来含まれないのであるが、それを事後的に拡大したものであるという印象になってしまっている。 しかし、これは言い方の問題で、68条の2にいう「物」あるいは「物…についての…実施」は元来、特許権者の医薬品と実質同一の物やその実施を意味すると捉えれば済むことではないか。

それに、これが罪刑法定主義に反するというのなら、ボールスプライン最判の均等論などは、まさにもともとのクレームの言葉が意味する範囲を大幅に拡大するものだ。 オキサリプラチン大合議の判示を「類推解釈」というのなら、ボールスプライン最判の均等論の判示を「類推解釈」と言わずしてなんというのかと思ってしまう。 しかしそれについて岡田先生は、70条は「もともと幅をもっている」からいいのだと論じている。

[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 113ページ]
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しかし、そうであれば68条の2も、単に「物」と書いてあるだけで「品目」と書いてあるわけではないのだから、「物」はもともと幅をもっていると捉えれば済むことではないか?

まぁ、私は大合議判決には反対だし、「実質同一」の概念を持ち出して延長の可否判断の基準や効力範囲を調整しようとしている裁判所や井関先生の考え方に対しても批判的だから、岡田先生がせっかく「実質同一」説を批判してくれているのに、それを批判するのもなんではあるが・・・。

岡田先生の指摘は意表を突いている感じがするけれど、最高裁に対しては効果があるのかも知れない。 思い出すのは、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈で争われたプラバスタチン・ナトリウム事件において、第一審の東京地裁がPBPクレームを「製法限定」で解釈する判決を出した際に岡田先生が出した論文だ。 その論文において岡田先生は「物同一説」を支持すると共に、最高裁が過去に「物同一説」を是認する判決(平成9年(行ツ)120及び121)を行っていることを指摘し、知財高裁が原審を是認すれば上告理由になると論じた(以下に引用)。

[岡田吉美,パテント Vol.64 (15) 86-102 (2011) の 100ページ]
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しかしそれでも翌年の2012年1月27日に知財高裁大合議(平成22年(ネ)10043)は、不真正PBPクレームは「製法限定」で解釈する旨の判決を行ったため、岡田先生はその年の9月に再び論文を出し、その中で平成9年(行ツ)120及び121最判を再び取り上げて、最高裁が大合議判決を是認するなら判例変更となる旨を論じた(以下に引用)。

[岡田吉美,特許研究 No.54 39-51 (2012-9) の 43ページ]
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そして最高裁判決が出されたが、最高裁は岡田先生が挙げていた判例を引用しつつ、大合議判決はそれらの判例と齟齬があると説示して大合議判決を破棄し、「物同一説」を支持する判決を行ったのだった(平成24(受)1204平成24(受)2658)。

[平成24(受)2658 判決文より]
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実際の裁判でもこの種の主張が行われたのかも知れないが、裁判所に対しては効果的な議論ということだろうか・・・。 しかし、延長制度としてもよいものができるというのであればともかく、そうでないのに罪刑法定主義云々の議論を行うとすれば、妥当な延長制度を実現することよりも、大合議判決を破棄させることを主目的としているように見えてしまう。

それでは、岡田先生が支持する「発明特定事項基準説」というものが、延長制度として本当に好ましいと言えるのかについて次に見ていきたい。


2.68条の2を「発明特定事項基準説」で解釈した範囲は、大合議判決の範囲と同じなのか

今回の論文で岡田先生は、オキサリプラチン大合議判決が判示した延長された特許権の効力範囲は「妥当な範囲に納まっていると考える」と論じつつ、大合議判決の解釈は罪刑法定主義の観点から難点があるので「発明特定事項基準説」を採用すべきだと論じ、たとえそうしても「保護範囲は、・・・、本件知財高裁による保護範囲と基本的にはあまりかわらないと考えられる」と論じている(以下に引用)。

[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 113ページ]
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[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 114ページ]
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この論じ方は、『延長された特許権の効力範囲はどちらの考え方でも変わらないのだから、罪刑法定主義に反する疑いがある大合議判決よりも、特許庁が考案した「発明特定事項基準説」を採用するに越したことはないですよね』と言っているように見える。 しかし、本当にどちらの考え方でも範囲は変わらないのか?

【請求項1】 ○○化合物を含む、抗がん剤。

【請求項1】 ○○化合物および薬学的に許容される担体を含む、抗がん剤。

例えば上記の2つの請求項。 上の請求項には「担体」という語句はないものの、医薬品には必ず担体を添加するから、上の請求項の抗がん剤にも担体が添加されることになるのは間違いない。 したがって、2つの請求項の抗がん剤の発明は、当業者の目から見れば、事実上、差はないだろう。 しかし下の請求項には「担体」という発明特定事項が記載されているのだから、「発明特定事項基準説」で解釈する場合、請求項中の「薬学的に許容される担体」は、承認された医薬品で使われている担体に限定解釈されて延長された特許権の効力範囲が決定されることになるのではないか。

【請求項1】 安定化されたオキサリプラチン水溶液であって、オキサリプラチン 5mg/mlと安定化剤としてグリセリン 5mg/mlを含み、pH5.8-6.0に調整された水溶液。

【請求項1】 安定化されたオキサリプラチン水溶液であって、オキサリプラチン 5mg/mlと安定化剤としてグリセリン 5mg/mlを含み、pH緩衝剤でpH5.8-6.0に調整された水溶液。

上の2つの請求項は適当に作ったものだが、2つの間で事実上差はない。 しかし下の請求項には「pH緩衝剤」という発明特定事項が記載されているから、「発明特定事項基準説」で解釈する場合、請求項中の「pH緩衝剤」は、承認された医薬品で使われている特定のpH緩衝剤に限定解釈されて延長された特許権の効力範囲が決定されることになるのではないか。 そうすると、後発者としては、pH緩衝剤を他の周知なものに変えることにより、易々と権利行使を免れることができることになる。

【請求項1】 徐放組成物であって、放出を遅延させる成分として○○、△△、□□を含む組成物。

【請求項1】 徐放組成物であって、有効成分を含み、放出を遅延させる成分として○○、△△、□□を含む組成物。

上の2つの請求項の違いは「有効成分を含み」という文言の有無だけだが、医薬品として使用する場合は必ず有効成分を含めるから、実用上は差がない。 しかし、下の請求項には「有効成分」という発明特定事項が記載されているから、「発明特定事項基準説」で解釈する場合、請求項中の「有効成分」は、承認された医薬品で使われている特定の有効成分に限定解釈されて延長された特許権の効力範囲が決定されることになるが、上の請求項には「有効成分」という語句は記載されていない。 そうすると、上の請求項において、延長された特許権の効力は、どのような有効成分であっても用途が同じである限りは及ぶこととなるのだろうか?

【請求項1】 薬物を含んでなる核が、(1)水不溶性物質、(2)硫酸基を有していてもよい多糖類、ヒドロキシアルキル基またはカルボキシアルキル基を有する多糖類、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールから選ばれる親水性物質 および(3)酸性の解離基を有し pH依存性の膨潤を示す架橋型アクリル酸重合体を含む被膜剤で被覆された放出制御組成物。

【請求項14】薬物がモルヒネまたはその塩である請求項1記載の放出制御組成物。
 
上の請求項は、パシーフカプセル30mg事件(特許3134187)の実際の請求項だが、徐放成分として周知な成分がマーカッシュ形式で複数列挙されている。 「発明特定事項基準説」によれば、延長された特許権の効力範囲は、各成分がすべて承認医薬品で使われた具体的な成分に特定されるから、後発者は、後発薬として承認を受けられそうな他の選択肢の成分に替えることにより比較的簡単に権利行使を免れることができるかも知れない。

医薬品発明の請求項に複数の発明特定事項が記載されている場合、各発明特定事項に対応する医薬品の成分などは、変更すると後発薬として承認を受けられなくなるものもあれば、変更しても問題はないものもあるだろう。「発明特定事項基準説」では、そういった重要性に関わりなく、請求項に発明特定事項が記載されているというだけで承認された医薬品の対応する成分に効力範囲が限定されてしまう。 「発明特定事項基準説」で形式的に判断することになれば、妥当性が確保できない場面が多々出てくるのではないか?

「発明特定事項基準説」を採用した審査基準である「平成23年審査基準」が作られた当時の産業構造審議会ワーキンググループの議事録を見ても、そうしたことについて話し合われた形跡はないし、平成23年審査基準の運用開始にあたって特許庁が公表した事例集などでもこうした問題は触れられていない。

大合議判決なら、もっと柔軟な判断が可能だろう。 なにしろ、「特許発明の内容に基づき,その内容との関連で,・・・,技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえてこれを判断すべき」と言っており、あまり確定的なことは説示していないのだから。

なお、アバスチン事件の最判(平成26(行ヒ)356)を前提として考えるとさらにおかしなことが起きる。

【請求項1】以下の超可変領域アミノ酸配列:CDRH1(・・・)、CDRH2(・・・)およびCDRH3(・・・)を含む重鎖可変ドメイン、並びに以下の超可変領域アミノ酸配列:CDRL1(・・・)、CDRL2(・・・)およびCDRL3(・・・)を含む軽鎖可変ドメインを有している、約1x10-8Mを超えないKd値でヒト血管内皮細胞増殖因子(VEGF)と結合するヒト化抗VEGF抗体。

上の請求項は、アバスチン事件(特許3957765)の請求項で、抗体をクレームした物質特許である。 この特許に関しては、投与間隔を2週間とする先行医薬品が承認されていても、投与間隔を3週間とする後行医薬品の承認を受ければ再延長できることが最判(平成26(行ヒ)356)で判示された。 先行医薬品と後行医薬品は、投与間隔やそれに応じた投与量が異なるだけで、使われている抗体(ベバシズマブ抗体)に変わりはないし、対象疾患(効能・効果)も『治療切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌』で共通する。 仮に先行医薬品の承認に2年かかったとして、この特許を2年延長した場合、上記の請求項には抗体という物質しか発明特定事項として記載されていないのだから、延長した特許権の効力範囲は、「発明特定事項基準説」に基づけば「承認対象となった具体的な抗体(ベバシズマブ抗体)と、効能・効果である治療切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」で画される範囲となる。 そして後行医薬品の承認に4年かかったとして、「発明特定事項基準説」をそのまま適用すれば、全く同じ範囲が、今度は4年の延長に取って代わられることになってしまうがそれでよいのか?

大合議判決の基準でこれがどう判断されるのかも興味があるが、「特許権者と第三者との衡平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである」と説示する知財高裁であるから、そういう結論にはならないだろう。

なお、「発明特定事項基準説」と「大合議判決の基準」が似たような結論になりやすいのは事実かも知れない。 なぜなら大合議判決は「特許発明の内容に基づき,・・・その内容との関連で」延長した特許権の効力範囲を決めるべきだと説示しているが、特許発明の内容は発明特定事項で決まるものなのだから、大合議判決の説示は結局のところ、「発明特定事項に基づき,・・・発明特定事項との関連で」と言っているのと同じだからだ。 同じことは、延長の可否判断の基準(67条の3第1項1号)に関する最高裁判決(アバスチン事件;平成26(行ヒ)356)にも言え、もしこの最高裁判決の「延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性・・・」という判示をことさらに捉えるとすれば、結局は「発明特定事項」に照らして実質的同一性を判断することになるから、得られる結論は「発明特定事項基準説」に近づくことになるだろう。 そういう意味では、「発明特定事項基準説」は先の裁判で否定はされたけれど、結局は裁判所は似たような基準に近づきつつある、すなわち、特許庁はいったんは負けたが次第に勝ちつつあると言ってもよいのかも知れない。 しかし少なくとも、平成23年審査基準で採用されていた「発明特定事項基準説」そのものは、形式的・硬直的すぎて、不合理な結論となるケースが想定される。

また、上で言ったことと矛盾するようではあるが、延長された特許権の効力範囲に関して妥当な結論を出すことだけを考えてはならない。 パシーフカプセル事件の最高裁判決(平成21年(行ヒ)324〜326)によれば、延長しようとする特許の技術的範囲に先行医薬品が含まれない限りは延長は認められるのが今の現状だ。 そうすると、特許権者は先行医薬品を独占販売しつつ、それと同じ有効成分を含み、用途(適用疾患)も同じである後行医薬品の承認を受けた場合であっても、延長しようとする特許の技術的範囲に先行医薬品が含まれない限りは延長が認められることになる。 2月8日の投稿でも説明した通り、これは不合理なまでに緩い条件で延長が認められることを意味している。 そうした状況下で、延長された特許権の効力範囲を常識的な範囲に及ぼすことにすれば、特許権者に有利過ぎる制度となってしまうだろう。 不合理なまでに緩い条件で延長が認められる現状とバランスを取るためには、延長された特許権の効力範囲は不合理なまでに狭く解釈する必要があるはずで、今後、裁判所には、“不合理を不合理で制す”ような判断が求められる場面もあるのではないかと思う。 グリセリンを添加した程度で実質同一性が否定された今回の判断も、いわばそうした判断であったようにも見える。


3.「発明特定事項基準説」で解釈した範囲は、薬事制度の運用変更により変化しないのか

今回の論文で岡田先生は、医薬品の製造販売承認における審査項目などに変更があった場合に権利範囲が変わらないように考えるべきだと論じ、その点で「発明特定事項基準説」は妥当だと論じている(以下に引用)。

[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 114ページ]
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しかし「発明特定事項基準説」は、発明特定事項を医薬品の承認事項で限定することによって範囲を決定するのであるから、医薬品の承認事項が変われば当然、権利範囲も影響を受ける。 例えば医薬品の承認事項が増えれば、それに対応する発明特定事項がその承認事項で限定されることになって権利範囲は狭くなるだろうし、医薬品の承認事項が減れば、それに対応する発明特定事項が限定を免れることになるので権利範囲は広くなる。 また、承認事項がより狭くしか承認されなくなれば、それに応じて権利範囲も狭くなるし、承認事項が広く認めれるようになれば、それに応じて権利範囲は広くなる。 このように、「発明特定事項基準説」であっても薬事制度の変更によって権利範囲は変わるのであり、この点で「発明特定事項基準説」の方が他の説よりも優れているとは言えないのではないか。 また、承認の広狭に応じて延長された特許権の効力範囲が変化するというのは、承認実態の変化にあわせて調整されるという側面もあるのだから、一概に悪いとは言えない。

なお、薬事制度が変更されても権利範囲が変わらないという点では、「市場競合性の範囲」と「特許発明の技術的範囲」が重なる領域を効力範囲とする田村説などの考え方がもっとも優れているだろう。


4.岡田論文でなるほどと思えるところ(「延長した時点で効力範囲は確定している」というスタンスをとった知財高裁)

批判ばかりでは何なので、岡田論文で「なるほど」と思えるところを挙げておくと、被疑侵害者の後発薬が特許権者の医薬品に対して付加価値が付いていれば非侵害にするというような考え方を原審の東京地裁が採っていることについて、岡田先生が批判していること。 例えば特許権者の医薬品Aに対して、後発者が付加価値Bを付加して「A+B」という後発薬を開発して販売したような場合について、岡田先生は次のように論じている。

[岡田吉美,パテント Vol.70 (8) 105-115 (2017) の 112ページ]
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同感だ。 被疑侵害者が周知とは言えない付加価値を付けた場合は非侵害にする、という発想自体がおかしい。 なお、この点について岡田先生は、嶋末裁判長の一審東京地裁判決(平成27(ワ)12414)だけを批判し、知財高裁大合議の判決ではこの問題点は「解消されている」と論じている(112-113ページ)。 なるほど原審では、被告製品が“新たな効果”を奏する場合は延長された特許権の効力は及ばないことが示唆されており、また、付加された技術が周知技術であるか否かの判断基準は被告製品の「製造販売等の準備が開始された時点」であると説示されていた(以下に引用)。

[平成27(ワ)12414 判決文23ページ]
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[平成27(ワ)12414 判決文27ページ]
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これに基づけば、被疑侵害者が、後発薬の試験を開始した時点で周知とは言えない新たな効果を奏する技術を付加した場合は、権利行使を免れることができるように見える。 これに対して大合議判決では、“新たな効果”という言葉は使われず、「特許発明の技術的特徴及び作用効果」との関連で「技術的特徴及び作用効果の同一性」を比較検討して技術常識を踏まえて判断すべきという説示に切り替えられた(以下に引用)。

[平成28(ネ)10046判決文30ページ]
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[平成28(ネ)10046判決文30ページ]
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そして周知技術の“判断時期”について大合議判決は以下のように説示している。

[平成28(ネ)10046判決文30-31ページ]
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大合議が言う「政令処分申請時」とはどちらの政令処分申請時なのかについて、先月号のAIPPIで黒田先生(阿部・井窪・片山法律事務所)は、「先発医薬品の政令処分申請時を指すと解釈することができる。」と論じている。

[黒田薫, AIPPI Vo1.62 No.8 727-744 の738ページ左段]
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岡田先生の指摘を踏まえれば、大合議は意図的に判断時期を早めたということなのかも知れない。 つまり、原審のような基準では、被疑侵害者の医薬品に周知とは言えない付加価値が付いている限り延長された特許権の効力は及ばないという印象となってしまう上に、被疑侵害者の医薬品から逆算して侵害か非侵害を決めているような基準になってしまう。 これに対して大合議判決は、あくまで特許発明と特許権者の医薬品だけから効力範囲を導く考え方に修正した。 つまり、「侵害の範囲を決定するに際して、被疑侵害者の医薬品は関係ないのだ。」、「あくまで特許権者の医薬品と特許発明だけで侵害の範囲は決まるのだ。」、「特許権者の医薬品が承認を受けた時点で、延長された特許権の効力範囲は確定しているのだ。」というスタンスをとれるようにして、岡田先生のような批判を受けないようにしたのかも知れない。

ここでちょっと脱線するが・・・、岡田先生もそういう考え方をお持ちなのなら、ぜひ均等論の第3要件を批判してほしい。 均等論の第3要件は、被疑侵害者の物の実施時点における容易性のレベルに基づいて侵害・非侵害を判断しようとしている点で、岡田先生の言う“視点の方向性”に問題があるのだから、岡田先生の批判対象になってしかるべきでしょう? また、今回の大合議判決を行った判事さんたちも同様だ。 大合議判決がこういう判決になったということは、判決を行った判事の方々も、被疑侵害者の実施時点を基準にするのはおかしいという認識をお持ちなのだろうから、機会があれば均等論の第3要件に対する批判を書いてほしい。 ちなみに私はSotoku 通号6号の37ページで第3要件の考え方を批判してる。。

話を戻して、今回の大合議判決においては、周知技術の判断時期が特許権者の医薬品の政令処分申請時だとされたことについて、AIPPI 8月号の黒田先生は、原審よりも判断時期が早まったので、特許権者に対して厳しくなったと指摘している。

[黒田薫, AIPPI Vo1.62 No.8 727-744 の738ページ右段]
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しかし、これも上記のことを踏まえれば、必ずしもそうではないのかも知れない。 黒田先生自身も739-740ページで同じことを指摘されているけれど、大合議判決の基準では、たとえ被疑侵害者の医薬品に周知とは言えない新たな技術が付加されていたとしても、「延長された特許権の効力範囲は、あくまで特許権者の医薬品と特許発明だけで決まるのであり、そうして決定された範囲に含まれる以上、被疑侵害者の医薬品に周知とは言えない新たな技術が付加されているか否かは関係はないのだ」とみなして侵害という結論を導くこともやりやすくなったわけだ。 「新たな効果」というものを気にしなくてよくなった分、裁判所の判断の自由度は上がり、後発者がどれほど新しい付加価値を付けた後発薬を出そうが、「それは関係ない」とみなして侵害という結論を導き出しやすくなったと言えるかも知れない。

しかし、大合議判決のそうした考え方に対しては、井関先生の考え方と同じものを感じてしまう。 前回の投稿で書いた通り、もともと井関先生は、延長された特許権の効力は「改良発明」には及ばないと論じていたのだが、8月のジュリスト論文では、有効成分の物質特許においては、たとえ改良発明であっても「後発医薬品」である限りは、すべての後発医薬品に及ぶべきだと論じ、その根拠について、あくまで「特許発明の技術としての観点」から考えたらそうなるのだと論じた。 しかしどうしてそうなるのかは、論文を読んでもはっきりとは分からないのだ。 これから先、知財高裁も、「あくまで特許発明の内容との関連で考えたらそうなるのだ」 というスタンスでいろいろな判決を行っていくのかも知れないが、その背後には、別の理由が隠れている、すなわち、本当は特許権者の医薬品の後発薬として承認を受けたものであるから侵害と認定したのではないか?、とか、本当は特許権者に二重の利益を与えないために非侵害にしたのではないか?、といった疑いが、常に付きまとうことになるのではないか。

まあ、私がそう感じるのは、大合議判決や井関先生のような考え方も、「発明特定事項基準説」に基づく考え方も、延長の根本的な考え方としては正しくないと思っているからだ。 前回の投稿でも書いた通り、特許発明の技術的範囲に含まれる限りは、あらゆる医薬品について特許期間の侵食は起こっている。 特許権者の医薬品であろうが、後発者の後発薬であろうが、それぞれに侵食された特許期間が存在する。 したがって、あらゆる医薬品について、その医薬品に対する侵食期間だけ特許は延長され、延長された特許権の効力は、その医薬品のみに及ぶというのが理論的には正しいと思っている。 したがって、そうせずに、もし特許権者が医薬品の承認を受けたときにのみ特許を延長させ、かつその効力に幅を持たせることで制度を運用したいと思うのなら、それにより特許権者や後発者が不当な不利益を受けないように効力範囲を設定する必要があるし、また延長期間は、その範囲に含まれるであろう医薬品の各侵食期間を代表するものとしてふさわしい期間に設定する必要がある。 そうした観点を離れて、特許発明の技術的観点から範囲を定めようとするのはそもそも間違いだと思う。

とはいえ、私は現在の条文との整合性はあまり気にしていないのに対し、裁判所は現在の条文から妥当な結論を出していかなければならないのだろうから、そのためには多少無理のある理屈を持ち出すのもしょうがない面があるかな、と思っている。 だから私は裁判所のような考え方を“弥縫策”と呼んでいるのだし、また、そうした弥縫策に頼らなくても済むように、制度を作り変えた方がよいと思うのだ。


5.大合議判決における技術的範囲の画定について

岡田論文に共感できる点としては他にも、明細書や意見書に書かれているちょっとしたことを基に、裁判所が恣意的に技術的範囲を限定的に解釈しているのではないかということを岡田先生が指摘していること(111ページ)が挙げられる。 しかしこれについては昨年の5月10日の投稿でも書いた通り、この特許発明が限定的に解釈されるのは、明細書や意見書に書かれていることだけが原因ではなく、クレームに「からなる」という言葉が使われていることも原因の一つだ。 この特許を「水以外にも任意の成分を含んでよい、pH4.5〜6で1〜5mg/mlのオキサリプラチン水溶液」という広い特許だとみなして権利行使させることなど妥当ではないと私は思っているし、今回大合議判決がやや強引に見えるやり方で技術的範囲の画定を行った原因は、過去の2つの知財高裁の判決 (平成22年(行ケ)10122 および 平成27(行ケ)10105)やその原審である無効審判において、本来はその段階で明確化されるべきだったクレームの範囲を明確化できなかったことにあると思うから、この点について大合議判決だけを批判する気にはならない。 むしろ1月23日の投稿で書いた通り、平成27(行ケ)10105判決に言及し、それとは一線を画す立場を明らかにした点は、私は評価している。

ちなみに、裁判長として大合議判決に関わった設楽隆一判事が退官した後、この大合議判決に関して設楽先生が解説するセミナーの一つの様子を聞いたことがある。 その中である参加者が、「明細書や意見書で緩衝剤や添加剤が不要だと書いたくらいで技術的範囲から除外されたのは、この特許は少なくともそう解さないと進歩性がないからということもあるのか?」といったことを設楽先生に質問した。 それに対する設楽先生の答えは、まあ、肯定するような答えではなかったようだ。 しかしそういう質問が出たということからも分かる通り、今回の大合議判決における技術的範囲の画定は、この特許発明は後発薬に広く権利行使できるような発明だとはみなせないからこそ受け入れられるものであって、そうでなければ、明細書や意見書で緩衝剤や添加剤が不要だと書いただけで、進歩性がある部分にも関わらず技術的範囲から除外されてしまうことなど、出願サイドの実務家からすれば、ちょっと受け入れ難いだろうね。 まぁ、そういう発明であれば、そもそも「からなる」という言葉を使ってクレームを書くことはなかっただろうが。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする