2017年09月28日

前田健先生「存続期間が延長された場合の特許権の効力」(Law & Technology 77号, 2017-10)


前田 健
判例研究 オキサリプラチン事件合議判決 知財高裁平成29年1月20日判決(平成28年(ネ)第10046号)「存続期間が延長された場合の特許権の効力」
Law and Technology No. 77 (2017) 70-79

延長問題に関して、神戸大の前田先生の新しい論文が公表された。 2016年12月7日の投稿でも書いた通り、前田先生は2015年論文(神戸法学雑誌 65(1) 2015-06, p.1-44)において、延長された特許権の効力は、「市場における高い代替性を有する」範囲に及ぶべきだとする一方で、特許権者が「二重の利益」を受けることを防止するために、その範囲においては二度目の延長を認めるべきではないと論じた(以下に引用)。

[前田健, 神戸法学雑誌 65(1) 2015-06, p.1-44の15-16ページ]
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[前田健, 神戸法学雑誌 65(1) 2015-06, p.1-44の22-23ページ]
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[前田健, 神戸法学雑誌 65(1) 2015-06, p.1-44の25ページ]
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このように前田先生は、延長の可否判断(67条の3第1項1号)において「市場競合性」の観点に基づいて範囲を定めるべきだと明確に論じた人だ。 私がSotoku 5号7号で書いたことにもっとも近い。

ところが、その後、アバスチン(ベバシズマブ)事件の最高裁判決(平成26(行ヒ)356)が出て、その最判では、基本的にはかなり緩い条件で延長は認められると解される説示が行われたため、延長の可否判断(67条の3第1項1号)に関する前田先生の考え方、すなわち、市場競合性のある範囲では再延長させないという考え方は採りづらくなってしまった。

前田先生には、最判を批判するか、あるいは最判の解釈論によって、市場競合性のある範囲では再延長させないという考え方を引き続き論じるか、あるいは市場競合性のある範囲では再延長させないために制度改正を示唆するか、そういうことをして欲しかった。 ところが、判決後に出された前田先生の2016年論文(民商法雑誌 152(2)160-182,2016)では、最判が判示した「実質的同一性」という言葉について、「想像をたくましくするなら、細分化された延長が何度も繰り返されることは望ましくないとの判断を盛り込むこともありえなくはない。」(175ページ)と述べて、ある程度の幅をもって再延長を禁止して行くことに含みを持たせた論じ方はしているものの、市場競合性のある範囲では再延長させないという考え方自体については、「解釈論の範疇を超えるものとの批判もあるだろう」(171ページ)、「解釈論としては・・・難しいということになるのかもしれない。」(173ページ)と述べて、かなりあきらめムードになってしまった。

その一方、延長された特許権の効力範囲について2016年論文では、「・・・市場において同等な医薬品についての実施にも及ぶと考える。」、「・・・同等な医薬品とは、特許発明の技術的範囲に属し、かつそれと市場における高い代替性を有し競争関係にある医薬品のことである。」と論じ、2015年論文の主張を変えなかった。 しかし、延長の可否判断については市場競合性のある範囲で複数の延長を認める一方で、延長された特許権の効力は市場競合性のある範囲に及ぼしてよいことにすると、重複延長が可能となってしまう。 特許権者としては、とりあえず最初の医薬品の承認を受け、市場競合性のある範囲に排他権を及ぼしながら独占販売により利益を上げつつ、市場競合性のある第2の医薬品についてより長い期間をかけて承認を受ければ、最初の医薬品までを含む範囲について特許期間をさらに延長することが可能で、非常に不公平なことになる。 そういったことについて前田先生は2016年論文において、「・・・最高裁は、それについて調整を行う必要はないとする立場をとったのだと理解することができる。」(180ページ)と論じ、この問題を訴えることをやめてしまった。

2016年論文の最後(181ページ)では法改正について示唆がされているけれど、必ずしも二重利得を防ぐために法改正が必要だという趣旨で書いているのではなく、むしろ延長された特許権の効力を市場競合性のある範囲に及ぼすことを明確化するために法改正を示唆するような論じ方だった。 私は前田先生の2016年論文のこれが不満で、先の投稿では「残念」だと書いた。

そして今回、前田先生の新たな論文が出たわけだけれど、今回の論文はどうかというと・・・、うーん。 2016年論文と比べてあまり変わっていないように見えるのだけれど、少しは変わったのかな。。

今回の論文で前田先生は、延長の可否判断の基準に関する現状の考え方については、以下のように「実務上はようやく落ち着きをみせはじめている」と論じてあまり批判していない。

[前田健, Law and Technology No.77, 2017, 70-79の72ページ]
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一方、延長された特許権の効力範囲については、引き続き「市場競合性のある範囲」に及ぼすべきだと論じている(以下に引用)。

[前田健, Law and Technology No.77, 2017, 70-79の74ページ]
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[同78ページ]
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[同79ページ]
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しかし、それではさっきも言った通り、「市場競合性のある範囲」において複数の延長が可能となってしまい、また、それぞれの延長された特許権の効力はその範囲(市場競合性のある範囲)に及ぶことになるのだから、最初の医薬品の承認を受け、独占販売して利益を上げつつ、より長い期間をかけて第2の医薬品の承認を受けて再び延長すると、特許権者が得をする制度となってしまう。 それについて前田先生は、今回の論文で何と言っているかというと、以下の通り。

[同78ページ]
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これだけ。

一応、批判っぽい書き方にはなっているけれどねぇ。。 特許権者の立場ではなく、第三者(後発者)の立場に立った上でね。。 だから2016年論文よりは、少しはいいと言えるかも知れないけれど、私はこれじゃ全然満足できないなぁ。。

上に引用した通り、前田先生は「第三者の予測可能性を害する面はある」と指摘し、「予測可能性」を問題にしているけれど、7月31日の投稿でも書いた通り、重要なのは「二重利得」や「公平性」の問題であって、「予測可能性」だけの問題ではない。 また、現行法が、回復させるべき利益を回復させる規定になっていないという点については、まぁ確かにそうかも知れないけれど、現行法が二重利得や不公平を認めていると解釈することが妥当なのかは議論があるところではないか。 そもそも現行法でもパシーフカプセル事件が起こるまでは、有効成分と用法・用量が同一の医薬品については一回しか延長を認めないことにより二重利得は起こらなかったのだから、二重利得を防ぐような解釈もまったく不可能というわけではないはず。 また前田先生は「登録排除効と延長特許の効力が連動しない」ことを問題だと指摘しているけれど、先の投稿でも書いた通り、登録排除効の範囲と延長特許の効力の範囲を連動させたところで、「予測可能性」の問題は解決できるとしても、「二重利得」や「公平性」の問題は解決できない。 「連動論」を採用することが重要なのではなく、「市場競合性のある範囲」で期間の異なる複数の延長を認めないということが重要なのだ。 現行法のせいにしてこの問題を突き放してしまうのではなく、この問題をもっとちゃんと訴えてほしい。

延長された特許権の効力範囲を「市場競合性のある範囲」に設定するという考え方は、特許権者に二重利得をさせない仕組みがあってこそ採用できる考え方であって、その仕組みなしに、延長された特許権の効力範囲をただ「市場競合性のある範囲」に及ぼせと主張し続けている前田先生は、田村先生と同じように先発メーカーに有利すぎてバランスを欠いていると思う。 市場競合性のある範囲内で複数の延長を行うことをアバスチン最判にしたがって認めてしまうのであれば、特許権者が公平性を欠いた利益を受けることを防ぐために、特に2回目以降の延長(あるいは製剤特許の延長のように、既に特許権者が先行医薬品を独占販売しながら代替性の高い後行医薬品の承認を受けたとみなすべきもの)については、延長された特許権の効力範囲を極端に狭く解釈して無力化することはむしろ必要なのであって、すべての延長について「市場競合性のある範囲」に特許権の効力を及ぼすのは不適切だろう。 逆に、延長された特許権の効力範囲を「市場競合性のある範囲」に及ぼせと主張するのであれば、市場競合性のある範囲で複数の延長を行うことに対してもっと強く批判するべきだ。

ということで、やはり前田先生には、2015年論文のころに戻ってもらって、「市場競合性のある範囲」では、延長期間の設定は1回だけだということを再び論じてほしい。 2016年論文で前田先生が論じた「最高裁は、それについて調整を行う必要はないとする立場をとった」という言い方や、今回の論文の「現行法にこそ問題がある」という言い方は、いかにも「俺のせいじゃない」という感じなので、現行法や最判を前提としないのであれば、前田先生も本当は2015年論文で論じていたことが正しいと思っているのではないか?

前田先生はきっとそう思っていると私は思うから、今後も前田先生には期待しつつ、次の論文を待ちたいと思う。

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ところで、同志社大の井関先生が「市場競合性のある範囲」を基準とする考え方を批判していることは7月31日の投稿や8月18日の投稿でも書いた通りだが、今回の論文で前田先生が面白いことを書いている。

[同75ページ]
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つまり前田先生は、井関先生が論じていることは、結局のところ、市場競合性を基準とする説と同じじゃないの、と言っているのだ。 これについては、8月13日の投稿で私も井関先生の論説について、「しかし、特許権者の医薬品と“代替する”ことを根拠とするのであれば、それは市場競合性で範囲を区切ろうとする・・・考え方を採っているのと事実上違いはないということになるだろう」と書いた通りで、前田先生の言っていることはもっともだよね。 実際、それでいいのだと思うし。 ただし、複数回の延長を認めた上で、それぞれの延長した特許権の効力を「市場が競合する範囲」に重畳的に及ぼせと主張している今の前田先生や田村先生の考え方については、上述の通り私は反対だし、井関先生もきっと反対だと思うから、その点については私は井関先生を応援したいっていう気持ちはあるのだけど。。

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また今回の論文で前田先生は、延長された特許権の効力範囲を「後発医薬品」の範囲に設定することについて、「なにゆえ他人の臨床試験データを流用するからといって特許権が及ぶことを正当化できるか不明という批判ができるだろう」と指摘し、延長制度の趣旨(侵食された特許期間の回復)からは論理的に説明ができないと批判している(以下に引用)。

[同75ページ]
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これについては8月13日の投稿で書いた通り、論理的に説明することは一応可能だ。 後発薬とは、先発薬があってこそ承認を受けられるものであるのだから、先発薬が承認を受けようとしている間は、その後発薬は、承認を受けようとしても受けられないことは自明だ。 よって、先発薬の実施できなかった期間(先発薬で延長した期間)は、その先発薬に依拠して承認を受ける後発薬についての特許発明の特許存続期間が侵食されていた期間だともみなせる。 したがって、後発薬に対する特許権の存続期間は、先発薬の実施できなかった期間だけ延長してよい理由はあるのだから、先発薬の承認で特許を延長した場合、延長された特許権の効力は、その後発薬にも及ぶと考えることが許容できるのだ。

なお前田先生は、延長された特許権の効力範囲は「市場競合性のある範囲」だと考えているのは上述の通りで、延長された特許権の効力範囲を「後発医薬品」の範囲に設定することについては、上に引用した通り「正当化できるか不明という批判ができるだろう」と論じているのだが、その一方で、以下のようにも書いている。

[同75ページ]
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[同79ページ]
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つまり、延長された特許権の効力範囲は「市場競合性の範囲」とするのが正しいのではあるが、予測可能性明確性の観点から、「後発医薬品の範囲」にすることも一案だと指摘している。

延長された特許権の効力範囲を「後発医薬品の範囲」にすれば、確かに予測可能性は高まるし、明確になるだろう。 しかし、本来は「市場競合性の範囲」とすべきものを、そんなに気軽に「後発医薬品の範囲」にしてしまってよいのだろうか? 延長された特許権の効力範囲を「市場競合性の範囲」にするか、「後発医薬品の範囲」にするかで、実質的な違いは生じないのだろうか?

これについては、次回、愛知先生の論文を取り上げるときに考えてみたい。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする