2018年10月31日

@ 進歩性拒絶の引例に引用発明適格性など必要か? A 発明の効果の検討は不要か? 「ピリミジン誘導体事件」平成30年4月13日大合議判決(平成28年(行ケ)10182;平成28年(行ケ)10184)(Sotoku 通号10号)


Sotoku 通号10号 1-30 (2018) (published online on 31-10-2018)

タイトル: 特許法第29条第2項(非容易想到性規定)に基づいて進歩性を否定するための引例中の発明は、いわゆる「引用発明」であること(引用発明適格性)が求められるのか、そして、発明の構成に至る動機付けさえ否定されれば、発明の効果を考えるまでもなく進歩性は肯定できるのか:「ピリミジン誘導体事件」平成30年4月13日知財高裁大合議判決(平成28年(行ケ)10182,10184)

著者:  想特 一三 (Sotoku Ichizo)


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今回の大合議判決(平成28(行ケ)10182、10184)における争点の1つは「進歩性」だ。

原告(無効審判請求人)が提示した主引例(甲1)(特表平3-501613)には以下の化合物が記載されており、この化合物が高いHMG-CoA還元酵素阻害活性(コレステロールの生合成阻害作用)を有することも知られていた。

[甲1の実施例1b の化合物]
20180424_kou1_1.png

これに対して本件発明においてもっとも重要な化合物であるロスバスタチン(商品名 クレストールR)は以下のような化合物で、実質的な違いは丸を付けた部分(判決文の「相違点1−i」に対応する)で、上の化合物では窒素(N)にメチル基(-CH3)が2つ付いている(すなわち -N(CH3)2 ) のに対して、下の化合物ではメチル基の1つがメチルスルホニル基(-SO2CH3) に変わっている(すなわち -N(CH3)(SO2CH3) )。

[本件発明の化合物]
20180424_honken1.png

さらに、原告は副引例(甲2)を提出した。 そこには、やはりHMG-CoA還元酵素阻害活性を持ち、構造的にも類似した化合物について記載されており、以下に示すように、本件発明の化合物とそこそこ近い化合物も合成されている。

[甲2の実施例23に記載の化合物]
20180424_kou2-3.png

そして甲2には、より一般化された化学式が記載され、置換基として多数の選択肢も列挙されているが、その中には、上の丸で示した「R3」のところが -N R4 R5 の構造をとっていてもよいことが記載されており、「R4 及び R5 は同一もしくは相異なるものであり,メチル,エチル,プロピル,・・・,メチルスルホニル,・・・ を表わす」との記載があることから、上のロスバスタチンと同様に、窒素にメチル基とメチルスルホニル基が結合している構造 -N(CH3)(SO2CH3) も、考え得る組み合わせとしては含まれていた。

この場合に、本件特許発明に進歩性はあるのかが問題となった。

今回の判決に関しては、4月に感想をいったんはブログに公開したのだけれど、まだ考えが足らない気がしたのでもう少し考えて論文の形式で書いてみることにした。 そうこうしているうちに判決の解説論文である「知財高裁詳報」(Law and Technology 80号 88-97 (2018) )が公開され、また、退官した清水節先生の講演会に出席した人を通して判決に関して清水先生がどう考えているのかについて情報なども知ることになり、判決に対する理解は少しは深まったと思う。 特に、4月の段階では私は、「進歩性なしで拒絶する場合に副引例を使うことはそもそも必須ではないのだから、副引例の発明に引用発明適格性を求めている大合議判決が間違っているのは明らか」だと考えていた。 しかしその後、主引例だけを使い副引例を使わずに進歩性を否定する場合は別論だと清水先生が考えていることを知って、「なるほど」と思った。 それについては本稿の「9.」節で書いた。

10月に入り、もういい加減、論文を公開しなければと考えていたところ、同志社大の井関涼子先生の論文(特許研究 No.66, 60-75 (2018))が公開された。 今回の大合議判決に対する評釈はこれまでにもいくつか出ているが、井関先生の論文は、大合議判決の判旨をかなりはっきりと批判的に論じた論文として注目される。 井関先生の論文については、本稿の最後の脚注で触れた。

北大の田村善之先生も、そのうちウエスト・ロー・ジャパンの判例コラムでこの判決の進歩性の判断に対する評釈を公開しそうだ。 田村先生は、この夏、北大のサマーセミナーに清水先生を招いたし、批判的には書きにくいのではないかと少し心配だが、どういう内容になるのだろうか。。

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さて、本稿で検討したのは以下の2点。

 1.進歩性の判断において引例に「引用発明が記載されていること」(すなわち引用発明適格性)は必要なのか。

 2.本件発明の構成を選択する「動機付けがない」(あるいは本件発明の構成にかかる選択肢を抽出できない)というだけで進歩性は肯定できるのか。

上記の2点について、今回の大合議判決はいずれも肯定しているが、私はいずれも否定する。

上記の「1.」の引用発明適格性の問題については、例えば「逆転洗濯機」事件(平成22年(行ケ)1029)のように、洗濯機に関する主引例の発明に、船舶等のプロペラに関する副引例を組み合わせて進歩性を否定するような主張であれば「そういう文献を引例にするな。」(←「引用発明適格性」の一種?)と言いたくなる気持ちは分かるのだけれど、両者を結び付ける示唆のようなものがあればまた話も変わってくるわけで、結局は動機付けの問題なのではないかなぁ、と私は思っている。 詳しくは本稿の「1.」節〜「8.」節を参照。

上記の「2.」について、本稿に書いたことをもとに、以下に書いてみたい。

本件特許が出願された当時、コレステロール合成抑制薬としては「メビノリン」がすでに海外で商品化されていた。 そして本件の主引例である「甲1」には、上記の甲1の実施例1bの化合物と「メビノリン」について、HMG-CoA還元酵素阻害活性や生体内におけるコレステロールの生合成阻害作用を比較する実験が行われている。

[甲1 の「試験A」および「試験B」の結果より](甲1 11〜12ページ)

HMG-CoA還元酵素阻害活性(IC50:50%阻害濃度)
 実施例1b の化合物 IC50=0.026μM
 メビノリン IC50=0.352μM

生体内コレステロール生合成阻害作用(ED50:50%阻害投与量)
 実施例1b の化合物 ED50=0.028mg/kg
 メビノリン ED50=0.41mg/kg

上記の数字は、同じ効果を達成するために必要な薬剤の量を表しているから、数字が低いほど活性が高いことを示している。 つまり、甲1の実施例1bの化合物は、HMG-CoA還元酵素阻害活性としては既存薬であるメビノリンの13.5倍(0.352÷0.026)、生体内コレステロール生合成阻害作用としては14.6倍(0.41÷0.028)の活性を持つことが分かる。 それだけ高い活性を持つ化合物が、本件特許の出願前に既に知られていたわけだ。

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さて、大合議判決は、以下のように説示して本件発明の進歩性を肯定した。

[判決文PDF 116ページ]
・・・,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「- N(CH3)(SO2R')」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1−@)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。

つまり大合議判決は、上に示した甲1の化合物の赤い丸の部分を本件発明の化合物の赤い丸のように「置き換えることの動機付けがあったとはいえない」ということを理由に進歩性を肯定した。

そして原告(無効審判請求人)は、本件発明の化合物は、甲1の化合物に比べて顕著に高い活性を持つとは認められないので、進歩性は認められるべきではないと主張したが、これに対して大合議は以下のように説示した。

[判決文PDF 116-117ページ]
・・・,進歩性については,既に判示したとおり,甲2に相違点(1−@)に係る構成が記載されておらず,また,・・・,相違点(1−@)の構成を採用する動機付けがあったとはいえないことから,容易に発明をすることができたとはいえないと判断されるのであって,原告らが主張するような基準を設定して判断しているものではない・・・,・・・。

つまり大合議判決は、活性など関係がないという立場を示した。 「相違点(1−i)」の構成(本件発明の化合物における上の赤い丸で示した構造)を採用する動機付けがあったとはいえないということだけで進歩性は肯定されるのであって、活性が高い必要などない(活性がある必要さえない)という立場を示したのだ。

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一方、「サポート要件」に関して原告は、本件発明の化合物は、甲1の化合物を超える活性を持つとは認められないのでサポート要件を満たさない旨を主張したが、これついては大合議は以下のように説示した。

[判決文PDF 119ページ]
 以上を考え合わせると,本件発明の課題が,上記の既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することにあるとまではいうことはできない。
 ウ したがって,本件発明の課題は,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるというべきである。

[判決文PDF 119-120ページ]
・・・,本件明細書・・・には,・・・,メビノリンナトリウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性を100としたときに,化合物(Ia−1)のHMG-CoA還元酵素阻害活性が442であることが記載されている。

[判決文PDF 121ページ]
 そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の化合物が,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること,すなわち,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。

[判決文PDF 121-122ページ]
 ア (ア) 原告らは,・・・,本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されており,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であったから,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨主張する。
 しかし,・・・,本件発明の課題が,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。

上記の通り大合議判決は、既存薬であるメビノリンのHMG-CoA還元酵素阻害活性を100としたときに,本件発明の化合物の活性は442(すなわち4.4倍)であることが明細書に記載されているとした上で、「コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物」であればサポート要件は満たされるのだと説示した。 この説示からすれば、既存薬であるメビノリンと同様またはそれ以上(4倍程度?)の活性があればよいということになるだろう。

以上をまとめると、進歩性に関しては、主引例(甲1)の化合物を改変した構成について引例に示唆がない限りは進歩性は否定されず、たとえ改変したことで活性が失われても進歩性は否定されない。 サポート要件に関しては、既存薬であるメビノリンと同様またはそれ以上の活性があればよいということになる。

ところで上記の通り、主引例(甲1)の化合物は、そもそもメビノリンの14〜15倍の活性があるわけだ。 そうすると、甲1の化合物をでたらめに改変して、たとえ活性が1/3に低下してしまったとしても、まだメビノリンの5倍くらいは高いのだから、サポート要件は十分に満たされることになる。 そして上述のとおり、そのでたらめな改変を具体的な技術的思想として抽出できる副引例がないかぎり進歩性も否定できないわけだから、特許が取れるということになってしまう。

特許制度ってそういう制度だったっけ?

このように今回の大合議判決は、公知技術の「改悪発明」でさえ喜んで特許にしますと言っているような判決だ。 判決を行った裁判官の方々はおそらくそういうつもりではなかったのかも知れないが、判決文を読むかぎり、そう読めてしまう。 これをそのまま認めてしまってよいのだろうか?

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今回の特許発明には進歩性があるという最終結論には私は賛成だけれど、進歩性の判断手法に関しては、今回の大合議判決は問題のある判決だと思う。 この判決後、批判的な論文が出るのを待っていたけれど、最初に書いた通り、井関先生が出してくれた。 田村先生やその他の先生方にも、ぜひこの判決の問題点を論じて欲しい。

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最後に、今回の論文では、清水先生が退官後に行った講演やセミナーの内容も多少盛り込んだけれど、これについては否定的に考える人もいるかも知れない。 私も書いていいかどうか多少迷ったけれど、基本的には進歩性の考え方の学術的な話であって、別に隠しておく意義に乏しいと思われることや、先にも言った通り、副引例を使わない場合の進歩性の考え方を清水先生が私見として明らかにしたことは、今回の大合議判決の説示が、進歩性の考え方全体の中の一部に過ぎないことを理解するためにも重要だと思うので書くことにした。 つまり、「副引例を使わずに技術常識を適用する場合は動機付け不要」、「顕著な効果がある場合は進歩性あり」という清水先生の考え方があるからこそ、今回の大合議判決の説示も、実務上はうまく回るのだろうなと理解できるわけで、もしそれがなければ、今回の大合議判決の説示は「おかしな判決だなぁ」としか捉えられないと思う。 そういう意味では、今回に限らず、知財判決に関わる判事さんには、自分たちの考え方をもっと積極的に公表してほしいと思うし、それによる学術分野への貢献は、判決文しか検討対象にできない場合に比べてとても大きなものになると思う。

さて、清水先生は、早稲田で文字通り「先生」になるのだと思うけれど、学生になった人たちは、単に清水先生の講義を聞くだけじゃなくて、おかしいと思うところは、「清水先生、ここはおかしいんじゃないですか?」ってちゃんと突っ込んで欲しいんだよね。 それも1回や2回じゃなくてしつこくね。 そして、できれば清水先生と学生が一緒になって、新しい考え方を作り出してくれればいいと思う。

ということで、清水先生がいつの日か、進歩性について新たな「清水説」を説く論文を出すのを期待したい。


[2018/11/19 追伸]
ウエストロー・ジャパンの判例コラムで田村先生の判例評論「第153号 進歩性要件の判断の基礎となる引例適格性について」が公開された。 田村先生には二度と引用されないんじゃないかという気もしていたけれど、そうではなくてよかった。😀

しかも内容も、私にとっては予想を超えるものだった。 上で、「田村先生は、この夏、北大のサマーセミナーに清水先生を招いたし、批判的には書きにくいのではないかと少し心配・・・」と書いたけれど、失礼な話でした。 学問に対する田村先生の姿勢がうかがえるね。

田村先生の「4 評釈」の「4)」と「5)」はとても共感できる。 「6)」も、言っていることは、まあ、その通りだと思う。 「7)」については、多分、私は異論があるけれど、もうちょっと考えてみたい。



posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする