2019年08月27日

「顕著な効果」の用途限定権利行使論?「シュープレス用ベルト事件」判決解説(清水節先生,特許判例百選第5版 有斐閣 2019)


清水節先生(前知財高裁所長)が進歩性の顕著な効果に関して「独立要件説」を支持しているであろうことは、2018年6月22日の投稿や、Sotoku 10号 の脚注28でも書いたけれど、今月発行された『特許判例百選 第5版』(別冊ジュリスト 244,小泉直樹,田村善之/編,有斐閣)では、「シュープレス用ベルト事件」(平成24年(行ケ)10004)判決(平成24年11月13日判決)の解説において清水先生が、まさに進歩性の「顕著な効果」の考え方に関して、「顕著な効果の独立要件説」という副題を付けて解説してくれている! 私にとって、清水先生はこの問題を一番解説してほしい人の一人だから、今回の判例百選の解説はとても興味深く読んだ。 といっても、2ページしかないし、あくまで判例解説であって自説を長々と説く場ではないから、情報量は多くないけれど。

私が「独立要件説」に否定的であることはSotoku 10号の脚注38、39でも書いたし、前田先生の論文に対する2019年4月24日の投稿や、田村先生の論文に対する2019年5月30日の投稿でも書いた。 但し、そこに書いたとおり、私は前田先生が解説するような「二次的考慮説」にも批判的で、むしろ「二次的考慮説」は、ある種の欺瞞(すなわち、顕著な効果がなければ “動機付けがある”、“容易想到” だとみなすものを、「顕著な効果」がある場合は一転して “困難だった” とか、 “動機付けがない” とか、 “容易想到ではない” と思うことにするという欺瞞)の上に成り立っているという点で、「独立要件説」よりもたちが悪いかも知れないとさえ思っている。 だから私は、「独立要件説」も、通説的な「二次的考慮説」も、どちらも支持していないのだ。

それについては2019年4月24日の投稿に書いたからいいとして、今回の解説で清水先生は、特にどちらの説を支持しているとは書いていないものの、独立要件説について「従前からの審決(・・・)や多くの裁判所の立場である」と解説している。 そして「シュープレス用ベルト事件」判決に関しても、「他の多くの裁判例と同様に、独立要件説的に理解するのが自然であろう」と解説している。

まあ、こういう書きぶりからして、清水先生は今でも「独立要件説」を支持しているのだろう。

ところで、今回の清水先生の解説には、最後にちょっと驚きのことが書かれている(以下に引用)。

[清水節「進歩性(5)」特許判例百選 第5版 有斐閣 2019 140-141 の141ページ (強調は私が入れた)]
 ・・・,本判決は,本件発明1が,・・・従来から使用されていた硬化剤(ETHACURE300)をシュープレス用ベルトに用いたことにより,・・・クラック発生の防止という予測することができない顕著な効果を奏することを理由に進歩性を認めたものである。したがって,いわゆる用途発明の議論と同様に,従前から当業者が使用していた当該硬化剤をシュープレス用ベルトの製造等に用いたことに対して,本件発明1はどのように権利行使ができるのかが問題となる。 具体的には,・・・当該硬化剤を用いたシュープレス用ベルトを製造等した者は,効果の主張と関わりなく全て特許権侵害となるのか,それともクラック発生の防止という効果を主張した場合に特許権侵害となるのか等の問題が生じ(中山信弘『特許法〔第3版〕』[2016] 139頁参照),今後検討すべき課題となろう。

つまり清水先生は、本件の特許権は、「クラック発生の防止」という用途発明を実施したとみなせる場合にしか権利行使できないという可能性に言及し、これが「今後検討すべき課題となろう」と言っているのだ。 「クラック発生の防止という効果を発揮した場合に」ではなく、「クラック発生の防止という効果を主張した場合に」というのだから、「クラック発生の防止」という効果さえ謳わなければ、たとえ本件発明と構造的に同一のシュープレス用ベルト(結果的にはクラック発生の防止という効果は発揮される)を製造販売しても権利侵害にならないという可能性を示唆しているのだろう。 そうすると、「顕著な効果」や「予想外の効果」を主張して「物質特許」を取ると、その効果を発揮させる「ため」という「用途」にしか権利行使できない「用途特許」になってしまう(ことがある)ということになるのだが、そんなことはあり得るのだろうか? もしそうなら、この特許はとても無力化されることになるね。 ちなみに、清水解説に引用されている中山先生の「特許法 第3版」139頁は、別にそういうことが書かれているわけではなくて、単に「用途発明」はその用途にしか権利行使できないということが書かれているだけだ。

本件特許(特許3698984)の請求項1は、以下のようになっている。

【請求項1】
 補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され,
 外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにおいて,
 外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と,を含む組成物から形成されている,
 シュープレス用ベルト。

つまり、「クラック発生の防止」という用途限定はないし、「クラック発生が防止される」という特性すら記載されていない。 にもかかわらず、「クラック発生の防止」という効果さえ謳わなければ、このシュープレス用ベルトを製造販売しても権利侵害にならないという考え方は、どういう理屈で導き出せるのだろうか。

但し、本件には特殊な事情があって、判決文によれば、係争中に特許権者(原告)は、本件発明は「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的」としているのだと主張し、本件発明は以下のように認定されるべきだとまで主張している。

[判決文 原告の主張より]
本件発明1
 補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり,前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され
,  外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトに関して,
 シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生するのを防止することを目的として
 外周面を構成するポリウレタンは,末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと,ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤とを含む組成物から形成されている,
 シュープレス用ベルト。

そして上記の下線部は引用発明との相違点であり、原審審決はそれを看過しているとまで主張している。 まぁ、そこまで言われると、じゃあ、クラック発生防止を目的としていない場合は本件発明には含まれないのだなという気にはなるかも知れない。。

但し、本判決において裁判所は、そうした特許権者の主張を一蹴した上で進歩性を肯定しているから、特許権者が上記のように主張したことが権利行使制限の理由になるとまではいえないように思う。 それに清水先生自身、今回の解説において、上記のとおり「本判決は,本件発明1が,・・・クラック発生の防止という予測することができない顕著な効果を奏することを理由に進歩性を認めたものである。したがって,・・・」というように解説しており、「原告は本件発明がクラック発生の防止を目的とする旨を主張している。したがって,・・・」と解説しているわけではないから、清水先生としては、係争中に特許権者が上記のような主張をしたことが権利行使制限の原因だと考えているわけではなく、あくまで「顕著な効果を奏することを理由に進歩性を認めた」場合の話をしているのだと一応は理解できるだろう。

しかし・・・、清水先生は何故こんなことを書いたのだろう? ひょっとして、独立要件説をそのまま採ったのでは、特許権者に有利すぎるからバランスが悪いと思っているのかな? だとすれば私にとっては歓迎すべき方向ではあるけれど。。

まぁ私としては、たとえ「クラック発生の防止」という効果が予想外であって、その場合に「クラック発生の防止」という用途に限定された「用途発明」の進歩性の有無を考えるとしても、当業者が本件の発明の構成に到達することが時間の問題であったのなら、クラック発生の防止効果が発見されるのも間近であったと言え、進歩性は否定すべきだと思うけどね。。

ということで、私は今回の清水先生の解説を読んで、清水先生は「独立要件説」をもろ手を挙げて支持しているわけではないかも知れない、ということが分かった点で、一条の光が見えたような気がした。 まだ道は長いかも知れないけれど、いつか清水先生が、「独立要件説」を捨てる日が来ることを期待しよう。^^

*      *      *

ちなみに、「シュープレスベルト事件」の進歩性の考え方に関しては、つい最近、田村先生も論文を書いてくれている(田村善之, パテント8月号 2019, Vol.72 No.9, 5-12)。 田村先生は、過去に本件の進歩性の判示を否定的に論じており(パテント Vol69, No.5(別冊15) 2016, 1-12)、そのことについては2018年6月22日の投稿でも書いたけれど、その後も田村先生の考え方が変わっていないのか、ちょっと心配だった。 でもうれしいことに今回の論文で田村先生は、「・・・,動機づけがあることが示されている以上,たまたまとはいえクラックの発生が抑制されることが発見されるのは間近であったといえ,それが予測しがたい顕著な効果であるからといって,あえて特許を与える必要はないように思われる (20)。」と論じており、今でも考え方は変わっていないみたいだ。 私もこの点は田村先生の言うとおりだと思う。

ただし、田村論文(上記のパテント8月号)の脚注20でも指摘されているとおり、本件発明で用いられた硬化剤(ETHACURE300)がシュープレスベルトの製造に使用されることが、本当に時間の問題であったのか、ということについては、若干疑問の余地はあるかも知れない。 判決文を読む限り、ETHACURE300以外にも、使えそうな硬化剤はそれなりに多数存在していたようだから、シュープレスベルトの製造においてETHACURE300に辿り着くことが時間の問題だったとまでは言えないかも知れない。 そうすると、本判決の結論(進歩性ありという結論)自体は批判に値しないということになるから、この事件を、「進歩性を肯定すべきでない発明について、独立要件説に基づいて進歩性を肯定した不当な判決」とまではいえないことになる。 それもあって私は Sotoku 10号(の脚注39)でこの問題を取り上げるときに、この案件を取り上げる代わりに、不当であることがより強く感じられる「芝草品質の改良方法」事件(平成25年(行ケ)10255;平成26年9月24日判決)の方を取り上げたんだ。

まあそれはともかく、田村論文(の脚注20)で田村先生が指摘しているとおり、本判決の論理構成自体は、「ETHACURE300の選択の困難性を論じるまでもなく(・・・),・・・顕著な効果があるがゆえをもって,進歩性が肯定されるという独立要件説的な論法を用いている」のだし、その点は今回の清水先生の解説でも「独立要件説的に理解するのが自然であろう(田村・前掲9頁,反対,前田・前掲36頁)。」と指摘されているし、私もそう思うから、その点で、私は本判決に批判的だ。

なお、上記のとおり清水解説には「反対,前田・前掲36頁」と書いてあって、前田先生は本判決は「二次的考慮説」に拠っていると考えていることが示唆されており、その前田論文(L&T 82, 2019)にはさらに高石先生の論文(パテント別冊15, 2016)が引用され、高石先生も前田先生と同じ見解であることが示唆されているけれど、前田先生のような本判決の見方(二次的考慮説的な見方)は、冒頭で述べたとおり、顕著な効果があることをもって「容易想到ではない」と結論する欺瞞的な論理付けを受け入れる(あるいは問題視しない)ことによって成り立っているわけで、実質的には「独立要件説」と変わるところはないのだからね、というのが私の理解だ。

5月30日の投稿でも言った通り、そうした欺瞞的立場を採らず、本判決を「独立要件説的」だと解説する清水先生の方が、潔いし分かりやすいと思う。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする