2019年10月02日

「独立要件説」に立った結果 ⇒ 既知のラセミ体の一方は進歩性あり(「光学活性ピペリジン誘導体」事件 平成24年(行ケ)10206,平成24年(行ケ)10207)


この「光学活性ピペリジン誘導体」事件判決は6年前の判決(2013年7月24日判決)であって、最近の判決ではない。 しかし先日、高石秀樹先生が「アレルギー性眼疾患事件」(平成30年(行ヒ)69)に対する解説(高石解説と略記)を公開(以下↓)されて、その中で言及されている判決だ。

[高石解説]
「ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤」事件  〜進歩性判断時に、「予測できない顕著な効果」は、他の化合物と比較するのではなく、発明の構成自体から優先日当時に当業者が予測できたか否かの問題であると判断した最高裁判決〜
(高石秀樹(執筆),吉田和彦(監修),中村合同特許法律事務所HP,2019年9月26日 法情報提供)

この「光学活性ピペリジン誘導体」事件判決(平成24年(行ケ)10207)を高石解説は、「“独立要件説”に立ったと考えられる裁判例」として紹介している。 具体的には高石解説は、「構成が容易想到であると認定した上で、・・・ 発明の「効果」のみを理由として進歩性を認めた裁判例は殆ど存在しない。」とした上で、「数少ない・・・裁判例として、知財高判平成24年(行ケ)第10207号「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法事件」(設樂裁判長)は、公知のラセミ体を構成する一方の光学異性体の物質発明(・・・)(【請求項1】式(T)…で示される絶対配置が(S)体である光学活性ピペリジン誘導体のベンゼンスルホン酸塩。」)について、「構成の観点からは,当業者が容易に想到可能であった」としながら、「顕著な効果」を有することを理由に進歩性を認めた。」と解説している。

この「光学活性ピペリジン誘導体」事件については、tokkyoteki先生が判決直後に既に解説されていて、今回の高石解説を受ける形で再び下記のように紹介して下さっている。


その解説を改めて読んでみて、あぁ tokkyoteki 先生も批判的にコメントされていたんだなぁ と思ったので、私も今回ちょっとこれについて書いてみようかと思う。

判決文によれば、この化合物には光学異性体(S体とR体)があって、普通に合成するとS体とR体が混ざった混合物(ラセミ体)として合成される。 そして、そのラセミ体が「抗ヒスタミン活性」を持っていることは既に知られていた(特開平2-25465)。 そして、化合物の構造も分かっていたから、この化合物には不斉炭素が含まれていて、S体とR体が存在することも分かっていたわけだ。

この状況で本件発明は、光学異性体を分離するためによく用いられているジアステレオマー法を用いて本件化合物のS体とR体を分離精製すること試みた。 具体的にはHPLC(高速液体クロマトグラフィー)を用い、特定の溶媒(ヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸(0.1%))とカラム(CHIRALCEL OD や CHIRALPAK AD)を組み合わせ、他にも分離手順のポイント(HPLCに通す前に、試料をエタノールに溶解させるなど)はあるのかも知れないが、ともかくS体とR体を分離することに成功した。 そしてS体とR体の薬効を調べたところ、薬効の本体はS体であって、R体はほとんど活性がないことを見出したというもの。 具体的には、モルモットにヒスタミン塩酸塩を静注して誘発させるヒスタミンショック死を抑制する効果を試験した結果では、半数の個体をショック死から免れさせるために必要な投与量(ED50)は、S体が0.023 mg/kg に対してR体は 1.0 mg/kg で43倍の差があり(明細書の表1)、抗BPO-BGG・IgE血清を用いたhomologous PCA反応のED50では、S体が0.025 mg/kg 程度であるのに対してR体は 3.0 mg/kg 以上であり 100倍以上の差があった(明細書の表2)。 また、本件化合物をベンゼンスルホン酸塩または安息香酸塩とすることで、吸湿性の少ない安定した結晶が得られることも見出した(以上、明細書の記載より)。

以上の結果をもって出願されたのが本件出願で、訴訟時における請求項1は、平成24年(行ケ)10206 の特許(特許4562229)については「実質的に(R)体を含有しない,(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩を有効成分としてなる,医薬組成物。」となっており、平成24年(行ケ)10207 の特許(特許4704362)については「式(T)
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で示される絶対配置が(S)体である光学活性ピペリジン誘導体のベンゼンスルホン酸塩。」となっている。

この判決において裁判所は、S体とR体を分離し、S体のみを取得する方法に関する困難性はことごとく否定した。 すなわち、分離にあたってジアステレオマー法を用いること、HPLCを使用すること、溶媒としてヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸 (0.1%) を用いること、カラムとして CHIRALCEL OD や CHIRALPAK AD を用いることなどはすべて容易だと判断した。

また、S体とR体を分離して、その一方だけを医薬品とすることに関する出願当時の技術常識について、判決文には以下のような文献の記載が引用されている。

[平成24年(行ケ)10206 判決文より](強調は私が入れた)
(3) 本件特許の優先日当時の技術常識について
ア 刊行物の記載

(ア) 昭和62年10月1日発行の「月刊薬事」Vol. 29, No. 10(甲4)
 「生体(酵素や受容体)はこれらの光学異性体を識別する能力を持っており,異性体にはまったく生理活性を持たないもの,弱い同類の生理 活性を持つもの,拮抗的な生理活性を持つもの(アンタゴニスト)や別な生理活性を持つものがある。それゆえ,医薬品として用いるときには ラセミ体としてではなく,目的にあったエナンチオマーのみを用いることが好ましいと考えられるが,現状はほとんどがラセミ体として用いら れている。…しかし,最近,医薬品としてラセミ体の開発・使用に関して問題が投げかけられてきた。その背景として,最近の薬物分析技術の 進歩,とくに高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発などにより,光学異性体の分離・定量の技術が進歩し,その結果,合成 キラル医薬品の生体内動態,特に代謝に関して異性体間に著しい差があることが明らかになったことがあげられよう。」(・・・)

(イ) 平成元年10月10日発行の「季刊化学総説」No. 6「光学異性体の分離」(甲3)
a 「1 光学活性体のプレパレーション」という表題の論文
 「研究の精密化に伴い,医薬品,農薬,食品,飼料,香料などの分野で光学活性体を扱うことの重要性が日ごとに増大していることはいうまでもない。光学活性体が対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多いからである。たとえばグルタミン酸の場合,L体(S)には旨味があるが,D体(R)には旨味はなく,酸味が感じられるだけである。不幸な事件のために有名になってしまったサリドマイド… も,(R)体は催奇形性をもたないが(S)体には強い催奇形成があり,ラセミ体を実用に供したことが悲惨な薬害事件…をひき起す原因 となった。さらに,対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害…をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品 の開発研究でしばしば体験するところである。…したがって,光学的に純粋な対掌体をいかにして入手(合成または分割)するかは,医薬品のみならず生物活性物質を対象とする研究において,不斉中心をもつ化合物を扱う場合,避けて通ることのできない重要課題である。この目的に対して,・・・,ラセミ体を製造(合成)したうえで,それを効果的に光学分割…する手段もまた有効な方法として多用されている。」(・・・)

b 「2 光学活性体の生理活性」という表題の論文
「動物はL-アミノ酸より成るタンパク質から構成されており,生体内の代謝に関与する酵素もタンパク質である。酵素の基質特異性に基質の光学特異性が大きく寄与するのは,酵素側に存在する不斉性を考えれば容易に『当然のこと』と受けとめることができる。生体内で起る複雑でありながら選択性の高い反応は,酵素による『不斉を含む三次元の分子認識』によるものと考えられる。生理(薬理)活性をもつ物質が生体に摂取され吸収されると,その物質に特異的な親和性をもつ受容体…との結合により生理活性が発現することになるので,基質が不斉中心をもっていれば,その(S)体と(R)体とでは生理活性に相違が生ずるのはこれまた自然であろう。医薬品の多くは生体にとって異物…であり,副作用が認められない場合でも,疾病という異常状態から正常状態への復帰に必要な最少限度の用量を(必要期間だけ)投与されるべきである。したがって,医薬品の構造中に不斉中心が存在している薬物は,たとえ一方の光学異性体が生体に対して何らの生理活性を示さないラセミ体であっても,光学分割して目的に適合した対掌体のみを提供すべきであると主張されるようになった。換言すれば,このようなラセミ体は『50%の不純物を含有する医薬品』とみなすべきであるとの提唱であり,これが共感を呼ぶに至ったのはごく自然のことである。このような考え方が出てきた背景には,1章のはじめに述べたサリドマイドに関する知見が大きく横たわっていたためと思われる。…近年の有機化学の進歩は,従来困難とされていた化合物の不斉合成や光学分割を容易にしつつある。また,分析化学の進歩は,生体内における微量な光学活性薬物の分離分析を可能なものとした。薬物の体内動態が的確に解明される結果,光学活性体の形での開発が刺激され『50%不純物問題』が力強く後押しされることになった。」(・・・)

(ウ) 平成4年2月10日発行の「日本化学会誌」NO. 2(甲26)
a 「1 はじめに」の項
「1.1 光学異性に関する認識の深まり
…二つの光学活性体,そしてラセミ体の三者がいずれも『異なる』化合物であるということは,概念的には古くから知られていた。にもかかわらず,しばしばこれらが同等あるいは代用できるものとして扱われてきた一つの理由は,光学活性体を入手し,またその純度を評価するための手段が未発達であったことと,そのためにことさら,それら三者がいかに『異なる』かということが,実際的な問題として十分に認識されていなかったためであると思われる。この相違の重大さが最初に認識されたのは医薬の分野であろう。サリドマイドの催奇性が,その(S)-体に基づくものであるというBlaschke らの研究はよく知られているが,同様の例はかなりの数が知られるようになった。最近報告された例では,…。こうした背景から,近年医薬開発においては,ラセミ体を製剤化する場合にも,それぞれの光学活性体の薬理評価が必要とされ,またラセミ体の製剤化そのものに対する慎重論も高まっている。医農薬などの生理活性物質のみならず,機能性材料にも,強誘電性液晶などのように,光学活性体であることを必要条件とするものが見いだされ,光学活性体にかかわる研究,開発は,科学,技術の広い分野で活発化しつつある。しかし,その展開は光学活性体の製造,分析技術の水準による制約を受けざるを得ず,新たな技術の確立が希求されていた。・・・」(・・・)

上記のような状況を考えれば、薬効を示すラセミ体について、S体とR体を分離し、それぞれについて薬理評価を行い、薬効があり、かつ毒性のない異性体だけを医薬品として使用することの重要性は、出願当時において当業者に広く認識されていたと言えるだろう。

そのような中、裁判所は本件発明の進歩性について次のように判断した。

[平成24年(行ケ)10206 判決文より](強調は私が入れた)
・・・。したがって,審決が認定した本件特許発明1と甲2発明との相違点である,本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が「実質的には(R)体を含有しない,(S)体」であるのに対し,甲2発明では光学異性体についての特定がされていない点については,その構成という観点からは,当業者が容易に想到可能であったものということができる
 しかし,実質的には(R)体を含有しない,(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が,甲2公報に記載された本件化合物のベンゼンスルホン酸塩と比較して顕著な効果を有するのであれば,本件特許発明1の進歩性を肯定することができるというべきであるから,次に,実質的には(R)体を含有しない,(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩の有する効果について検討する。

(5) 本件特許発明の効果について
ア 本件明細書(甲1)には,ヒスタミンショック死抑制作用試験において(S)-エステルが(R)-エステルより約43倍強い活性を示したこと,homologousPCA反応抑制作用試験において(S)-エステルが(R)-エステルより約100倍以上強い作用を示したことが記載されている(【0030】〜【0035】)ところ,本件明細書は,この本件化合物のエステルによる(S)体と(R)体の比較を根拠に,本件化合物の(S)体がより優れた光学活性体であり,生体内で活性本体として作用すると結論づけている(【0048】)。
 そして,このことは,甲9の4の意見書に添付された実験成績証明書に,モルモットから摘出した回腸におけるヒスタミン誘発収縮に対する薬理試験(試験3)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸塩がそのラセミ体に対して約7倍の活性を示したことが記載されており,また,本件明細書に記載のヒスタミンショック死抑制作用試験と同様の試験(試験4)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸がラセミ体に対して約3倍の生存率を示したことが記載されていることからも裏付けられる。
 そうすると,本件化合物の(S)体は,その(R)体と比較して,当業者が通常考えるラセミ体を構成する2種の光学異性体間の生物活性の差以上の高い活性を有するものということができる
 したがって,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸は,審決が認定した甲2発明であるラセミ体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩と比較して,当業者が予測することのできない顕著な薬理効果を有するものといえる
・・・。
(6) 小括
 以上によれば,本件特許発明1の進歩性に係る審決の判断は,・・・,・・・ 本件化合物は,本願出願時の技術常識を考慮しても,当業者が容易に得ることができなかったものであるとしたことは誤りであるけれども(・・・),・・・ 本件化合物は,・・・ 当業者が予測することのできない顕著な薬理効果を有するものであると認定判断した点に誤りはなく(前記(5)),結局のところ,本件特許発明は甲2発明に対して進歩性を有するものとした審決の判断は,結論において誤りはない。

ラセミ体に含まれるS体とR体を分離してそれぞれの活性を調べてみることの重要性が当業者において認識されていたことを示す複数の文献が存在することについは、上述のとおり裁判所は認めているし、上に引用したとおり、本件化合物(S体)の取得困難性がないことについても裁判所は認めている。 その上で裁判所は、「顕著な効果を有するのであれば,本件特許発明1の進歩性を肯定することができるというべきである」と説示し、「顕著な効果」があることもって本件発明の進歩性を認めているのだから、高石解説が指摘するとおり、この判決はまさに “独立要件説” に立った判決だと考えらるだろう。

しかし果たして、この判決は妥当だったのだろうか?

私は、本件のような発明は、8月30日の投稿で書いた「進歩性 第1要件」で拒絶すべきだった案件のように思う。 なぜなら上に引用した判決文の中で言及されている文献にも記載されているように、生理活性を有する化合物がラセミ体である場合、S体とR体で活性や毒性に差がないのかを調べることの重要性は本件出願当時において広く認識されていたからだ。

その契機となったのが、当時の技術常識に関して上に引用した判決文の中で登場する文献のうち、甲4を除くすべての文献で言及されている「サリドマイド」事件だ。 サリドマイドは1950年代に開発された睡眠薬で、S体とR体が混ざったラセミ体として販売されていた。 しかし、S体に強い催奇形性があったため、この薬を服用していた世界各地の妊婦から奇形を持った子供が生まれてしまったのだ。 薬学史上、最悪の薬害とも言われている。

サリドマイド事件により、薬効を持ったラセミ体については、S体とR体で生理活性や毒性に違いがあるかを調べる必要性の認識は一気に広まった。 薬学分野の当業者の間で周知となったというようなレベルではなく、世界中の人たちに知れ渡ったのだ。 私も学生の時に授業で習ったくらいだから。

つまり、ラセミ体を構成する各異性体を分離して、その生理活性を調べることは、それほど強い要請があった。 医薬として使おうと考える以上は、必ず調べられなければならない特性とも言えるだろう。 そして裁判所によれば、本件のラセミ体を構成する各異性体を分離する具体的手順は容易だと判断されている。 だとすれば、それを調べた結果どんなに驚くべき結果が出ようが、それは「強い要請」と「容易な手順」によって自然に行き着くはずであった結果に過ぎないのであって、「時間の問題」あるいは「一本道性」があると言えるのではないか(下図)。


[あるべき進歩性の判断手順]
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なお8月30日の投稿で私は、進歩性の第1要件について、「近々誰かが発明するようなものか」と記載し、第1要件が「時間性」の問題であるかのように書いたのだけれど、「時間が短いこと」が必須というわけではない気もするので、上記のように少し修正してみた。 但し、これについては私もまだ少し迷いもある。

ともかく、本件のような発明は、薬効を示すラセミ体が公知となり、かつ各異性体を分離する手法が容易で動機付けもあったという場合には、それだけをもって各異性体の特許性は失われていると考えるべきで、「顕著な効果」によって特許性を復活させるようなことをすべきではないと思う。

なお本件の場合は、本件の特許出願(特願平9-350784;宇部興産・田辺製薬の共願)を行ったのが、本件化合物を最初に開発して出願(特願昭63-175142)した者(宇部興産)と同じ側だから、本件出願が特許になってもあまり不当性を感じないかも知れないが、本件のラセミ体はすでに公知であった以上、まったく別人が光学異性体を分離して本件のような出願を行うこともあり得ないことではなかった。 上記のように、薬効を持つラセミ体から光学異性体を分離して活性の違いを調べる必要性は広く認識されていたし、その手法も裁判所が説示しているとおり容易だったのだからね。 そうすると、宇部興産が開発した本件化合物について、まったく無関係の他者がいち早く異性体(S体)を分離して、特許出願を行うことも起こり得たわけだ。 そして容易なものでも「顕著な効果」がありさえすれば特許にするというのなら、その「他者」は本件化合物のS体について特許を取得することができただろう。 そして宇部興産・田辺製薬による本件医薬品の開発を妨害したり、多額のライセンス料や買取を持ちかけることもできたかも知れない。

私は、特許制度がそのような目的のために便利に使われるものであってはいけないと思う。 薬効を持つラセミ体を最初に作り出して特許出願を行った場合は、それが公開された時点で、容易に取得できる各異性体については特許性は失われたとみなし、たとえそれが「顕著な効果」を持つとしても新たな特許になることを許さず、最初に特許出願をしてそれを公開した者が安心して医薬品開発を進められるようにすることの方が妥当なのではないか。 またそうであれば、この化合物を最初に作り出してラセミ体として特許出願を行った者が、のちに各異性体を分離して「顕著な効果」を見出したとしても、それによって新たな特許が付与され、独占期間を事実上先延ばしするようなことが許されないのは、また当然のことだろうとも思う。

また、今回の「アレルギー性眼疾患」事件の最判(平成30年(行ヒ)69)において最高裁は、「・・・本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,・・・」と説示し、まるで医薬用途の場合は進歩性のハードルを低くすべきだと言っているようにも見えるが、8月30日の投稿の(4)でも書いた通り、特許出願を行うのは、その医薬品を開発して上市してくれる者とは限らない。 その気がない者であっても、出願すれば特許は取得できてしまう。 「医薬発明の進歩性のハードルを低くすれば医薬の開発が促進される」などというのは根拠のない話であって、そのような考えのもとに進歩性のハードルを人為的に操作すれば、意図しない結果を招くことになるだろう。

*      *      *

ということで、高石解説が、発明の「効果」のみを理由として進歩性を認めた数少ない裁判例として紹介している「光学活性ピペリジン誘導体」事件判決について感じたことを書いてみた。 つまるところこの判決は、「独立要件説」を採った結果、誤った結論に至ってしまった判決だというのが私の見方ということになるだろうか。

もし、私の考えは間違っている、すなわち、この「ピペリジン誘導体」事件の判決は正しく、上記の最判の説示についても、「医薬用途の場合は進歩性のハードルを低くするべきだ」と捉えるのが正しいというのなら、残念ながら、以下のような特許戦略は有効だということになってしまうだろう。

薬効を持つラセミ体を他者が公表したらすぐにやるべき特許戦略

 そのラセミ体から異性体を分離し、それぞれの異性体について活性や毒性を評価する。 もし一方の異性体が、ラセミ体の2倍を有意に超える活性を示したり、顕著な毒性を示したりした場合は、すぐに特許出願する。 これにより、たとえラセミ体に関して他者が先に特許出願を行っているとしても、それに匹敵するほどの価値のある特許を取得することが可能となる。 たとえ異性体の分離が容易であり、その動機付けがあるとしても、「独立要件説」が進歩性をサポートしてくれるだろう。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする