2020年10月22日

サポート要件・実施可能要件の「表裏一体説」(同一要件説)は絶滅したか(前田健, 神戸法学雑誌70巻1号 (2020) について)


今回の投稿は、前回の投稿で触れたサポート要件と実施可能要件の「区別説」と「表裏一体説」の対立に関し、神戸大前田先生の論文(神戸法学雑誌70巻1号)を読んで「あれ!?」と思った点について簡単にコメントしようと思う。

「サポート要件」とは、特許法36条6項1号の(特許請求の範囲の記載は)「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」という規定を指しており、「実施可能要件」とは、36条4項1号の(発明の詳細な説明の記載は)「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」という規定を指している。

要するに、サポート要件とは、クレームの発明が明細書の記載にサポートされていることを求めるものであり、実施可能要件とは、クレームの発明が実施できる程度に明細書に記載されていることを求めるものだ(ちなみに田村先生は実施可能要件を全然違うように解釈しているフシがあるが、ここでは触れない)。 そうすると、両者は一体何か違うのかという疑問が生じる。 クレームの発明が、「実施できる程度に明細書に記載されている」(実施可能要件 〇)のに「明細書の記載にサポートされていない」(サポート要件 ×)などということがあるのか?

もしないのなら、「実施可能要件」があれば十分なのだから、「サポート要件」などそもそも要らないということになるだろう。

とは言っても、現行の特許法には条文(36条6項1号)がある以上、無視するわけにもいかないので、各要件を判断する際の論理づけの表現は適当に変えつつも、事実上は「実施可能要件」が満たされるのなら「サポート要件」も満たすと判断し、「実施可能要件」が満たされないなら「サポート要件」も満たされないと判断すればいいだろうということになる。

これに対して、「サポート要件」と「実施可能要件」は実質的にも違う要件だと考えている人もいる。 実際のところ、違う要件だと考えている論者の方が多い。 そして、違う要件だという論文を書いている論者の代表格が、筑波大の平嶋先生(平嶋竜太, ジュリスト, No.1316, 23-29, 2006)と、大野総合の弁護士大野先生(大野聖二, ジュリスト, No.1475, 20-25, 2015)だろう。 この考え方を大野先生の呼び方にちなんで「区別説」と呼ぶ。

それに対して、二つの要件は実質的に同じものだ(あるいはサポート要件を導入する必要はないのではないか)と主張している(いた?)数少ない論者が、かなり昔の論文になるが、東京ACTiの弁理士南条先生(南条雅裕, 知財管理 vol.53 (11) (通号 632) 2003, 1707-1722)と、神戸大の前田先生(前田健『特許法における明細書による開示の役割』商事法務 2012)だ。 これを「表裏一体説」(同要件説)と呼ぶ。

それで余談だが、「大野 vs. 南条・前田」という構図は、前回の投稿で少し触れた「PCSK9中和抗体事件」でも再現されていた(前田論文の脚注1を参照)(もっとも、区別説と表裏一体説がその事件で対立していたわけではない)。

さて、「表裏一体説」は、サポート要件に関する有名な判決である「偏光フィルム事件」大合議判決(平成17年(行ケ)10042)以降の裁判の趨勢と整合性がややとりにくいこともあり劣勢に立たされていて、区別説派の平嶋先生は「表裏一体説」について、「両要件がいずれも発明の公衆への開示に関する要件であるなどといったという大括りの表裏一体性だけを根拠とするだけでは,一体化して解釈するということの説得性をもち得るとは到底考えにくい。」(『知的財産法最高裁判例評釈大系: 小野昌延先生追悼論文集』2019 青林書院 の388-389ページ)というように、結構辛辣に前田先生の「表裏一体説」を批判している。

私としては、絶滅の危機にある「表裏一体説」を温かく見守りたいと思っていたのだが、今回の論文で前田先生は、ついに次のように論じるに至った。

[前田健, 神戸法学雑誌70巻1号 (2020) の脚注32](強調追加)
(32) 実施可能要件とサポート要件とは表裏一体のものであり、両者の区別は困難であるとの理解も有力であり(知財高判平成17年11月11日判時1911号48頁参照)、筆者も基本的にそのような考え方を採るべきと論じたことがあった(前田・前掲注14)296頁参照)。しかし、異なった観点をそれぞれ実施可能要件とサポート要件に割り当てるという考え方も近時現れている(前田健「記載要件の論点-ライフサイエンス発明を中心に」法律時報89巻8号(2017)25頁参照)。たとえば、知財高判平成25年4月11日判決平成24(行ケ)10299〔液体調味料の製造方法〕では、実施可能要件では構成要件の再現可能性を問題にとし、サポート要件ではその構成が所期の作用効果を奏すると認識できるかを問題にするという棲み分けが提示されている。

上の引用で前田先生の2017年論文(法律時報)が引用されているが、2017年論文ではまだ前田先生は、「実施可能要件における作用効果の裏付けについての判断は、サポート要件における課題解決の認識の判断と、実質的には区別が困難である。」(法律時報89巻8号, 24ページ右下)と書いている。 したがって、この時点では前田先生は「表裏一体説」を捨ててはいなかったはずだ。

ところが今回の論文では、上記のとおり表裏一体説について「論じたことがあった」と過去形になってしまっている。 しかも「PCSK9中和抗体事件」に関する今回の論文で前田先生は、本件がサポート要件を充足しないことを何ページにもわたって論じているにもかかわらず、実施可能要件については、ごく短く(わずか半ページ)、以下のように論じている。

[前田健, 神戸法学雑誌70巻1号 (2020) の105ページ]
・・・。発明者は自らの貢献に依拠する将来具体化されうる技術に対しても保護を受けることができるので、実験により取得していない物についても実施可能要件は充足しうる。そのような抗体の作成方法の基本さえ示されていれば、一般論としてアミノ酸配列の特定は不要であろう。
 特に、本件各発明がPCSK9とLDLRの結合中和抗体について初めて着目したことにこそ特徴があると捉えるならば、そのパイオニア性を尊重し、個々の抗体の作製方法を細かく開示する必要はないという判断はあり得よう。

あ! 実施可能要件は充足するという立場なのですか!

「サポート要件」を否定しつつ「実施可能要件」は肯定するということは、「表裏一体説」を否定するということに他ならない。 つまり、「表裏一体説」の代表格であった(というより、ほとんど一人で頑張られていた?)前田先生が、ついに「表裏一体説」を捨ててしまわれたようなのだ。

*   *   *

私は「表裏一体説」が完全に正しいとは思っていないが、平嶋先生が論じるような「区別説」も納得できていない。 なぜなら、平嶋先生や大野先生の論文を読んでも、二つの要件が何が違うのか結局よく分からないからだ。 私は、「技術的思想」というようなわけの分からない言葉で物事を説明するのが嫌いなのと同じように(7月7日の投稿を参照)、「サポート要件」と「実施可能要件」は「趣旨が違う」とか「観点が違う」などと言いながら、何が違うのか一向に分からない「区別説」も嫌いなのだ(私の頭が悪いだけかも知れないが)。 裁判例についても、「偏光フィルム事件」判決をおもんぱかって「表裏一体説」的な判示を避けているとか、本当は進歩性欠如で特許性を否定にしたいのだが、当事者がサポート要件でしか争っていないからサポート要件を使ったとか、あるいは発明の構成が容易ではないのに進歩性を否定するのは避けたかったからサポート要件を使って特許性を否定したとか、そういうことはあるのかも知れないが、そこに一貫性を見出すことはできないのではないか。

ということで、私は「表裏一体説」を捨てるのはまだ早いのではないかと思っている。 前田先生には、あきらめずに論じ続けてほしかったのに。

とはいえ、それは日本の裁判実務の趨勢に逆らうことになるかも知れないし、裁判所に対して意見書を書いたりする際にも「表裏一体説」を採っていたのではなにかと支障があるのかも知れない。

残念ではあるが、今回の前田論文をもって、「表裏一体説」はアカデミアから葬られてしまうのかも知れない。 しかし、少なくとも特許庁の審査段階の実務では、「サポート要件」と「実施可能要件」の拒絶理由は同時に通知され、同時に解消するということがまだまだ普通だろうし、片方の拒絶理由しか通知されない場合でも、それは同時に解消する以上、両方の拒絶理由を通知しても、片方しか通知しなくても、変わらないからだと思わせるものが多いのではないか。

つまり、特許要件を審理するためには「表裏一体説」でもなんとかなるのに、いたずらに両者を使い分けようとする裁判所・実務者と、それに追随してしまうアカデミアこそ、余計な混乱を引き起こしているという見方もできなくはないのだ。 そしてその背景にあるのが、「発明の “課題”」なるものにかこつけて「サポート要件」を否定しようとする日本の裁判所の態度であり、だからこそ、その象徴である「偏光フィルム事件」判決に私は懐疑的なのだ。

前回の田村論文も、今回の前田論文もなんだよ、サポート要件ばっかり論じやがって。 瀕死の「表裏一体説」、私はお前を見捨てないよ(笑)。


posted by Ichizo Sotoku at 08:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする